恋紡ぐ万年筆

花園桃李

第1話

私はのどかな田舎町の小さな家で暮らす、売れない小説家の花園紡はなぞのつむぎという。今日も売れない小説を幾つも万年筆で紡いでいく。

「全然駄目だ。」

 納得がいかず先程まで書いていた原稿を全て破り捨てた。

床には破り捨てられた原稿用紙で溢れかえっていた。以前、何度もそれに滑って転び、自分の無力さに心が抉られていた。椅子から立ち上がり、それを踏まないように反対側にある本棚に向かう。本を一冊手に取り読み始める。私が憧れる人気小説家の如月桃李きさらぎとうりの小説短編集だ。暗く重たい話ばかりだが、何故かこれを読むととても救われるのだ。何も無い真っ暗な作家人生。私は彼が生きがいだった。


翌日、電話の音で目が覚める。出ると担当編集だった。

「原稿はまだですか?今月も提出されないのなら契約を切りますと、編集長がおっしゃっております。明日ご自宅に伺いますので。」

 そう言われ、電話を切られてしまった。ここ数ヶ月、書いてはいるのだか納得がいかず、原稿は全て捨ててしまっており、提出が出来ないでいた。如月桃李と仕事がしたいと小説家を志したのだ。解雇されてしまってはなにも残らない。書斎に戻り、万年筆を手に取るが何も書けず、その日はそのまま眠ってしまった。


「花園さん。おはようございます。」

 翌日、担当編集が家まで尋ねて来た。軽く今後のことを話し合ったのち、次に提出する原稿の打ち合わせをする。担当編集に色々と提案してもらいながら、少しずつ執筆を進めた。しかしこちらも納得がいかず、担当編集が帰ったあと原稿を破り捨ててしまった。


一ヶ月後、編集長からお話がある。と出版社に呼ばれた。最寄り駅から電車に乗り、街中のビルへ入る。出版社がある階でエレベーターを降りて会社の扉を開けた。皆こちらに気づくが、誰一人私に声をかける者はいない。私はこの出版社のお荷物だからだ。軽く会釈し編集長のもとへ歩を進める。なんとなく勘づいていたのだが、出版社との契約を切られてしまった。原稿が書けない作家は要らないと。結局今月もひとつも原稿を提出できなかったのだ。電車に乗り、沈んだ気持ちのまま最寄り駅で降りる。しばらく歩き、自宅へ向かう。玄関の扉を開けようとした時、郵便受けに封筒が入っていることに気づいた。取り出して見ると送り主は如月桃李と書かれていた。まさか、と思いながら封を開ける。手紙にはこう書いてあった。

「初めまして。私は如月桃李と申します。私は結核と鬱病を患っており、部屋から出られず、いつも暗い気持ちで生活しておりました。そんな時あなたの小説を読ませて頂き、勇気をもらいました。あなたの小説のおかげで鬱病は回復に向かっております。私の病気が回復しましたら、よろしければお会いしたいです。如月桃李」

驚いた。如月桃李が私の小説を読んでいたのだ。すぐに返事を書き送った。その手紙にもすぐに返事が来た。もっと私の小説が読みたいと言ってもらえた。とても、幸せだった。私は如月桃李のためだけに何十も小説を書き続けた。

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