第35話 決戦前夜①
「――これで話は以上になります。恐らくですが、怪人達が人間界に出現するのは、明日の昼頃。それまでは皆さん、各自で休息をとってください」
そう言葉を締め括った米山さんは、いつも以上に疲れた表情をしていた。
緊急で開かれた、魔法庁に所属している全魔法少女やお偉いさんを巻き込んだ会議。
妖精や怪人に関する事実は伏せられた上で開催された会議の目的は、私達が住む世界――人間界に侵攻してくる怪人の根絶。
そしてその進行役に任命されたのは、米山さんであった。その理由は私には開示してもらえず、大人の都合があるのだろう。
そのことを知らせてくれた際の顔も、中々に凄いものだった。
「理恵お姉さん、大丈夫?」
「うん……大丈夫だよ。ちょっと緊張してただけだから」
隣の席に座っていた白が、心配そうな目でこちらを伺ってくる。それに対して、問題ないと告げる。幼い――実際は自分よりも歳上だが――子に余計な負担を強いてしまった。
魔法少女として活動していた期間は、私の方が長いのだ。しっかりしなくては。
両手で軽く頬を叩き、気を引き締める。
辺りを見舞わすと、数時間に及ぶ緊急会議は終わったようだ。
正確な人数は知らないが、数百人にも及ぶ魔法少女や関係職員を収容できる建物の大きさ。
それが活用されるのも、今回が最後になるだろう。
そうであってくれなければ困る。
白ちゃんが目を覚ましてから、怒涛な急展開であった。
白ちゃんの生い立ち、魔女の怪人ことクロのこと。
そしてベルから告げられた妖精と怪人の関係。
二つの種族間の争いに巻き込まれている人間。
正直に言って、未だに感情の整理ができていない。
どう自分の中で結論づければいいのか。
その上あの情報の暴露以来、ベルとは全く喋ることもできていない。
契約の都合上傍にはいるのだが、常に非実体化している。ベルなりに気を遣われいる――というよりかは、あちらも気まずいのだろう。
しかし今回の件――怪人達の襲撃を退ければ、ベルと会うことは今後一切ない。
戦闘中の連携にも綻びが出る可能性もある。
せめて話しだけもできればいいのだが。
「それにしても、怪人を倒すのに怪人の手を借りるなんて不思議なこともあるんだね……」
「……九尾の怪人は信用してもいいと思うよ」
「それもクロちゃんの記憶から判断したこと?」
「うん」
白ちゃんはそれ以上言葉を続けることはなかった。
白ちゃん自身もクロから引き継いだ記憶は半分以下でらしい。その記憶との折り合いも、色々と在るだろう。
とりあえず白ちゃんが信用できると言うのだ。私達はそれを信じるのみ。
それだけで、こちらの戦力は全然違う。
九尾の怪人を始めとした脅威度A以上の怪人が十体。並であれば、魔法少女百人にも及ぶ戦力になる。
それだけの怪人しか協力できないのは、それ以外の怪人が襲撃側に回っているからだ。
あの夜戦った悪魔の怪人。その置き土産。
自らの死をトリガーに発動する洗脳効果を持つ魔法。それを全ての同族に対するとは、中々にイカれた考えの持ち主だったようだ。
他の怪人同様に、根底にあった願いは故郷――妖精界への帰還だったのだろう。それなのに自分が死んだ途端に、種族単位の自殺を選択するとは、何とも言い難い。
相当な個人主義でもあったようだ。
今まで敵であった怪人達にも、同情の念を抱いてしまう。本当に多少だが。
「確か……私達が担当する場所は……」
「理恵お姉さん……話聞いてました?」
「あはは……ちょっと緊張でね」
九尾の怪人からの情報で、怪人の群れが現れる主要な場所は判明している。
世界の各主要都市に出現するようだ。日本では首都である東京を始めとした十箇所。
魔法少女ランキング上位の魔法少女達をリーダーに、それぞれグループを形成。怪人達の迎撃に当たる。
他の国でも同じ感じだ。ネットやテレビのニュースでしか見たことないような、有名所の魔法少女が指揮を執るらしい。
肝心の協力関係にある怪人達なのだが、直接的な戦闘に大幅に加わることはない。
事情を説明していない、他の魔法少女や一般人の余計な混乱を避けるためだ。
先ほど挙げた十体の怪人を除いて、怪人界に存在する全ての怪人が侵攻に参加している。
悪魔の怪人の魔法による洗脳を免れられなかった怪人達の強さは、概ね脅威度B以下。
しかし数が数だ。正面から衝突すれば、こちらに勝ち目はない。
そこで十体の怪人達は怪人界の方で足止め、少しでも数を減らそうと戦闘を続けている。
それでも世界全ての魔法少女が動員されるほどの襲撃。いったい総数で怪人はいくらいるのだろうか。
まあ、そんなことを考えても仕方がない。
明日の決戦に向けて、少しでも休むとしよう。
「白ちゃん、今日家で泊まっていく?」
「え! いいんですか? 私なんかが泊まっても……」
「気にしなくてもいいよ。私もお母さんも大歓迎だから。それに今日の夕飯はね――」
他愛もない会話を、二人で紡いでいく。
何気ない日常の一場面として。
隣には助けたいと思った少女がいるのだ。
その少女に少しでも格好良い所を見せたい。頑張る理由など、それだけで十分だ。
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