第5話 ふん、犬にイヌだと? まんまじゃん
「ところで先生、この子はクソ時計じゃなくて、ちゃんと『イヌ』っていう名前があるんですから、そう呼んでいただけませんか?」
「イヌって犬のことか? 全然犬らしい要素が見当たらんのだが」
どう見てもこの絵はクマだぞ。それぐらい俺でもわかる。
「はい、イヌはもともと私が飼っていた犬なんです。トラックにはねられて死んだかと思ったら、この時計に乗り移ったみたいで」
何だそりゃ。乗り移るって犬の幽霊みたいなもんか? まあそれは一旦置いとこう。
「しかし、犬にイヌとは、なかなかイージーなネーミングセンスじゃないか?」
「はい、私が名づけ親らしいんですが、小さい頃で覚えていなくて。ずっとイヌと呼んでいたらしいのですが」
ははあん。およその経緯が見えてきたな。って言うか合間親よ、名づけが安易すぎるだろ。
よし、まあいいだろう。寛大な俺はこのクソ時計を本来の名前で呼んでやろうじゃないか。
「よう、イヌ。気分はどうだい?」
「気安くイヌと呼ぶんじゃねえ」
「ぶっ。いやいや。おい、待てよ。合間妹子がお前をイヌと呼べって言ったんだぞ。それを拒否するってどういうことだ」
「妹子に呼ばれるのは構わないが、お前に呼ばれるのは、なんかムカつく」
俺はぐぬぬと歯ぎしりした。いちいちうるせえ奴だ。声だけは女子のように可愛いくせに口が悪すぎる。口調と合ってねえぞ。
「じゃあ、時計」
「時計言うな」
「じゃあ、クマ」
「よし、いいだろう」
それはいいのかよ。こいつの価値基準がいまいちよくわからねぇ。もしかして見た目にこだわるタイプなのか?
ふと合間妹子を見ると、押し黙ったままちらちらと時間を気にしている様子だった。おいおい急にどうしたんだよ。
「先生、もうこんな時間ですよ」
「だからどうした?」
「約束じゃないんですか?」
「だから何のだよ」
合間妹子が意味不明なことを呟いた瞬間、急にドアのほうで緑色の閃光が走る。
「うおっ、今度は何だ」
視線を向けるとそこには二人の女性が立っていた。
一人は長い黒髪で、白を基調としたロングスカートを身につけた、上品なお姉さんだ。
そしてもう一人は亜麻色の髪で白衣を着た、研究者風の女性だった。
いわゆる瞬間移動ってことだろうが、あいにく俺の常識センサーはさっきからぶっ壊れているんだ。こんなことで驚きゃしねえ。
はあ、と俺は一つため息を吐いた。
また俺の部屋に不審人物が増えたじゃねーか。確認しなくてもわかる。合間妹子の関係者だな。
研究者風の女性が合間妹子の姿を認めると、軽く片手を上げた。
「やっほー。合間妹子ちゃん。待たせたね。約束だから来たよ。初めまして」
挨拶を受けた合間妹子が困惑したような表情で胸に手を当てた。
「あ、はい。私が合間妹子です。って、あ……れ? あなたが先生ですか? じゃあ先生が先生じゃなかった……の?」
だーかーら、一番最初から俺がそう言ってんじゃねーか。逆になぜ間違えた?
そこで研究者風の女性が軽く部屋を見渡して、ふむと唸った。
「うーん。合間妹子ちゃんを目標座標にしたはいいけど、変な場所だね。汚いし、狭いし変な匂いするし」
不法侵入されたうえにそこまで言われたくねぇ。
「ここは、先生の部屋なんです。だから汚いんです」
合間妹子。お前まで同意すんじゃねえ。
「先生って、さっきからいる男の子のこと? 合間妹子ちゃんの何かの先生なの?」
俺と目が合った女性が俺を指さした。
「いえ、初対面でしかもよく考えると先生でもないのですが、私がどうも聞き間違ったようでして」
「んー、話がいまいち見えないんだけど。ネーミル、心当たりあるの?」
ネーミルと呼ばれた黒髪の女性が少し首をかしげた。
「どうもちょっとした情報の齟齬があったみたいね。あのときは戦闘中で私も余裕がなかったから、あまり伝えられなくて」
「戦闘中にそんな会話とかしちゃいかんでしょ。結果に問題はないからいいけどさ」
何があったかは知らないが、要するに徹頭徹尾、俺には関係ないってことでいいんだよな。
「あの、何か勘違いがあったようですが、そろそろ皆さん出ていってもらえないですか? 別の場所でも話とかできるでしょう」
「いや、そういう単純な話でもないんだな」
研究者風の女性がうんうんと頷いた。
ほう。こうも連れ立って無関係な人間の部屋に不法侵入しておいて出ていかない理由があるのなら、ぜひ聞きたいもんだ。
「わかるでしょ。あたしたちの姿を見られた以上は、生かしておくわけにはいかない」
うわー、教科書レベルのベタな台詞。
なに、この自称魔法少女と転生し、配信をしろだと? 届け、笑顔の魔法〜♪ って俺もかよ! 稲戸 @ina10
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