君の名は水星の推しの呪術師、転生したらケンタウロスだった件

Norrköping

君の名は水星の推しの呪術師、転生したらケンタウロスだった件

 暮色がしずむ。昼間の気温を徴収するみたいに、校庭から熱がうばわれていく。

 学校指定のジャージだけでは肌寒い土のグラウンドにうごめく人物をとらえて、マイは眉をひそめる。左目にした眼帯をくいっと整え、右目で対象を追う。グラウンドにはほかにだれもいない。一番おそくまで練習するサッカー部(弱小)も、すべてのボールを回収しおえて帰る準備をしている。人物は貸し切りとなったペナルティエリアを跳んだり走ったり、上下左右にゆれたり、不規則なダンスでもってはげしく動いている。

 『ガーナ流呪術』。件の人物が云うには、古くから伝わる術式の演武だという。日本の空手でいうところの『型』、あるいは古式ムエタイでいうところの『メーマイ』に相当するのだと、いつか当人からどや顔で聞かされた。

 それはそうとこの人物、通常のニンゲンが持つ身体の輪郭を保してはいない。おへそから下がお歳暮のハムを一刀両断するかのごとくすっぱり切りとられ、上半身しかなかった。


「おつかれさま、今日も特訓してるんだね」


 奇妙な有酸素運動によって肩で息する上半身へ歩みよると、マイはマディソンバッグからタオルをぬき取ってわたしてやった。


「はい、やれることはやっておきたいので」


 その明朗快活なつくり笑顔に、いっそう眉をひそめて心が痛くなる。完璧で究極なアイドル顔には、精彩がうかがえない。


「フミカちゃん、ほんとうにどうにもならないの? もう戦いを回避することはできないの?」


 ちいさく肯き、フミカは目をとじる。ビター・チョコレート色した肌にうかんだ玉の汗が煌々と灯る校舎のあかりを反射して、sensualな広告のようだと思った。祖父がガーナ人なので、彼女もまた有色なのだ。


「心配してくれるのはありがたいのですが、それはできません。宗家から伝統呪術をうけ継いだ者の宿命なのです」

「勝てるの?」

「わかりません」

「上半身だけで勝てるの?」

「勝つしかないです」


 神妙な空気をかもすフミカから返されたタオルをつよくにぎりしめ、またぞろ比類なきダンスに精をだす彼女の背中を注視する。そうして無心におどるフミカの境遇には、マイでなくとも苦慮せざるをえない。

 半年前の夏のさかり。『火星のプリンセス』が読みたいと申しでたフミカの誘いで、ふたりは町はずれの図書館へむかっていた。悪夢はとくに車の通行も多くない路地で起きた。モヒカン男の荒々しく運転する改造バイクが、ヒャッハーとおたけびあげつつマイとフミカのうしろから、猛スピードで走行してきたのだ。バイクはふたりのすぐわき五十センチのところをすり抜けていったので、さいわい衝突はさけられた。だがボディにとりつけられた巨大なノコギリによって、運わるくフミカの胴体はまっぷたつにされてしまったのだった。


「フミカちゃん、だいじょうぶ!?」


 つかの間。あっけにとられ、なにが起きたのか処理落ちしそうな脳を必死でしばきあげるマイ。いきおいで百メートルほどふっとばされたフミカにダッシュし、スマホを取りだす。


「だいじょうぶです、急所はさけました。下半身はだめでしょうが、命に別状はないと思います」

「よかった、さすがガーナ流呪術師だね。とにかく救急車を呼ぶね」


 フミカは持ち前のバイタリティを発揮して、気をうしなうこともなく自力で救急車にのりこんだ。

 フミカの見立てどおり、下半身はもう使いものにならなかった。結合してもほんらいの能力はもどらないだろうという医者の診断にしたがい、あきらめる。それでもフミカ自身がかわることはなかった。天真爛漫で気品もそこなわず、だれに対してもわけ隔てない物腰でもって周囲を笑顔にする彼女の性格は、下半身をうしなっても翳ることはない。

 そうして一週間がすぎたころ。

 放課後。歌広場で二時間ほどのどをふるわせた帰りの道すがら、ずるずるとセーラー服でほふく前進きめるフミカと歩いていると、なぞの女が立ちふさがった。イエローのブルゾン着こなす彼女の年齢はマイやフミカとおんなじくらい。これまたフミカとおんなじチョコレートの肌にふんわりドレッドヘアがおしゃれな長身女は、おかしなことに目が絵だった。まぶたをふせ、その上に目をマジックで描くわるふざけがあるが、彼女はまさにその状態だったのだ。


「ひさしぶりだな、フミカ。あたしの顔、わすれたわけではあるまいな?」


 マイは〈どなたですか?〉と云おうとしたが、口をつぐんだ。となりのフミカが、まるで象にでも直面したようにかたまったのだ。


「フミカちゃん、ともだち?」


 緊張がマイに伝導する。いつになくフミカの表情がナーバスになっている。


「そんなEテレみたいなすてきな関係じゃあないよ。あたしとフミカはね、因縁の間柄なのさ」

「因縁」


 背筋をぐいっとのばし、フミカがひろう。


「彼女の名前はエズミといいます。私とおなじくガーナ流呪術の使い手であり、宗家の継承権を持っていた相手です」

「私とおなじくだって?」


 エズミはペッとつばを吐いた。


「冗談じゃあない、あたしがほんとうの継承者だ。実力はあたしのほうが上なんだからな。それにあんたは妾の子、あたしこそ正統な血筋なんだよ」


 ということはこのふたり、異母きょうだいなのか。なにやら複雑な家庭環境に思いを馳せつつ、なりゆきを見まもるマイ。フミカは一歩前にでた。


「だから継承権を賭けた決闘をしたのです。そして私が勝利した」

「そうだ、あの戦いで一度はあんたにやぶれた。だが、あれからあたしは修行をかさねた。打倒フミカを目標に、血のにじむ修行をな」

「それでふたたび戦いを挑もうというのですか。宗家の掟をやぶってまで」

「掟などもはやどうでもいい。無様に敗北し、いまさら継承者づらしようなどとは思わんさ」

「ならばなぜです?」

「きまっているだろう、プライドのためだ。いまはあんたに負けたという事実だけがなによりもゆるせんのだ。宗家の意向にそむき、おなじ相手に二度の敗北を喫してまで、あたしは生きていようなどとは思わん。あたしはあんたと完全決着をつけたい。どうだ、やるのかやらないのか、どっちだ?」


 ただならぬ物云いに、マイにはフミカが息をのんだのがわかった。完全決着とはずばり、命を賭けた戦いということなのだろう。


「ちょっと待って!」


 たまらずマイは口をはさんだ。


「戦うったって無理だよ。このとおりフミカちゃんは下半身がないんだ。できるわけない」


 まぶたに描かれた目がぴくりと反応する。すこしかんがえるそぶりをし、エズミはけいれんをともないながらゆっくりと目をひらいた。


「あたしもハンデがある。もっともあたしの場合は己の術式のためだがな。ひかりとひきかえに強大な呪力を身につけたのだ」


 背筋が凍った思いがした。ひらかれたエズミの双眸は、白くにごった石のようにつめたい。どうやらまぶたの絵、わるふざけではなかったようだ。


「とはいえ、あたしが視力をうしなったのは最近じゃあない。下半身をなくして間もないあんたには不利だろう」


 といって、今度は意味深にひとさし指を立てる。


「一ヶ月。一ヶ月間の猶予をやる。それまでにその身体になれるんだ。一ヶ月後の午後十時、あんたをむかえにいく。その日をどちらかの命日にしよう」


 さしたる返事も待たず、云いたいことを云いつくすと、エズミは道のむこうへ去っていった。マイとフミカはとつぜんの事態にただただ動揺し、スライ・ストーンの『If You Want Me To Stay』を熱唱した余韻もわすれて沈黙するほかなかったのだった。

 さて。

 明日で約束の一ヶ月。あれから毎日、放課後に居のこり特訓するフミカだったが、あいかわらず顔色はすぐれない。今度の戦いで彼女は命を落とす危険性があるのだ。不安になるなというほうが無理だろう。


「フミカちゃん、すこし休んだら?」


 自販機で買ってきたばかりのポカリスエットをかかげ、フミカを呼びとめる。なぞダンスに精をだすフミカも、つめたいポカリの魅力には勝てないらしい。


「そうですね、ちょっと休憩しますか」


 花壇のふちにこしかけたマイにならい、フミカもとなりにのっかる。おんなじになった目線で、ふたりは冬の澄んだ夜空を見あげ。蒸気となって立ちのぼるフミカの体温にヌクモリティを感じながら、マイはずっと云えずにいた胸のうちをあかした。


「フミカちゃん、死なないよね?」


 フミカはすぐにはこたえず、なやましい表情でうつむく。五秒後、返ってきた言葉はマイの想像していない、鉄のかたまりのような重くるしさだった。


「いえ、おそらく私は明日死ぬでしょう」

「どうしてそんなこと云うの? あのエズミってひとには一度勝ってるんでしょ?」

「ごらんのとおり、私には下半身がありません」

「でも……!」


 でも。たしかにそれは大きなハンディキャップかもしれないが、しかし、たとえ上半身だけだとしても、フミカの秘めたポテンシャルは常人のそれを逸脱する次元の高いものだ。百メートルを五秒六でかけぬけ、垂直跳びは三メートルをゆうにこえる。これらの能力は五体満足だったときとかわらずに発揮され、マイには下半身があろうとなかろうと影響はないように思える。

 顔に憂いを貼りつけるマイを察して、フミカはやさしく説得する口調で語りだした。


「ガーナ流の『ガーナ』とは、『われ』の『あな』と書いてそう読みます」

「我の、穴」


 空中に指で文字を書きながら、マイは視線を上へ走らせる。我の穴で〈我穴があな〉、か。なるほど。


「宗家伝統呪術には、はじめにこんな言葉があります。大いなる力は、すべて穴よりいずる」

「どういうこと?」

「ニンゲンの潜在能力をひきだすにはメドと呼ばれる気力の源を活性させる必要がある、というかんがえ方が我々にはあって、大本のメドは臍下丹田の奥の奥、つまり下半身にそなわっているのです」

「その下半身がないいま、勝算はないと?」

「エズミは強敵です。前回よりも数段パワーアップして、奥義のひとつである『百眼』をものにしたようです。それとひきかえに肉体の目をうしなったようですが、いまや全身がレーダーかというくらいの洞察力を有しているはずです」


 はじめてあったときも、まるで見えているようなエズミの振るまい。フミカがそう云うのも、けっして大げさではないだろう。


「しかし、いまさら勝負をさけることは不可能でしょう。エズミの並々ならぬ決着への思い、私もこたえなくてはなりません」

「たとえ自分が命を落とすことになっても?」


 無言のフミカに、マイもいよいよ覚悟せざるをえなくなった。

 明日で死ぬかもしれない。そんな決闘にもいさぎよく立ちむかわねばならないのがフミカの宿命ならば、マイも相応の覚悟をきめざるをえない。己の宿命から目をそらさず、敢然と立ちむかわねばなるまいと、心に火を灯す。

 我穴の力を百パーセントひきだすのに下半身が必要ならば、私にもできることがある。ともだちが死を覚悟するなら、私も命を投げだす決意がある。ずっと隠していた秘密、フミカになら打ちあけてもいい。フミカのためならば、私のすべてをささげてもいい。そうつよく思った。


「フミカちゃん」


 フミカがマイを見つめる。校舎のあかりはとうに消され、暗闇のなか眼前三十センチで見るフミカの瞳は、エキゾチックにぬれている。


「じつは私にも宗家の秘法があるの」


 ぬれた瞳がわずかに大きくなる。淡いコーラルカラーのくちびるもひらきかけたが、フミカはそれを底にしまった。


「私も、ある力をうけ継ぐ一族の生まれなのね」

「力、ですか。私の我穴のような?」


 うんと肯き、マイはおもむろに左目を覆う眼帯に手をかける。それを固唾をのんで見つめるフミカ。眼帯を取りはらうと、マイの左目は異常なほど落ちくぼんでいた。


「これは……?」


 フミカが言葉を逸するのもとうぜんだった。マイの左目は眼球がないどころか、漆黒の闇がひろがっていたのだ。たんに筋組織に穴があいているのではなく、その奥に無限の宇宙ともいうべき空間がうかがえる。


「もっとよく見て。目をのぞいてみて」


 フミカは一歩身体を踏みこみ。万華鏡をのぞき見るように、片っぽをつぶって目をこらす。そうすると宇宙空間の中心に、砂の粒子みたいなものがちらばっているのに気づいた。さらに注視すれば、砂はひかりを帯びてかがやいているのがわかる。そしてひかる粒子は、規則性をもって渦をなしているのだ。


「銀河系みたいですね」


 思いいたるフミカに、マイはほほえんで肯定をしめす。フミカの云うとおりマイの左目の奥には、学術的に描かれる天の川銀河の姿が観測できるのだった。


「これ、なんですか?」

「通称『黄泉よみ』。イザナミがとらえられた異空間だよ」


 あまりにもちかい距離にあった自分を我に返り、フミカはパッとマイからはなれた。


「聞いたことあります。たしか神話の」

「うん。いろいろ説明すっとばすけど、私の内的宇宙は黄泉と通じててね、そこからイザナミの力をひきだして世のためひとのため活動するの。そうして私の家系は世間の裏側であんなことやこんなことをしてきた、由緒ただしい家柄なんだよ」

「あんなことやこんなことを」

「うん。だからこの力を使えば、フミカちゃんの下半身もつくれるよ」


 衝撃の告白に、フミカは大きくのけぞった。


「イザナミの力は生をつかさどってて、あたらしい生命を産みだせるの。私のなかに存在する天逆鉾を突き立てれば、命の器の創造も不可能じゃない。ただし条件があって、それは無からつくることはできないんだ。生を産むには死が必要になるの」

「それはつまり私の下半身をつくれるけど、かわりになにかを犠牲にしなければいけないということですか?」


 唐突に語られた事実に驚愕するフミカだが、取り乱すことなく冷静にさとす。そうしてマイの言葉をゆっくり反芻し、やがてそこにふくまれる意図をさぐりだした。


「マイさん、もしかして自分を犠牲にするつもりじゃあないでしょうね」

「そうだよ。私、きめたんだ。フミカちゃんの下半身をつくるため、私という器をすてる」


 この告白に、さすがのフミカも上半身をバタバタさせて抗議をしめした。


「なにをばかなことを云うんです。そんなことされても、私はちっともうれしくなんかありません」

「でも! でも、下半身がなきゃエズミには勝てないんでしょ? なら私の身体を使ってよ」

「ですが……」

「べつにいいじゃん。私なんて生きててもいいことないし。実際にいいことなんてなかったよ。知ってるでしょ? 私がみんなになんて云われているか。ブスとかきもちわるいとかは日常茶飯事、名字が水落みずおちだから『水性の喪女』とかヘンなあだ名つけられるし……。フミカちゃんだけだよ、こんな私といっしょにいてくれるの。だから、だからフミカちゃんのためなら、私はなんだってできるんだ」

「私はたとえだれになにを云われていても、マイさんに生きててほしい。そばにいてほしいって思っています」

「だいじょうぶ。それなら今後はずっと一生いっしょにいるよ。私はフミカちゃんのなかで生きるんだから。だから信じて。ふたりがともに存続するには、もうこの方法しかないと思うんだ」


 しばし、沈黙がつづく。実際はほんの十秒ほどのことだったが、やるせなさとはがゆさが逡巡をともなって、もどかしい体感をひきのばす。フミカはそれらをため息でむすび、苦汁をにじませた声色でつぶやいた。


「私はどうすればいいですか?」


 目をとじ、じっと思案に暮れていたマイはしずかに口をひらく。


「ぜんぶ私にまかせて」


 目をあけ、スッと腰をあげるとフミカの手を取る。とりあえず屋上へいこう。イザナミの儀式をおこなうために。




 侵入するにあたって、マイは手ごろな鉄パイプをひろうと窓ガラスにたたきつけた。はじめての不良行為。いくじなく、親に反抗したこともないマイには、それがとてもほこらしいようなかっこいいような、ふしぎと交感神経の治癒される思いがしておかしかった。しかしもはや、そんなことはどうでもいい。これからふたりは〈あたらしいふたり〉へと生まれかわるのだから。

 手すりをこえ、屋上のふちに立つと、あらためてその高さに足がふるえた。


「これ落ちたら死んじゃいません?」


 フミカはこわくないのか、とくに感慨のない口調で下をのぞきこんでいる。


「だいじょうぶ、死ぬわけじゃない。ひとつになるだけだから」

「そうですね。ではさっそくですがマイさん、おねがいします」


 マイのかんがえるイザナミの儀式とはこうだ。まずマイはフミカをうしろから抱きかかえる。その状態で屋上から飛びおり、コンクリートの駐車場へ脳漿ぶちまける寸前にイザナミの力をフィールド展開、物理的衝撃にそって天逆鉾を肉体へ流入する。するとびっくり仰天、あとにはふたりの身体をイイ感じに合体させたあたらしい生命が誕生している、というものだった。


「じゃあ、いくよ!」


 かけ声一閃。バックハグ状態のふたりはおもいきって屋上のふちをけった。

 かかるG。眼前にせまる駐車場。校舎の高さはおよそ十四メートルほどなので、地表までの落下時間は二秒もない。だが、じつにさまざまな光景がマイの脳裏にうかび、消え、フミカとすごしたいくつもの思い出が映写機のように写りかわる。

 儀式はかならず成功する。そうつよくのぞんだはずだった。この決死の行為によって、ふたりはひとつになるはずだった。

 結末は思いもよらないかたちとなった。そもそもマイに覚悟がたりなかったのが要因だった。かんがえてみてほしい。まだ年端もいかない、いたいけな少女が、死をも克服した崇高な儀式を完遂するだけの純粋さがあろうか。いや、ない。

 それは思春期のわずかな欲望だった。フミカのためにひとつになりたい、という願望によこしまな不純が入りまじってしまい、ほんのすこしの煩悩が影響ズレをおよぼしてしまったのだ。

 地面にたたきつけられたとき転生するはずだったふたりのニンゲンは、奇妙なつながりを持ってこの世に降臨した。フミカの上半身にはたしかにあたらしい下半身がそなわったが、それは一般的ニンゲンの造形をなしておらず、やや複雑に、ふたりのニンゲンの身体をくっつけただけの、いびつなおもむきを呈した存在になっていたのだ。

 月夜の窓ガラスにうつる自分たちの身体を見て、あたらしい生命はうぶごえをあげる。


「もしかして……」

「私たち……」

「身体が……」


 そのうぶごえはふたりのものがかさなった、じつにきれいなユニゾンによって発せられた。


ケンタウロスサムソンティーチャーになってる⁉︎」


 それは四つん這いするマイにフミカがのった、ギリシャ神話スタイルだった。正確にいうと腰をまげて両手をつき、おしりを突きだしたマイの肩甲骨あたりにフミカが癒着したかっこうだ。人格はどちらもうしなっていないとみえ、ふたりはそれぞれの意識が独立して成り立っていた。

 なので、


「フミカちゃん、ごめん。なんかおもてたんとちがう感じになっちゃった……」

「ま、まあでも、こうしてひとつになれたわけですし、私としてはアリよりのアリって感じです」


 こうやって会話するのもお手のものなのだ。


「でもマイさん、私なんだか力がわいてくるようです。もしかしたらこっちのほうが正解かもしれませんよ」

「よかった。じつは私もそう思ってたところなんだ。フミカちゃんの完璧で究極な上半身に私のわがまま下半身ボディがくっついたんだ、わるくなるわけないじゃんね!」


 ヒヒーン。マイがいなないた。 


「かたちはどうあれ、これでフミカちゃんの我穴も復活したしね」

「わかりますか、マイさん。これぞ一心同体ですね。ええ、明日のエズミとの決戦、ぜったいに勝ちましょう」

「そうだね、とりあえず明日の戦いに勝たなきゃ意味ないもんね」


 ぜったいに負けられない戦い、なんてね。上と下で、マイとフミカがアイコンタクトをかわす。いまの自分たちに敵はいない。いや、いるはずがない。なんの根拠もなかったが、あふれでる力の脈動に歓喜しながら、ふたりはかたい結束をさらにつよめてほほえみあうのだった。

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