第36話 決戦前夜②

「――ついに明日なのね……」

「ああ、そうだね」


 魔法庁本部における緊急集会が終わり、私は理恵――とうとう本名を知ることができた――や白と別れて、帰路につこうとしていた。



 私とアイスマン。二人の間に流れるのは、若干ぎこちない沈黙であった。

 アイスマンと契約してからニ、三年。魔法少女として活動する中、命を託す相棒として信頼を置いていた相棒。

 そんな彼との間に、気まずい空気が流れるとは思ってもいなかった。



 原因は一つ。妖精が隠し続けた真相に関してだ。

 怪人の誕生には妖精達が関わっており、全くの無関係であるはずの私達人間は、戦争の代理人として巻き込まれていたからだ。

 多くの人間が死んだ。善人や悪人という区分なしに。

 この場合、怒るのが正しいのだろうか。

 事実を公表するのが正しいのだろうか。



 私個人では抱える問題が大きすぎる。

 それだけではなく、自分勝手な正義感に駆られて、他の魔法少女や民衆に、この事実を暴露したらどうなるのか。



 様々な結果を予測できるが、一つだけ絶対と言える未来がある。

 人間と妖精の間の信頼関係が破綻し、明日の怪人達の襲撃にまともに対応できず、人間社会は破滅の未来を辿ることになるだろう。



 それだけは避けなくてはならない。

 だから事の真相やあの夜――一部の怪人達による計画的な襲撃があった日――については緘口令が敷かれている。



 公になる日はいつ来るのだろうか。少なくとも明日の怪人達の侵攻を防ぎ、その事後処理が終わってからだろう。

 その場に妖精達がいるのかは不明だが、私の相棒――アイスマンと会話できる機会も、もう少ない。

 明日のコンディションにも関わる。万全を期すためにも、一回話し合うとしよう。

 それでも壁を感じるのであれば、全てが終わった後にもう一度機会を設けたいと思う。

 なんだかんだでアイスマンとの付き合いは長いのだから。



「――あのね、アイスマン。私、話しがあるの」





「あー、今日の夕食も美味しかったね」

「うん、由紀子さん。ごちそう様でした」

「あらあら。白ちゃんったら、相変わらずお行儀が良いわね。それに比べたら、家の理恵は……」

「もー! お母さんってば! その話は耳にタコができるほど聞いたよ!」

「それなら、もう少し年上らしく振る舞いなさい。そうよね、白ちゃん?」

「うー」

「あはは……」



 理恵の母親――由紀子さんからの問いに、曖昧に笑い答えを濁す。

 実際は理恵より年上であることも、返答に困る理由になる。

 それだけではなく下手な答えをすれば、横の席に座る理恵が拗ねてしまうのだ。

 まだ中学生らしい、かわいい反応であるが、機嫌が直るまでそれなりの時間がかかってしまう。

 理恵との交流を重ねていく内に、判明したことだ。

 目に見えている地雷は踏む必要はない。



 あの日――目を覚ました直後に理恵やアンの無事を知って安堵する間もなく告げられた妖精や怪人にまつわる真実を知らされた時――を境に、自分は自宅で過ごすことになった。

 両親には性別が変わった日から現在に至るまでの経緯について説明することになったのだが、それもまた一苦労だった。



 幸い自宅がそれまで使っていたアパートの近所で助かり、以前とさほど変わらない生活を送っている。

 見た目がこれであるせいで、大学は中退せざる得なかったが。



 大きな変化はそれだけではない。

 偶にではあるが、理恵の家に遊びに行くようになった。

 今日のように夕食を奢ってもらう日も少なくない。

 申し訳ないのだが断るのも失礼だと思い、手土産を持参するようにはしている。



「ごちそう様でした……」



 自分に続いて、理恵が食事の終わりを告げる挨拶をする。

 機嫌は若干悪いようだ。

 頬が膨らんでいるせいで、横顔からでも判別できる。



「由紀子さん、お皿は私が洗っておきますので……」

「いいのよ、気を遣わなくて。貴女はお客さんなんだから」



 このやり取りも恒例だ。

 手土産を持ってくるのを失念していた場合、さっきのように手伝いを申し出るのだが、いつも断わられてしまう。

 由紀子さんも中々首を縦には振ってくれない。

 今回も自分の敗北の結果に終わった。



「ではお言葉に甘えさせて頂きます……」

「もの分かりがいい子は好きよ? 理恵、あっちの方で白ちゃんの相手してあげなさい」

「分かった。白ちゃん、私の部屋へ行こう?」

「うん」



 先に席を立った理恵に手を引かれて、彼女の部屋へお邪魔する。

 何度も見慣れた――年頃の女の子らしい――内装の部屋に通される。

 有名なアニメのマスコットキャラクターのぬいぐるみ。恋愛漫画と思われるタイトルが、教科書や参考書に紛れて並ぶ本棚。

 仄かに香る甘い匂い。

 男性のままであれば、絶対に足を踏み入れることなかった領域。

 まあ、既に目新しさもないけれど。



 薄いピンク色のベッドに腰をかけた理恵は、ポンポンと右手で隣に座るように促してくる。



「白ちゃん! こっちおいでよ! 見せたい物があってね――」



 明日死ぬかもしれない戦いに身を投じる直前には全く見えない理恵。

 一見だけでは普段通りであるが、内心不安に思っているはずだ。

 外見こそ自分は理恵より年下の少女のものであるが、少しでも不安を取り除かなければ。



「――って、白ちゃん!? どうしたの?」



 勢いよく小柄な体で理恵に抱きつく。その衝撃でベッドに倒れこんでしまうが、好都合であった。

 今の自分の顔を覗かれずにすむからだ。



 ――我ながららしくない行動をした自分の顔は、恐らくだが真っ赤に染まっているであろうから。

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