ウチュウジン

佐々井 サイジ

第1話

 Qは目の前の男が宇宙人にしか見えなくなった。見た目の問題ではない。見た目の問題ならまだ良い。相対する男はQの上司で紺色のスーツにダークブラウンでストライプのネクタイを身に着けている。問題はあまりに成り立たない会話だった。


「だったら私がそう言った証拠を見せろよ」上司が叫ぶ。

「じゃあ証拠を見せたら納得するんですね」

「当たり前だろうが」


 Qは三ヶ月前から上司主導の新規プロジェクトがうまくいくかの想定分析を任されていた。もしプロジェクトが上手くいくのであれば上司は「Qをサブリーダーとして一緒に進めていきたい」と何度か口にしていた。


 しかし、ここにきて上司は「Qに任せるつもりはない」「Qに任せると言った覚えはない」と発言を繰り出した。とはいえ上司は元々発言を翻すクセがあるというのはすでにQは織り込み済みであり、万が一のことを想定して、上司とのやり取りをすべて記録に残していた。


 Qは上司の机上に、今まで上司がいつどこでどのように発言したかを詳細にまとめた資料を広げた。


「これが証拠の資料です。お目通しください」


 上司は資料に目を通したが、手で資料を払いのけた。


「これはお前が書いたでっち上げだろうが」

「証拠を見せたら納得するっておっしゃったじゃないですか」

「でっちあげで誰が納得するんだよ。ちゃんとした証拠を持って来いよ」


 Qはそう来ると思って、上司と話していたときに録音していた音声データを流した。


『毎回、Qはいい分析をするな。サブリーダーとして任せるから、今後もよろしく頼むよ』

『Q、サブリーダーとして忙しくなるから、今、担当してる業務、違う人に任せることができるか?』


 すべて再生されたあと、上司の顔を見ると、不細工に顔面が歪んでいる。まるで鼻を中心として渦巻いているようだった。


「これで、でっちあげと言えないのではないでしょうか」

「これは俺の声に似た誰かが勝手に言ったことだろうが」

「声紋鑑定してもらえばあなたの声であることはすぐにわかりますよ」

「そんなことねえ」


 上司は突如、聞いたことのない裏声で話し始めた。さすがに往生際が悪すぎる。


「私はサブリーダーにこだわっているのではありません。急遽、発言をひっくり返された不誠実さと頑なにお認めにならない言動が許せないんですよ」

「言ってないことは言ってない」上司は裏声で否定を続けている。

「わかりました。どんなことを言っても、どんなことをしても『言ってない』『覚えてない』と言えば問題ないということを教えていただいたと理解します」


 上司は顔を横に向けた。男が「皆さん」と呼びかけると、その部署にいる社員が一斉に上司の元に近づいた。


「何だよ急に」


 裏声を忘れた上司が全員の顔を見ている。

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