第3話 ふん、笑顔の魔法だと? ぶっは大爆笑じゃねこれ

「それにしても、物を消し去る魔法ってのは、なかなか物騒だな。やっぱり危険人物じゃないか」

「危険人物言わないでください」


「ほう、では他に力があるのか? もっとこう、役に立ちそうな魔法とか」

 合間妹子が、我が意を得たりとばかりに小鼻をうごめかした。


「ふふん。まさにそれ。私は誰かを幸せな気持ちにさせる魔法が使えるのですよ」

 お、そのほうが何か魔法っぽい……か?


「まあいいや、では早速俺をハッピーにしてくれよ」

 俺の胸の前で、合間妹子が両の手のひらを向けて何やら念じてきた。俺は正直、先ほど合間妹子に惨敗を喫した悔しさが残っていたので、対抗するためにあえてネガティブなことを思い浮かべるようにした。


 ぐぬぬ。合間妹子め。魔法などと言って俺をたぶらかそうとしやがって。科学的見地の申し子である俺はそう簡単に騙されんぞ。


 いやいや、って言うかその前に、こいつは俺の家のドアをぶっ壊して、不法侵入してきた奴じゃないか。ひどいことをしやがる。くそう。合間妹子、許せん。許せんぞおっ。


 だが、どれほど俺が怒り昂ろうが、それ以上にほわほわと優しい気持ちで心がいっぱいになってきて、俺は怒りを維持することが難しくなってきた。


 うんうん。いいんだよ。合間妹子。許してやろうじゃないか。ドアをぶち破って侵入するなんて、手段が豪快で愉快な奴じゃないか。なかなか思いつくことじゃないぜ。ははは。


 上機嫌になった俺の手が、思わず昼飯の割り箸に当たり、床に落ちた。

 それだけのことでもう、俺は笑いを堪えることができそうになかった。


「あーひゃっひゃひゃ。は、箸が落ちたぞ。しかも、こうすっと真下にだぜ。見たか。ぷっ、はっ、はあっはははは」

 俺はいつの間にか腹を抱えて大爆笑していた。箸、ウケるぜ、これ。はーははは。


 ……(中略)……


 不意に俺が冷静さを取り戻したときにはもう、合間妹子は手を下ろしていた。はっ、何やってんだ、俺は。


 ううむ。いつの間にか合間妹子の術中にまんまとはまってしまったぞ。全くもってつまらんことで爆笑してしまった。いかん。気を引き締めろ。俺は余韻でまだ少し緩んだままの頬を軽く叩いた。


 まあいいだろう。よくわかった。合間妹子が魔法と称する得体の知れない力を使えるってことは、もう俺の中に疑念の余地はない。その点については認めよう。


 だが、それならどうして俺は今まで魔法を知らなかった?


 少なくともテレビや学校で魔法が実在するなど、一度も聞いたことはないぞ。現代においてその単語を耳にする機会があるとすれば、せいぜいラノベやゲームなどはっきり言ってフィクションだ。


 百歩譲って一般に認知されていなかっただけだとしても、これだけの情報化社会だ。今まで誰もが知らなかったと考えるほうが無理がある。


 一昔前ならともかく、今ならどんな事実もSNSなどで一瞬にして拡散されてしまうんだぞ。現に俺が先程の合間妹子の様子をスマホで撮影し、魔法の紹介として動画をアップすればどうなる?


 いや、もちろんただの詐欺動画として見向きもされないのは間違いないだろうけどさ。


 だからと言って現に実在するものを、隠しおおせるはずもない。もしやあれか。魔法で魔法の存在を隠しているのか?


 謎の機関の情報操作的なやつの影響で記憶の消去が、ってますますわけがわからんな。そもそも魔法使いは合間妹子以外にもいるのだろうか。


「なあ、合間妹子。お前以外にこうやって魔法を使える奴はいるのか?」

「〝継がれし者〟でしたら、私以外にもいるようです。実際に会ったことはありませんが」


「ああ、そう言えば最初にそんなことを言ってたような。そりゃ、一体何なんだ?」

「でも、それは先生のほうがご存知じゃないですか?」

「すまん。全く知らないんだ」


 合間妹子は、うーんそんなはずはないのですがとしばらく困ったような表情をしていたが、やがて意を決したように話を始めた。


「世界がもうすぐ終わるらしいんです」

「おお、すっかり忘れてたぜ。確か最初にそんなことを言ったよな。で、それはいつなんだ? 明日か?」


「うーん、そういうことではなくて、まず宇宙が始まってから終わるまで、つまり普段私たちが感じている過去から未来に向かっての時間の流れを〝相対時間〟と定義します」

「ほう」

 何だ。いきなり難しい話になってきたな。


「一方、それら全ての時間を内包した宇宙そのもの、それが存在している時間を〝絶対時間〟と言って、寿命が来たら、いつの時代とか関係なく始めから終わりまで宇宙が丸ごと消えちゃうらしいんです」

「お、おう……? 何か大変なことのようだが言ってることがわからんぞ」


「だから、明日とかそういう言い方はできないみたいです。それも含めた宇宙まるごとだから。つまり、あらゆる時代にとっての明日……みたいな?」

「ううむ。わかったようなわからんような。まあいい。で、魔法を使ってその世界の崩壊みたいなやつを止めようというわけだな?」


「それが、世界の寿命は止められないらしくて。むしろ問題は次に始まる新しい世界と言うか」

「どういうことだ」

 新しい世界って何だ。聞けば聞くほど俺の理解は置いてきぼりになりそうだぞ。


「世界が終わったとしても、また次に新しい世界が生まれるだろうと言われてるみたいです。ただそれがどうなるかはまだ決まっていないらしくて、無限に可能性があるって言うか」

「なるほどな」

 うん。そこだけは妙に理解できた。


「それで、次の世界がどうなるかを決定する要素として選ばれた者たちを、〝継がれし者〟と呼ぶらしいんです。それぞれの〝継がれし者〟には魔法のような特別な力が与えられ、平たく言えばどのように行動したかで、次の新しい宇宙の在り様が決まるのだとか」


「うおお。何かスケールのデカい話になってきたな。ああそうか。で、お前が〝継がれし者〟つまり次の宇宙を決定するべき力を与えられたってわけなんだな」

「はい、どうもそうみたいなんです」


 ふうん。選定基準がさっぱりわからんな。こんないかにも頼りなさそうな中学生よりもっと適任がいくらでもいるだろうに。まあ次の世界なんて俺にそもそも関係ないことだからな。関わらないのが一番だ。俺は何の能力もない一般人だし。


 俺は喉の渇きを潤そうと手近にあったジュースを手に取った。

「では、合間妹子。何か知らんがその魔法の力でよりよい世界を作ってくれよ。応援してるぜ」


「はい、先生ありがとうございます。先生のお力添えがあれば必ずそれが成し遂げられると信じています。至らぬところもある私ですが、どうぞよろしくお願いします」


 ぶほぅ。俺は飲みかけたジュースを吐き出しそうになって、激しくせき込んだ。床にちょっと溢れたぞおい。

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