第2話

「ここにいる皆さんは私と同じようにあなたの自分勝手な行いによって被害を被った人たちです。今から仕返しをしますが安心してください。それが終わったあと、わたしたちは『そんなことをした覚えはない』って言いますから」


 上司は口を開いたがその瞬間椅子から転げ落ちた。頬にじんとした痛みが広がり始める。


「おい、ここ会社だぞ」


 上司の言葉に耳を傾ける者はいない。上司を輪になって取り囲む。上司はQの脚に縋りついたが、勢いよく払いのけられた。


「なんてことするんだ!」

「何がですか?」

「俺を足蹴に使いやがって」

「そんなことした覚えはありません」

「ふざけるな! みんな見てただろ」

「皆さん、僕、何かしました?」


 取り囲んだ社員の首は練習してきたかのように一斉に横に振った。


「お前らぐるになりやがって……」


 Qは鼻を鳴らしながら笑った。


「だって……、いつも……、あんたがやってることじゃないですか」


 Qは上司と視線を合わせるようにしゃがんで、自分のせせら笑う顔を見せつけた。


「ほら、鏡ですよ鏡。いつものあんたの顔です」


 固まる上司の両頬を大きく広げた手で掴んで指先に力を入れた。この日のために伸ばした爪がどんどん上司の頬の肉に食い込んでいく。なにやら喋っているが、唇がすっかり閉じてしまってわからない。


「みなさん、思い思いにやってしまいましょう!」


 Qの合図をきっかけに上司を取り囲む輪は一層小さくなった。途端にあらゆる方向から上司に腕や脚が飛んで来る。上司はうつ伏せになり手を頭に置いて亀のように動かなくなった。攻撃が止まることはない。


「僕たちはあんたに教えていただきましたよ、理不尽というやつを。だからね、今度は僕たちなりに解釈した理不尽をあんたに恩返ししますよ」


 上司は全身のいたるところから生まれる痛みの間を縫うようにQの言葉が聞こえてきた。俺はこんなに暴力を振るわれるくらいのことをしたのだろうか。


「ううううううう」


 視界が真っ白になった。鳩尾から熱と猛烈な痛みが襲い、うめき声とともに薄い黄色の吐瀉物が目の前に飛び散った。


「きたねえな……」


 Qの差別的に吐き捨てられた言葉を認識したとき、上司は叫びながら横に吹き飛んだ。頭がガンガン痛む。蹴られたようだった。上司を取り囲んでいた輪は少し乱れたが再び中心を上司に戻すように形を整えて暴行が続いた。


 そうか、俺はこいつらが正常な判断ができなくなるくらい勝手なことをしてたのか――


 口の周りについた吐瀉物の匂いに触れながら上司は思った。そりゃ嫌だよな。辞めることないよな。傷の上に傷をつくるように腕と脚は飛び続ける。Qの高笑いはだんだん聞こえなくなっていった。

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ウチュウジン 佐々井 サイジ @sasaisaiji

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