ゴーレム

 眼前に立ち塞がる、あからさまな強敵……。

 これに対し、鮫島のカシラが下した決断は、現代兵器を使用するというものだった。


「まさか、こいつの出番がくるとはなあ……」


 誰かがそうつぶやきながら、ゴソゴソとバックパックからそれを取り出す。

 おれ自身も同様にして取り出したのは――手榴弾。

 映画やゲームなんかでよく見かける、パイナップル型のそれだ。


 通常、極道が迷宮内に現代兵器を持ち込むことは、そう多くない。

 何故なら、迷宮内の魔物に対しては、効果が薄いからであった。

 例えば、この錦糸堀迷宮において、最も一般的なヨネクイを相手にするとしよう。

 アサルトライフルでも、適切な距離からカートリッジ使い切るくらいに撃ち尽くして、ようやく倒せるか否かという生命力である。


 ハッキリいって、費用対効果が見合っていない。

 それ以上の破壊力を持つ火器となると、至近距離からのショットガンや、あるいは使い捨てのロケットランチャーなどになるが……。

 基本的に遭遇戦となる迷宮内において、重く取り回しが悪いそれらの火器を持ち込むなど、現実的ではなかった。


 だから、うちの組に限らず、極道はドスや斧など、原始的な武器を使用するわけであるが……。

 数少ない例外が、この手榴弾である。


 それほどかさばらず、にも関わらず威力はある……。

 今回のように、こちらから確実に、同士討ちせず仕掛けられる状況で使用するには、うってつけの武器なのだ。

 だから、おれたちの場合は各々一つ、お守り代わりにこれを所持していた。


「いいか?

 まず、一斉にこいつを投げつける。

 その後は、流れに任せて袋叩きだ。

 だが、決して無理はするんじゃねえ。

 倒せねえとなったら、一旦、退くぞ」


 カシラの言葉に、全員でうなずく。


「それから、投げる時には、木の枝とかへ注意しろよ。

 ぶつかってこちら側に落ちたりしたら、目も当てられねえからな」


 この言葉にも、全員でうなずいた。

 やってしまいがちな、間抜けなヒューマンエラー……。

 迷宮内でのそれは、死に直結する。


「それじゃあ、いくぞ。

 ――せーの」


 カシラの合図に合わせて……。

 ゴーレムが見える位置で茂みに隠れていたおれたちは、一斉に手榴弾を放り投げた。

 どうやら、目も耳も鼻もないというのに、それなりの鋭敏な感覚を備えているらしい……。

 自身に迫る手榴弾の群れを察知したゴーレムが、わずかに身構える。

 さあ――どうなる?


 爆音が、連続して鳴り響く。

 同時に、茂みの中へ伏せるおれたちの頭上を、猛烈な衝撃が通り抜けていった。

 それらが止んだ後、恐る恐る顔を出す。


「――やったか!?」


 カズ、そういうの、フラグを立てるとか言うらしいぞ。

 まあ、カズが原因というわけでも、ないのだろうが……。

 ゴーレムは、倒せていなかった。

 ただし、ノーダメージというわけではない。


 泥で形作られた巨体は、そこかしこが欠損しており、被害が決して小さくないことを感じさせる。

 また、痛覚があるのか、ないのか……。

 その挙動からは、生物めいた苦しみが感じられた。


「かかれやあ!」


 カシラの号令で、全員が茂みから飛び出す。

 体の内から、赤熱化した無形の力が溢れ出していく……。

 それらは、全身から湯気のように立ち昇ると、おれの全身をまとう銀色のオーラとなった。

 出し惜しみは――なし。

 文字通り、全力を尽くしての突撃である。


 おれと同様に、紫のオーラをまとったカシラが先鋒となるが……。

 俊敏さにおいては、こちらに分があるらしく、いの一番を務めるのはおれとなった。


「――おらあっ!」


 叫びながら跳躍し、ゴーレムの頭部へドスを突き立てる。

 ずぶり……という感触と共に、刃が泥の中へと突き刺さっていったが……。


「くそ! 手応えがねえ!」


 叫びながら、未練を持たずにドスを手放した。

 同時に、ゴーレムの頭部を踏み台として、そこから飛び退く。

 一瞬、遅れて……。

 おれのいた場所に、ゴーレムが巨大な手を打ち合わせる。


「こっちは、ハエか何かかよ!」


 毒づきながら着地すると、カシラがゴーレムの足元へ接敵しているところだった。


「向こうからすりゃ、変わらないだろうよ!」


 言いながら、足首に向けての斬撃。

 いつもなら、それは、生物の腱を切断するかのように振り抜かれただろう。

 だが、迷宮鋼を鍛えた刃は――振り抜けない。

 極太の足首へめり込んだまま、引き抜けないでいるのだ。

 カシラの剛腕を持ってすらそうなのだから、こいつを形作る泥の粘性は、頭一つ抜けていた。


「こなくそっ!」


 叫んだカシラが、わずかな躊躇を見せる。

 愛用の長ドスを手放すことに、迷いが生じたのだ。

 時間にすれば、ほんの一瞬だろうためらい……。

 だが、生死を分ける死闘においては、絶対的な隙であった。


「――ぐうおっ!?」


 ゴーレムからすれば、まとわりつく虫を振り払うような蹴り……。

 だが、圧倒的に小スケールのこちらからすれば、それは致命的な威力を誇る一撃となる。


「カシラッ!」


 おれたちの叫びをよそに、吹き飛ばされた鮫島のカシラが周囲に生い茂る樹木へと、叩きつけられた。

 樹木は、これを――受け止めない。

 正確には、あまりの衝撃に中途からへし折れたのである。

 そのまた次の樹木へぶつかり、ようやくカシラの動きが止まった。


 ズルズル、と……。

 地面に向けて、落ちていく。

 そのまま、自分のぶつかった木を背にして、動かなくなる。

 身にまとったオーラが霧散したことからも、戦闘継続不可能であることは、明らかだ。


「気絶した、か……」


 あえて、死の可能性は考えない。

 鮫島のカシラなら、このくらいは耐えるという信頼感があった。

 とはいえ、彼が気絶してしまった以上、戦闘の続行は無謀だ。


「みんな、下がれ!

 奴はおれが引き付ける!」


 すぐに決断し、叫ぶ。

 皆、撤退すべしという判断は一緒だったのだろう。

 おれの言葉を聞いて、一目散に逃げ始めた。


「アニキ! でも!」


「いいから、早くしろ!

 カシラの回収を忘れるな!」


 躊躇したカズに、視線は向けず答える。

 皆には悪いが、カシラが倒れた以上、最強の戦力は文句なくおれ。

 ゴーレムはそれをよく分かっているようで、他には目もくれず、おれの方へと構えていた。


「いい子だ……。

 そのまま、かかってこい」


 おれの言葉を、理解したか……。

 ゴーレムが、その剛腕を振るってくる。

 やはり、蚊か何かを潰すように叩きつけられた掌底は、速度こそ恐ろしいものの、見切ることは容易なテレフォンアタック。

 十分な大きさのスウェーで、これを回避した。

 続いて、二撃、三撃と、同様の攻撃が続くも――連続で回避。


 ――いける。


 ――欲を出して攻撃に転じなければ、十分に時間を稼げる。


 だが、ああ……そうだ。

 そんなのは、おれの油断であり、希望的観測でしかなかったのである。


「――何っ!?」


 またも目の前に叩きつけられた巨腕を見て、叫ぶ。

 人間の肉なら、ありえない挙動……。

 ゴーレムの腕を構成する泥が、内側から膨れ上がっていた。


「――ちいっ!?」


 すぐにその意味を察知して、両腕を盾とする。

 ゴーレムの腕から、泥が散弾のように打ち出されたのは、その時であった。

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