第15話 閑話
――
「なんか良い話風に終わらせようとしてたから邪魔しにきたよ~」
「どこに向かって話してんだお前」
メリエルが現実世界に転生してきてから約一ヶ月。つくしの義理の妹、星崎メリエルと言う設定で駆たちと同じ学園に入学したメリエルは、一週間もしないうちにクラスに馴染み、穏やかな日常を楽しんでいた。
「ただいまー!」
「ただ今戻りました」
「遅刻だぞつくし、メリエル。シフトは四時からだろう」
「ごめんなさい! 瑞希ちゃんが板橋のスポッチャに行くって言うから道教えてました」
「ふむ。娘のせいだったと。うむ……娘は可愛いからヨシ! ってそういう問題ではなくてだな」
野太い声で注意しているのはヒデオこと鹿島秀夫。四人が溜まり場として使っているここ、喫茶店『鹿島』の店主である。
「ま~いいじゃんヒデオ、誰もいないんだし」
「よく潰れねーよなここ。女子高生のバイト二人も雇ってる余裕あんのかよ。いかがわしいバイトでもさせてんのか?」
「いかがわしいことなんざさせとらんわ! お前らがオフピークに来てるからそう見えるだけだっつの!」
「オフパコ?」
「やっぱりいかがわしいじゃねーか」
「えぇいガキどもがァ!」
鹿島が怒りの咆哮を上げると、奥から「ちょっとアンタ何サボってんの?! 仕込みまだ終わってないのよ!」と妻の洋子が更に大きな声で怒鳴る。
それを聞いて借りてきた猫のようになった鹿島は、すごすごと厨房の奥へ戻っていった。
「ヨウコ、凄いですね。私も修行すればあんな女王様になれるでしょうか」
「アレは女王様がいるんじゃなくて鹿島の方が尻に敷かれてるだけだ」
「わかります。SMプレイですね」
「お前は何も分かってない」
奥から洋子が「二人ともしばらく暇しといていいよー!」とサボりの許可を出したため、二人はしっかりタイムカードを切ってから駆たちのテーブルにやってきた。
「やっぱメリちゃんもここの制服似合うよね~」
「まだ三日目だから新鮮だよね」
「私、アルバイトってやってみたかったんです! 最近はこっちの世界のことも慣れてきましたし、知識としてだけあったアルバイトをそろそろやってみようかなと」
「箱入りお嬢様が下働きなんて普通やらないもんね~」
「そうなんです! しかし私はもう、ただのメリエルですから! 下々の者の気持ちになれなければ、真に転生したとは言えません!」
「よっ! ノブレスオブリージュ!」
「お前ら全てのアルバイターに謝罪しろ」
なお、元々つくしもバイトではなかったのだが、自前のメイド服を来ていそいそと接客している様が特定の客の間で爆発的な人気を博し、洋子の決定によって女子高生にしては高額の時給を提示され、大喜びでバイトになった。
「ねぇメリエル、そういえばこっちの世界って前の世界とは結構違うんだっけ?」
「そうですね、こちらの世界は基本的に技術力が圧倒的に遅れているんですよ。まず移動手段にテレポートが無いと言うことに驚きました」
「東京テレポート駅をテレポートの拠点だと思ってたからな」
「これは名前が悪いと思います!」
「わかるよ~。天王洲アイルとかアニメキャラかAV女優のどっちかにしか見えないもんね~」
「お前は漢字+カタカナを見たら反射的にAV女優みたいって言うのをやめろ」
「いや、でもそれっぽいじゃん?」
「否定できんな」
それを聞き、なぜか覚悟を決めたような表情になるメリエル。
「と言うことは……今の私は星崎メリエル……つまり私の将来の職業はやはり……」
「うちの国には職業選択の自由があるから大丈夫だよ!?」
「本当ですか……? 遺伝子解析の結果で適正職業が強制的に選択されたりしませんか?」
「デスティニープランかよ。そんなもんあるわけねーだろ」
「え? 遺伝子解析すら全然進んでないんですか?! やっぱり私は旧石器時代に来てしまったのでしょうか……」
「お前は一体何が望みなんだよ!?」
そこで、喫茶店のドアが勢いよく開き、これまた見慣れた女性が入ってくる。
「「いらっしゃいませー!」」
「あらあら、つくしちゃんにメリエルちゃんじゃない。可愛いコスプレね! 私も着たいわ!」
「制服じゃアホ」
「ミニスカ美土代ちゃん超見てぇ~~~!」
「やめろ! そういう店にしか見えなくなる!」
強めのギャルメイクとはだけた胸元がトレードマークのアラサー女子、美土代実香だ。
今はまだ定時になっていないので彼女も業務中のはずだが、そのような些事に囚われるような小さな女ではない。
メリエルの隣に座り、慣れた手付きでメニューを見る実香。
「ここのコーヒー美味しいからいつも来ちゃうのよね」
「じゃあコーヒー一つでいいですか?」
「うん。季節のフルーツジュースとナポリタンで」
「お前のシナプス玉突き事故でも起こしてんのか」
メリエルの奥に座っているつくしがメニューだけ伝票に書き留め、大声で厨房に向かって言う。
「季節のフルーツジュース一つとナポリタン一つ、お願いしまーす!」
「いや伝票持ってけや!」
「うんうん。つくしちゃんも様になってきたわねぇ」
「えっへへ、ありがとうございます!」
「様になってんじゃなくてこれは怠慢と言うんだ」
「最初は漫画みたいなドジもしてたのにねぇ。パフェひっくり返してお客さんの頭にぶっかけるとか」
「もー! わたしだって日々成長してるんですから! あんな恥ずかしいミス、もうしませんよっ」
「日々、成長……?」
「……」
訝しげな友也の言葉を聞き終わるより早く、無言で後ろのテーブルから湯のポットを手繰り寄せ、美しい流れでぶちまける。
「あっつ?!?!?! おいふざけんなここはダンジョンじゃねーんだぞ!?」
「最初に成長ハラスメントしてきたのは友也くんだから自業自得でーす!」
「新種のハラスメント作んなSNS民か?!」
「えっ友ちゃんだけずるいよ僕にもかけて!!」
「そ、そんなぁっ、駆くんにこんな雑にぶっかけるなんて……んー、これはこれで興奮するかも」
「あっつ~!!!!」
「駆くーーーんっ!」
「バカ同士は両方楽しそうで逆に平和だな……」
おしぼりで最低限を拭き取りながら独りごちる友也。
実はメリエルが来てしばらくは何だかんだ、四人全員ちょこちょことダンジョン関連で呼び出しを受けており、揃ってのんびりと喫茶店で過ごすと言うのは一週間ぶりだった。
なお、学生連中が呼び出されている日もなぜか実香は堂々と店に来ていた。
「お、ジュースとナポリタンできたみたいね」
「何で自分で取りに行くんだよセルフサービスか」
「私が一番端の席なんだから取りに行って当然よ~」
「それ以前にこいつらは店員なんだよ」
「美土代ちゃんに現世の常識は通用したりしなかったりだよね~。ま~そこが可愛いとこなんだけど!」
「興奮すんな、厄介極まりねぇわ」
夕食前の時間にも関わらず、やけに盛られていることで定評のあるパスタ陣の一角ナポリタンを美味しそうに平らげる実香。
「うん、おやつ美味しいわ!」
「アラサーとは思えん感想」
「ほら駆ちゃんも食べて、あーん」
「うお~! 三百倍うめぇ~~!」
「ずるい実香さん! わたしも駆くんにあーんしたい!」
「ふふっだめよ! これは私のナポリタンなんだから!」
「三人とも同列の知性ってのはどうなってんだ」
「何を言ってるんですかトモヤ、ミカの素直な生き様は参考になります」
「素直さを参考にするならコイツ以外の人間にしろ」
「実香さんみたいにしてると巨乳になれるんだよ! まったく、友也くんは遅れてるなぁ」
「遅れてんのはオメーの頭だ」
そうして――何でもない、貴重な放課後は過ぎていく。
ダンジョンが強く結んだ彼らの絆は、今後どうなっていくのやら。
また、駆はすっかり忘れているのだが、駆と友也が運営しているサイト『かがみんのダンジョンおうち制作請負部』、通称建築では、ダンジョンに関する依頼を随時受け付けている。
駆のワンキルパワーは口コミによる噂程度ではあるが広がるところには広がっており、それを勝手に見込んだ変な連中が様々な依頼を送ってきているのだ。
真面目な依頼も極稀にあるが、多くはダンジョンでアレをキメたいだの超魔法を習得したいだの魔王城を建てたいだのと、意味の分からない依頼である。
自分がサイト運営をしていることを思い出した駆は友人たちを巻き込みながらまたもダンジョンでよろしくやるのだが、それはまた別のお話。
駆くんとダンジョンとゆかいな仲間たち マツダ @matudaaa
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