神殿
探索を開始してから、三日……。
深部の探索は、順調に進んでいた。
昼間は密林じみた迷宮内を突き進み、襲ってくる魔物たちを返り討ちにしていく。
そして、夜には野営へ適した箇所へ潜み、火を焚くこともせずにじっと待機するのだ。
昼夜の概念が存在する、自然型迷宮ならではの探索行といえるだろう。
「まだ三日というか、もう三日というか……。 想像以上に消耗するな。迷宮へ潜りっぱなしっていうのは」
野営の準備を終え、軽食を取っていたカシラが、珍しく弱気な発言を口にした。
だが、それも無理のないことだろう。
消耗しているのは、カシラだけでなく、ここにいるおれたち全員がそうなのである。
「仕方がありません。
夜は、草なんかを敷き詰めて無理矢理……それも、魔物の襲撃を警戒しながらの浅い眠りです。
それだけでなく、食事だってこういう物しか食べてないんですから」
そう言いながら、おれが開封したのは、鳥飯の詰まった缶詰めであった。
俗に、迷宮飯と呼ばれる携行食である。
極道向けに開発されたこれらは、種類も豊富。一般向けに販売もされていた。
もし、長期間迷宮に潜るヤクザの気分を味わいたいなら、これら迷宮飯で生活してみよう!
すると、圧倒的な食物繊維の不足から、便秘を引き起こすに違いない!
そのくせ、こういう迷宮飯は腹持ちだけはいいから、どうにもポンポンが重く感じちゃうんだよな。
「なんかこう……ヤク漬けになってる気分ですね」
カズがそう言いながら、ビタミン錠を飲み込む。
「はは、ブラックジョークってやつか? それ?
外では、言わないようにな。勘違いされた人に通報されたら、お巡りさん来ちゃうぞ」
もそもそと鳥飯を食べながら、弟分に忠告した。
おれたち豊田組が、馬場さん主導の下、飲食店などをケツ持ちしているように……。
ヤクザのシノギというのは、迷宮探索だけに限定されない。
中には、ヤクの売買に代表される違法行為をシノギとしている組も存在するのである。
こないだ迷宮米を送った組織犯罪対策課の白岩なんかは、本来、そういうのを調査するのがお仕事なわけだ。
「慣れもノウハウもねえと、このくらいで限界がくるわけか。
まあ、それが分かったというのも、今回の収穫だな」
スマホを見ながら、カシラが告げる。
当然、迷宮内に電波など存在しないから、この便利な板切れも機能を大きく制限された。
それでも、地図の呼び出しや書き込みなど、迷宮探索を優位にする機能は数多い。
しかも、おれたち極道が使うそれは、迷宮内での無線機能も備えた特殊タイプだからな。
情報社会においても、迷宮探索においても、スマートフォンは必須品なのである。
「幸い、ここまでの進行は順調だ。
すでに、先人たちが探索した既知範囲の端まで来ている。
――明日だ。
明日一日、この先に広がる未踏領域を探索する。
成果があってもなくても、そこで潔く撤退。
それが今回、余裕をもって探索できる限界だろう」
カシラがそう言って、スマホを仕舞う。
指揮官の言葉に、異議を挟む兵士はおらず……。
おれたちは、明日の探索に向けて少しでも疲れを取るべく、交代で仮眠を取ったのだった。
--
「おいおい、マジか……」
翌日……。
二時間ほどの探索を経て見つかったそれに、おれたちは息を呑んだ。
この錦糸掘迷宮は、業界内で『山』と称される自然型の迷宮である。
内部は、密林じみた構造となっており、ヨネクイやケモノジジイなど、地球の生物にも見られる特質を備えた魔物たちが闊歩していた。
だが、眼前にそびえるもの……。
それは、これまでの錦糸掘迷宮では、考えられない代物だったのである。
全長は、そう……両国の国技館ほどであろうか。
レンガを積み重ねて造られたそれは、神殿か何かのように見えた。
とはいえ、明らかに日本帝国で見られる仏社や神社の様相ではない。
こう……アステカとか、そんな感じの文明が残していそうなそれであった。
「まさか、うちの迷宮にこんな建造物があったとはな……。
おい、カズ。斧を貸せ」
「へい」
カシラに向かって、カズが自分の斧を渡す。
カシラはそれを、神殿の壁に――叩きつける!
余人がそうしたのではない。
剛腕を誇る鮫島のカシラが、全力の一撃を放ったのだ。
おそらく、軽自動車くらいならば簡単に粉砕できる威力だろう。
……が。
――ガイイイイイン!
硬質な音を立てて、斧が弾き飛ばされた。
同時に、カシラが痺れた手を押さえる。
「ああ! 刃こぼれが!」
「情けねえ声を上げるな。帰ったら、新しいの買ってやるから。
……どうも、壁を破壊して侵入ってわけには、いかねえみたいだな」
結論付けたカシラが、斧をカズに返す。
「周囲をぐるっと見てみましたが、やっぱり、入り口はあそこしかねえみたいですね」
「ああ、正面から邪魔した奴しか、迎え入れねえ構えってわけだ。
となると、問題はあいつだよなあ。
……隠れながら、あいつんとこに行くぞ」
――へい。
異口同音に返事し、神殿の周囲を囲む樹木へまぎれるようにして進む。
そうして、隠れ潜みながら進むと、神殿の正面入り口と思わしき場所へと辿り着く。
神殿の入り口は、二階部分に存在しており……。
外部からは、階段によって入れるようになっていた。
問題は、階段の前に立ち塞がる魔物だ。
「……明らかに、ボスって感じだな」
それを目にしたカシラが、溜め息まじりにつぶやく。
「あそこを守る番人って感じですかね?
よそのシマだと、そういうのもよくあるって聞きます」
返事をしたのはカズで、その言葉に他の仲間たちがうなずく。
「おれも聞いたことがあります。
で、そういうのを乗り越えると、大概、何かしらのシノギに繋がる品が眠っているとか。
つまり、今回の目的を達成できる可能性が高いわけですが……」
そこまで言って、おれは問題の魔物をあらためて観察する。
全長は、六メートルほどだろうか。
ひと言で表すならば、巨大な泥人形といった風情だ。
造詣美のぞの字もない造りをしていて、まるで幼児が泥遊びで作ったかのよう……。
だが、その質量は――本物。
そんなやつが、階段の手前で堂々と立ち塞がっており……。
目なんてものの付いてない頭部で、時折、周囲を見渡しているのである。
今のところ、頭部しか動かしてないけど、どう見たって全身が動くよな、あれ。
「……よう、俺の知識も披露していいか?」
「どうぞ」
答えると、カシラがスラスラと続きを話す。
「ああいうのを、よその組では海外の伝承にちなんでゴーレムと呼んだりするそうだ。
江戸の昔は別の名前を使ったりしてたらしいが、今はそっちが定着してる。
で、その特徴としては、だ」
そこで、カシラが黙る。
ああ、ここは全員で続きを言う場面なんですね?
空気を読んだおれたちは、一斉にその言葉を告げたのであった。
「「「――すごく強い」」」
ゴーレムが、あらわれた。
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