収穫

 ガキの頃、袋にされたことがある。

 あれは、どんな理由で喧嘩になったんだったかな……。

 ともかく、つまらない理由であったことは、間違いない。


 ただ、一人だと思っていた相手は、仲間がそこかしこに潜んでおり……。

 ただでさえ、喧嘩自慢というわけでもなかったおれは、あっという間に袋叩きとなったわけだ。

 しょうもない思い出だが、ハッキリと記憶へ刻まれているのは、殴られ蹴られた痛みのためだろう。


 ただ、あの時の痛みは、断続的に受けたもの……。

 今、ゴーレムから受けた一撃は、あの時受けた痛みを、一瞬で再現したかのようなものだった。


「――ぐうううううっ!?」


 体中を、散弾となった泥が穿つ。

 ドスで突き刺した時は、コールタールじみた粘性を感じたものだったが……。

 今度のそれは、ひょうでも叩きつけられたかのようだ。

 こいつ――体の硬度を、用途に応じて変えられるのか!


 泥の弾丸が、おれの皮を裂き、肉を爆ぜさせていく。

 痛いなんてものじゃない。

 だが、致命的なダメージは受けていない。

 背中の仙墨が変化する前ならば、おれの体は、ボロ雑巾と化していたことだろう。

 そうならなかったのは、全身から沸き立つオーラが、堅牢な装甲と化してこの身を守っているからだ。


「――野郎っ!」


 怒りの言葉を吐き出しつつも、おれの脳裏にかすめていたのは、『撤退』の二文字であった。

 すでに、仲間たちは、十分な距離を取ることができている。

 また、迷宮の常識として、この手の守護者じみた存在は、持ち場を離れてまで深追いしないものだった。

 だから、後はおれが逃げれば――。


 ――キイイイィィン!


 脳の奥から、いつもの耳鳴り。

 それは、消えかけていたおれの闘争本能を再点火させる。


 ああ、分かってるよ。リュー。

 まだまだ、お前の……おれたちの力は、こんなもんじゃないんだろう?

 そして、お前がいつまでもしょぼくれた鯉のままだったのは、おれがどうしょうもないくらい追い詰められるまで、闘争心というものを持たなかったからだ。


 リュー。あいにく、背中にいるお前と会話することはできないけどさ。

 お前、こう言いたいんだろう?

 怒りのままに戦えば、勝てるって。


 それを理解した瞬間……。

 頭の中から、逃げという選択肢が消える。

 代わって浮かび上がるのは、いくつもの攻め手。

 目障りな泥人形を、この世から消滅させるための手順だ。


「――うおおっ!」


 おれが吠えると、全身のオーラがバーナーめいた力強さに変わり、白銀の輝きを一層強くする。

 そして、おれは全身を――砲弾と化した。


 ――ドウッ!


 全力で繰り出した飛び蹴りが、ゴーレムのドテッ腹を穿つ。

 今度は、めり込んで止まるようなことはない。

 足先から貫通し、背中へと突き抜けた。


 おれはそのまま、神殿の入り口へ至るための階段に着地し――再度飛び立つ。

 今度は、相手の右腕。

 振るった拳が、これを大きくえぐり取った。


 ――このまま。


 ――このまま、全身を削ぎ落としてやる!


 そこから先は、思考ではなく反射の領域。

 おれは、ピンポン玉めいた挙動で連続跳躍し、その度にゴーレムの体をえぐり、削り取っていく。

 ゴーレムは、腕や足を振るって迎撃しようとするが、今のおれには、全てが見切れる。


 攻め手を欠いたということだろう。

 各所を削られたゴーレムが、万歳をするような姿勢となった。

 すると、今度は腕のみならず、ほぼ全身が内側から膨れ上がろうとしたのだ。

 先の散弾じみた攻撃を、さらに大規模化したもの……。


 ――馬鹿め。


 ――弱点が見えているぞ!


 健在な箇所の内、左の膝のみは攻撃の予備動作に入っていない。

 そして、ゴーレムという魔物は、体のどこかに核となる部位があるという……。

 こいつの場合、それがどこかは、もはや考えるまでもない!


「――おおっ!」


 多分、第三者がいたのなら、おれの姿は、銀色の流星か何かのように見えたのだと思う。

 最後にして渾身の飛び蹴りは、ゴーレムが体を弾けさせるよりも早く、その左膝を打ち抜いたのだ。


 手応え……いや、足応えか。

 ともかく、命なき存在から動くための力を確実に奪ったという感覚が、おれを支配する。

 すると、どうなるか?


「――ぶべっ!?」


 すっかり気の抜けたおれは、顔面から地面に落下し、ズザーッと滑って行ったのである。

 背後から感じられるのは、ゴーレムが崩壊した気配……。


「ふむ……」


 立ち上がり、周囲を見ながらの指差し確認を行う。


「うむ」


 誰も見てないから、ヨシ!




--




「まさか、一人で倒しちまうなんてな……」


 鮫島のカシラが、バラバラになったゴーレムを見ながら、つぶやく。

 見立て通り、死ぬようなことはなかったカシラであったが、にしても、あの一撃を受けて骨などに異常がないというのは、驚かされる。


「それにしても、その体……。

 さぞかし、すげえ戦いだったんでしょうね」


 おれの体を見回しながら言ったのは、カズだ。


「ああ、全身傷だらけだし、しかも泥だらけだ……」


「一体、あの泥で出来た化け物相手に、どんな戦いをしたんだ……」


 同様につぶやく、他の仲間たち。


「ま、まあ……。

 ここでそんな話をしても仕方ないし、おいおいで」


 おれはといえば、全力でそれをはぐらかしにかかった。

 体の傷は間違いなく死闘の証であるし、泥の一部もやつの攻撃によって付着したものだ。

 ただ、それ以上に、着地へ失敗してズザーッと滑ったせいで泥まみれなわけで……。

 このことは、出来れば墓まで持って行きたい。


 あの後……。

 おれは仲間たちを追いかけ、ゴーレムの打倒を告げた。

 すると、早くも意識を取り戻したカシラは、すぐに神殿の中を調べると宣言し……。

 おれたちは、こうして舞い戻ってきたわけである。


「とにかく、だ。

 せっかく、ギンがいい働きしてくれたんだ。

 すぐに神殿の中を調べる。

 中が危ないようだったら、今度こそ撤退するがな」


 ――へい。


 カシラにうながされ、神殿への階段を上った。

 万全を尽くすなら、一度、地上へ帰還するという手もあるだろう。

 だが、ここにいる全員、どうにも好奇心を抑えきれないでいたのだ。


「こいつは……」


 そうして踏み込んだ、神殿の中……。

 そこに広がっていたのは、なんとも意外な光景である。


 レンガ造りの内部は、部屋も何もないドーム状のぶちぬき……。

 それでいて、病院を思わせる清潔感があった。

 そんな内部に存在するのは、これは――プランターか?

 恐ろしく長大なプランターが、等間隔に並べられているのだ。


 プランターの上で青々と茂っているのは、見たこともない草である。

 パッと見は、チューリップのようだが……。

 しかし、花弁に当たる部分は全てがほうだ。

 ただ、これが雑草の類でないことは、なんとなく直感できた。

 何故なら、園芸で育てられた野菜のように……。

 他の小さな雑草などは存在せず、ただその草だけが、これも等間隔でプランターに生えているからだ。


「まるで、こいつを守るためにある神殿だ」


 植えられた――そう、植えられたという表現こそふさわしい。

 植えられた草を撫でながら、おれはつぶやく。


「これ、食べ物か何かなんですかね?」


 おれと同じようにしながら、首を捻ったカズであったが、そんなもの、分かるはずもない。


「……一人、三株ずつ持って帰るぞ。

 靴下でもなんでも使って、土ごとな。

 なるべく、枯らさないようにするんだ。

 それで、研究所に引き渡す」


 ――へい。


 カシラに言われ、おれたちは作業へかかったのであった。

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極道がダンジョンを仕切る現代……三下のまま三十半ばを迎えた俺は、突如覚醒して成り上がる! 英 慈尊 @normalfreeter01

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