第37話 決戦①

「全く厄介な置土産やのう」



 人とは思えぬ美貌を備えた一体の怪人――九尾の怪人は、眼前に広がる光景にため息をつく。



 大、中、小。様々な大きさや見た目の怪人が群れを成して、怪人界と人間界を繋ぐ空間の境界を目指して歩き続けていた。

 まさに百鬼夜行というべき群体は、明確な意思を持たず人間界へと進出しようとしている。



 それもそのはず。群体を形成する怪人達は正気ではないからだ。

 個体によっては知性が低く、人語を解する能力を持たない怪人も存在する。そうであっても、個人主義が基本的な怪人が協力して――というよりかは我先にと――共通の目的のために行動しているというのは、極めて異例の事態であった。



 怪人達がそうなったのには、とある一体の怪人が原因となる。

 悪魔の怪人。それが今回の人間界だけではなく、自らの同族を巻き込んだ集団自決に近いものを強制させた下手人である。



 この怪人自体は既にこの世にはいない。一度煩わしく感じていた魔女の怪人に不意打ちを食らわせることに成功。そしてその力を受け継いだ少女を洗脳によって手駒にしようとした彼は、魔女の怪人の逆鱗に触れ、物言わぬ傀儡の一体に成り果てた。

 しかし悪魔の怪人が死ぬことを発動条件に、起動した魔法『堕落への誘い』。

 効果は一言で言えば、対象の洗脳。今回のその適応範囲は、自分よりも格下の怪人。

 与えられた命令が至ってシンプル。自らの命が尽きようとも、目についた人間や妖精を殺せ。

 ただそれだけであった。



 また運の悪いことに無駄に強い――人間側が設定した基準、脅威度では最高ランクA以上に相当――だけあり、『堕落への誘い』の効果を防げたのは、九尾の怪人を始めとした僅か十体のみ。



 妖精界に帰りたい。妖精達に復讐したい。

 そんな衝動が、怪人達には本能的に備わっている。

 しかしどこまでいっても、怪人達とて生きている。

 自殺願望がある訳ではない。

 それを無視して特攻を強制させているのが、悪魔の怪人が残した魔法の影響力であった。



 魔法の解除手段は二つ。外部からの強烈な衝撃を与えるか、対象の死亡のみ。

 怪人という種としての滅亡を避けるため、今まで争ってきた妖精と魔法少女と一時的に手を組むことを決定。

 人間界における戦いには直接参戦できない代わりに、怪人界の時点で一体でも群体の数を減らそうと昼夜問わず――怪人界に昼夜自体の概念はないが――奮戦していた。



 その結果、次々と怪人が正気に戻ったり、命を落とすことになり、怪人の軍勢はその数を徐々に減らしていった。

 といっても、その数は全体から見れば僅かにすぎない。

 人間界との境界線を越えるまでに半分まで減らすことができれば、いい方だろう。


 軍勢を遠くから俯瞰していた九尾の怪人に近づいてくる影が複数。素早さが突出した怪人が、障害目標となる九尾の怪人に襲いかかってきた。

 奇襲をかけてきた怪人達に対して、九尾の怪人は冷めた目つきで眺める。



「――相変わらず、見え見えの奇襲ばかり。飽きんしたわぁ。魔法発動『狐火』」



 呆れたように呟く九尾の怪人。右手に持つ扇子が軽く振るわれる。それを媒介に、攻撃体勢に入っていた怪人達の体が一気に延焼する。



「Gyaaaaaーー!?」

「ほんま醜い悲鳴やわぁ」



 絶叫を上げながら、のたうち回る怪人達。その動きも長くは続かず、痙攣の後にぴくりとも動かなくなる。

 九尾の怪人は同族の死体には目もくれず、今なお侵攻中の軍勢を再び視界に収める。

 洗脳下にある怪人達にとっても、仲間の死体は眼中にないようだ。



「――これで何体目? そろそろ限界が近いし、あちらさんの出番やのぅ。その前に一発派手にやらんとなぁ」



 九尾の怪人は、念話にて他の怪人達に撤退するように伝える。

 しばし待機した後、残ったのが自分だけになったと確信した九尾の怪人は、大量の魔力を動員して魔法を行使する。



「これで余計に巻き込む心配はないわぁ。正気に戻すのは苦手やから、堪忍してな? 魔法発動『狐火・業火失楽園』」



 展開されるのは、九尾の怪人を中心とした灼熱地獄。

 『堕落への誘い』によって刺激された闘争本能や、強制された命令。それに従い侵攻を続けていた怪人達の軍勢は約四分の一が焼け死んだ。



「流石に疲れたわぁ。じゃあ、妾もこの辺で……」



 その言葉を最後に、九尾の怪人は戦線を離脱した。

 残りの軍勢を、人間界で既に迎撃するための包囲網を作っている魔法少女達に後を任せて。

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