第4話 ふん、俺が先生だと? 絶対間違ってるからなそれ
「ああっ、先生。大丈夫ですかっ?」
「大丈夫じゃねぇよ。っつーか、さっきから俺が先生って何だ。どういうことだよ。何で俺がお前に協力せねばならん」
「えぇ、だって先生は先生じゃないんですか? 私の頭に直接声を届けていろいろ教えてくれましたよね。微妙に早口でしかも一方的な説明で」
「してねえよ。ヤバい奴なんじゃないか、それ」
それに何だ微妙な早口って。
「先生、そんな知らないふりして。しらばっくれても無駄ですよ」
「いやいやいや。マジで知らないから。初耳だから。そもそもどうして俺を先生だと思い込んだ?」
問われた合間妹子が妙に自信ありげに鼻を高くした。
「ふっふ。私には先生が先生であるという確たる証拠があるのですよ」
「ほう、ではその証拠とやらを見せてみろ」
あるわけがないと思うが。最大級疑惑の眼差しを向ける俺にためらう様子もなく、合間妹子は紺色のリュック型学校指定鞄から、一冊のキュートでポップなファッション雑誌を取り出した。
タイトルぐらいはコンビニで見たことがあるようなないような。俺は元々興味がないから、わからんが。
こんなもん通学用鞄に入れるな。いやそもそも今日は休日じゃないのか。なんで制服着てるんだこいつ。
「これは私が毎月愛読している雑誌なんです。それで、ここを見てください」
合間妹子はぺらぺらと後ろのページを開けると、俺に見えるようにして、ぐっとつき出した。
「今月の星占いのコーナー、私の星座である乙女座のところです」
「なになに。『一言アドバイス:ピンクのコアラの服を着た男性が、あなたの探していた先生です』だと」
「ほらね、先生です」
合間妹子が、壁のほうを指差してやたら得意気にふんと鼻息を荒くした。
つられて視線を動かしてみると、そこには俺が昼飯を買いに行くときに着た、黒地のパーカーがハンガーにかけられていた。
そしてその背中には、これ以上なくしっかりとファンキーなピンク色のコアラが印刷されている。
「うむ、確かにピンクのコアラだな」
「どうです。わかっていただけましたか?」
「オーケー。俺が先生だ」
「わぁい」
「じゃねーよ。ピンクのコアラを着た奴なんて、その辺にいくらでもいるだろう」
「いませんよ。だって私、今日までずっと探してたけど見つからなかったんですよ。始めてそれを見かけたとき、この人が先生だ。決して逃がしちゃいけないとここまで必死で追ってきたのですからねっ」
またも得意気に胸を反らす合間妹子。ぐむむ。誰だよ。こんなラブリーなコアラをわざわざピンクで塗ろうなどと突飛なことを考えた奴は。おかげで俺があらぬ誤解を受けたではないか。
これはワケのわからん占いを載せた雑誌の編集部にも苦情を言ってやりたいところだな。服の会社とつるんでいるに決まっている。
「だから、俺は先生じゃないっての。お前の頭にメッセージを送った奴がいるだろう。そいつに聞けばいいじゃないか」
「メッセージは一回だけで、もう聞こえません。ただ、最後に言ってました。後で詳しい者を行かせるからって。それが先生ってことじゃないんですか?」
「断じて違う」
話は平行線だ。弱ったな。どうすれば誤解だと信じてもらえるのだろう。正直もうそろそろ帰ってほしいのだが。俺にも俺の生活があるしな。そう俺が途方に暮れていると。
「もういいだろう。こんなバカ面が先生なわけねえ。時間の無駄だ。帰ろうぜ」
ん? 気のせいか。今聞き捨てならない言葉が聞こえたような。
「おい、合間妹子。今俺をバカとか何とか言わなかったか?」
「いえっ、違います。私が言ったんじゃないですよう」
慌てた様子でわたわたと手を振る合間妹子。
「ふん。そんな見え透いた嘘をつくな。この部屋には俺とお前の二人しかいないのだぞ。お前でなければ一体誰だと言うのだ」
「はいっ、この子です」
合間妹子は袖を少し捲って手首をぐいと剥き出しにすると、俺の眼前に子供っぽい仕様の腕時計を差し出した。
うん? 文字盤にやたらハッピーな表情のクマが描かれているところを除いては、なんの変哲もない時計のようだが。
「はっはっは。合間妹子。こんな時計が喋るわけないだろ。苦し紛れに下手な言い訳をしやがって。バカにしてんじゃねえぞ? ああぁん?」
「うるせぇ、バカはお前だ」
腕時計から妙に可愛らしい人工音声が聞こえてきた。予想外の展開に俺は思わず仰け反ってしまう。
「うおおっ、どうなってんだ。この時計、喋ってるぞ?」
「はい、そうなんです。この時計は時間になるとクマさんが話しかけてくれるという機能がありまして……」
いやいやいや、問題はそこじゃないから。
「だから、何でこのクソ時計が自在に喋ってるかってことを聞いてんだよ!」
「誰が、クソ時計だ。バカ面に言われたきゃねえよ」
「もうお願いっ、二人ともケンカは止めて」
そのとき合間妹子の手のひらから、ビビビっと何かが放出されたような気がした。
うん? 何だか知らんがとても気分がよくなってきたぞ。衝動を抑えられず、俺は腹を抱えて笑い出した。あははは。こりゃいいや。
「いやいや、クソ時計。熱くなって悪かったな。そのゆるいクマのデザイン、よく見りゃ癒されるぜ」
「はっはっ、バカ面。さっきはつまらないことを言って、すまなかったな。その凡庸なフェイス、意外と親しみやすいじゃないか」
ほわわわっと俺の中が幸せな気持ちで満たされる。
うんうん。許してやろうではないか、クソ時計。ちょっと口は悪いが、正直でいい奴じゃねえか。
「ふっふっふ」
「はっはっは」
『はぁーはっはっは』
俺の声と人工音声の笑い声が見事に調和した。
それを見た合間妹子が胸に手を当てて、ほっと一息吐いた。
「二人がお友達になってよかった」
『お友達じゃねーよ』
もうっ、ビビビビ。
『はい、すみませんでした』
俺たちは二人揃って仲良く謝罪した。
この、なんだろう、合間妹子には絶対頭の上がらない感は。何だかもやもやするぜ。
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