課金しても手に入らない人

千子

第1話

「はあ、サルエル様、本日も麗しく…」

柱の影に隠れながらそっとサルエル様を覗き見る。

わたくしはエミュレット。

しがない公爵令嬢ですわ。

単なる悪役令嬢ですわ。

この単語で察していただきたいのですが、わたくし所謂異世界転生した令嬢ですわ。

ですが断罪はされません。多分。ゲームでそこまで描かれていませんでしたし…。

王太子殿下と婚約はさせていただいておりますが、わたくしは記憶が戻る前からサルエル様一筋ですわ。

王太子殿下にも幼少時よりご相談してこの婚約を解消すべく奔走しているのですが、大人の思惑になかなか太刀打ち出来ません。

そもそもわたくしは公爵令嬢。

男爵でありヒロインのお助け役のサルエル様とは身分差があり過ぎて反対されているのが原因の一つです。

まったく、ご都合主義の乙女ゲーだったくせに変なところでお堅いんですから!

サルエル様はヒロインのお助け役ですから、光魔法が使えるというだけでこの学園に入学を許可された庶民でヒロインであるミーシャ様は事あるごとにサルエル様を頼られます。

羨ましい…!

サルエル様は生前も地味に人気があったのですが、どんなに課金しても絶対にサルエル様ルートがないと言われる程、ヒロインであるミーシャ様にたいして友情以上の感情がありません。

グッズも出ませんでした。

わたくしのような過激派もいたにも関わらず、製作陣は金蔓もといファンをなんだと思っているのでしょう。

お金なら払うから推しください。

話が逸れましたわね。

「やあ、エミュレット。今日もサルエルを覗き見かい?」

「王太子殿下」

カーテシーをして挨拶すると、王太子殿下もそっと柱の影から二人を眺めます。

「早くこの婚約が解消されて、君がサルエルと幸せになれることを願うよ」

「あら、それは王太子殿下がミーシャ様とご縁を結びたいからでは?」

「ははは」

笑って誤魔化しておりますが、王太子殿下もわたくしがサルエル様の観察をしているのを観察しているうちにミーシャ様に恋心を抱いたのですわ。

ミーシャ様は王太子殿下ルートを目指していらっしゃるらしく、すべてのパラメータを最高値に上げつつイベントもこなしています。

それ以前から目を付けられていたとはミーシャ様も思いもよりませんでしょうけど。

王太子殿下には「ミーシャ様とお似合いですわよ。わたくしとサルエル様のように」と申し上げたところ苦笑で返されました。

これが相思相愛の余裕…!わたくしだって、いつかはサルエル様と…!

嫉妬の炎を燃やすわたくしと余裕の王太子殿下と揃って二人を眺めてお互いの想い人を褒め称え合いました。

わたくし達からあちらが見えているということはあちらからもわたくし達が見えているということ。

わたくし達に気付いたサルエル様は仲睦まじく見えるわたくしと殿下をミーシャ様に見えないようにそっと距離を変えて次のアドバイスを告げておりました。

そのお顔が少し悲し気なのは、王太子殿下と自慢合戦をしていたわたくしは気付きませんでした。


さて、乙女ゲーの悪役令嬢らしく時にはヒロインに冷たくあたります。

ティータイムにご招待して対面して適度にお話をして冷たく切り込みますわ。

「サルエル様と距離が近いんじゃありません?」

「えっ、王太子殿下とじゃなくてサルエルとですか?」

ミーシャ様が困惑の表情を浮かべます。

しまった本音で間違えましたわ。

「王太子殿下と距離が近いんじゃありません?」

「無表情でテイク2しないでください」

「まあ!わたくしに口答えをするのですか?」

扇子で口元を覆いショックを受けたかのように演じます。

「いえ、でも、エミュレット様がお好きなのはサルエルですよね?」

「な、なんでご存知ですの!?」

ミーシャ様から隠されていたわたくしの恋心を暴かれましたわ!

「いえ、まったく隠されていませんしサルエルも知っていますし、なんなら王国中存じ上げております」

「なんですって!?」

思わず椅子から立ち上がります。

そこまで!?国中に知られているどころかサルエル様ご自身までご存知なの!?恥ずかしい!

もうこんな茶番なお茶会なんて切り上げてベッドでジタバタしたいですわ!

「ちなみに、それでサルエル様はわたくしのことをなんて仰っておりました?」

わたくしは開き直って椅子に座りクッキーを摘みました。

ミーシャ様も「さすがは公爵家。お菓子もとても美味しいですね」なんて仰いながらバキュームの如くパクパクとお召し上がります。

「サルエルも言ってましたよ。エミュレット様は美しいって」

「サルエル様が…」

サルエル様が、わたくしを美しいと。

「他には何かありませんの?」

強請るとミーシャ様はサルエル様のお話をたくさんしてくださいました。

代わりにわたくしも王太子殿下の幼少期のおねしょ話から何まで提供させていただきました。

Win-Winの関係を築いたわたくし達はクッキーの欠片まみれの手をお手拭きで拭うと、固く握手をさせていただきました。

ミーシャ様、王太子殿下攻略頑張ってくださいませ。

わたくしのためにも。


そして訪れたエンディング。

ようやく婚約は解消され王太子殿下はわたくしに断りを入れミーシャ様にドレスと装飾品を贈り、共に卒業パーティーに出席されました。

当初はわたくしと現れない王太子殿下に場内も囁きで溢れておりましたが、パーティー会場に入らず一人で中庭で噴水を眺めているわたくしには関係ありませんわ。


「なんでわたくしはハッピーエンドにならないのかしら?」

見ているだけで、ミーシャ様のように己を高めてイベントをこなして好感度を高められなかったから?

いいえ、わたくしのパラメータだって最高値。

今のミーシャ様にだって負けません。

これもすべては課金してもどれだけ要望を送ってもサルエル様ルートができなかった製作陣のせい。お金なら貢げるのに貢げる対象がいない。悔しい。

そこで思い至りました。

ここは乙女ゲームの世界だけれど、現実なのです。

幼少期から思っていただけでどうせ課金しても手の届かない人物と決め付けて見ているだけのわたくしが愚かだったのでは?

家だって公爵家を出ればいいのです。

家はお兄様が三人もいるのですからなんとかしてくださいますわ。

そうと決まったらサルエル様を探しませんと。


わたくしがようやく決心をしてベンチから立ち上がると、サルエル様が現れました。

なんてタイミング。夢かしら?

サルエル様が近寄り、そして跪き手を差し出されました。

「もし、もしよろしければ私と一曲踊っていただけませんか?」

思わず辺りを見回すと王太子殿下とミーシャ様がいらっしゃいました。

お二人ともとてもいい笑顔ですわ!

「エミュレット様?」

サルエル様の瞳が不安気に揺れます。

わたくしは外聞もなく差し出された手を両手で掴み「踊りましょう!」とお返事させていただきました。

かなりマナーから外れた言動ですが、許してくださいませ。

サルエル様はこれまで見たことのない笑顔になり、立ち上がるともう片方の手でわたくしの両手の上から重ねました。


くるくる、くるくる。

王太子殿下もミーシャ様もパーティー会場で踊っていらっしゃいます。

噴水のそばで二人きり。もちろんわたくし達も。

中から聞こえる曲が終わると、サルエル様はベンチにハンカチを敷いて座るように促してくださいました。すき。

サルエル様は隣に座ると、告白しました。

「実は、エミュレット様のことをずっとお慕いしていたんです。ですから、ミーシャ嬢には相談によく乗っていただきました」

頬を赤るサルエル様のSSRカード、出るまで課金したいですわ。

いいえ、ここは現実。高性能カメラの開発をさせませんと。

「身分違いの恋だと諦めていたのですが、ミーシャ嬢が頑張って王太子殿下のお心を射止めたのなら私にも可能性はあるのではと浅ましく思ってしまい、今晩、王太子殿下とミーシャ譲が心を通わせているのを見て私も勇気を出そうと決心しました」

サルエル様、横顔も素敵。

じゃないですわ。今、とても重要なことを言われておりますわ。録音機能付きの物を制作させませんと。

「エミュレット様。身分が違い過ぎますが、私はあなたが好きです。この想いに応えてくださらなくても結構です。私が告げたかっただけなので」

聞き漏らさないようにしつつ脳内でこれから制作するリストを算段していたわたくしに脈がないと思われたのかサルエル様が去ろうとしてしまいます。

「お待ちになって」

手を掴み、離さないようにぎゅっと握り締めて目線を通わせます。

「わたくしも、サルエル様のことをお慕いしています」

にこり、とわたくしが微笑むとサルエル様も微笑んでくださいました。

製作陣、散々ボロクソ申し上げましたがサルエル様を生み出してくださりありがとうございました。

「本当は、知っていたんですよ。エミュレット様が私のこと好意を持ってらっしゃるって。国中の噂ですしミーシャ嬢からも逐一報告を受けておりましたし」

照れるサルエル様に比べてわたくしの心の中は高貴な少女の秘めた恋心が本人にも国中にも広められていたことに改めて寝込みそうになりましたわ。

「大丈夫ですか?エミュレット様」

「ええ、大丈夫ですわ。前向きに考えましょう。何も言われなかったということは国中に祝福されたわたくし達だと」

サルエル様が笑う。

「エミュレット様のその斜めに前向きなところ、とても好きですよ」

頬にキスされて、わたくしの意識はとうとうキャパオーバーになりました。


「知らなかったよ。君がそんなに初心だったなんて」

倒れたと聞いてお見舞いに来てくださった王太子殿下とミーシャ様から微笑まし気に笑われました。

「放ってくださいませ」

ベッドから目だけ出した状態で抗議をします。

「本当に、心配しましたよ」

「サルエル様」

優しく頭を撫でられて照れてしまいます。

その様子を見た王太子殿下とミーシャ様は、今度こそ笑います。

「馬に蹴られないうちに帰ろうとしよう、ミーシャ嬢」

「ええ、そうですね。殿下」

お二人とも仲睦まじく手を繋いで帰られていきました。

「あの、サルエル様。いつまで撫でていらっしゃるのですか?」

「うん?触り心地が良くてつい。駄目ですか?」

にこりと微笑まれて拒絶出来るサルエル様オタクがいましょうか。

こんなこと、乙女ゲーではありませんでした。

サルエル様は攻略対象外なのでまったく。

わたくしは思わずベッドから身を起こし、上半身をサルエル様の胸板に飛び込みました。

「サルエル様、愛していますわ」

「私もですよ、エミュレット様」


課金して手に入らなくても、愛があれば側にいられるのですわね。

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