第2話 栗原遼のとある計画(俺はあの子が気になっているから眺めているだけで決してストーカーではない)
電車で見かけるあの子が気になっている。
指先で髪をツンツンとするその仕草が可愛い。――――前髪が気に入らないのかな?知り合いでもない俺がそんな妄想をしていると知ったら絶対気持ち悪がられるだろう。
俺はK高という私立の中高一貫校に通っている。実家は老舗カフェを営み、子供のころからバターと砂糖の甘い匂いに包まれていた。家で飲むお茶一つにしても某有名紅茶店のエルダーフラワー入り緑茶や某有名茶舗の玉露を使用し適切な温度でいれることにこだわる両親は、いつも二人で仲良く店を切り盛りしている。結果、俺の世話をする役目は祖父が担った。何故、祖母ではないのかと言えば、既に他界していたから。
現在、俺の両親が経営しているカフェ“シャティーニュ”は曽祖父が創業した店だ。しかし曾祖父は早々に祖父へ経営をバトンタッチした。
そして、祖父も俺が産まれた年にカフェの仕事を引退すると決意。本人曰く『若い世代(俺の両親)に合う店にしたらいい』と潔く身を引いた。
(実は俺の世話がしたくて辞めたという説もある)
その祖父は俺を幼いころから仕事が忙しい両親の代わりにロンドン、パリ、ウイーンなどのカフェ文化が根付いている街へ、俺の学校が長期休みに入ると連れて行ってくれた。そのおかげで紅茶やお菓子の種類に詳しくなったし、カフェでのおもてなしやマナーも自然と身に付けることが出来た。
他にも祖父による熱心もといスパルタ教育で俺は中学受験を経て、中高一貫校へ進学した。そして、中三の一年間はパリへ留学。
(ぺペール(爺様)は多分、最初から俺を留学させるつもり鍛えていたのだと思う。だけど、小学校の高学年の時、塾や語学学校に無理やり押し込まれて、毎日勉強ばっかりで、あれは本当に嫌だった)
日本に帰国したら俺は高校生になった。
(受験のない中高一貫校だから、メンバーは一緒だけど)
そして入学式の翌朝、あの子が駅のホームに居た。
俺にとっては運命の出会い。だけど、ここは日本。突然、花を渡して好きだなんて告白したら、SNSで吊るし上げられて再起不能になるのは目に見えてる。
「ねぇ、女の子ってさ、どんな風に告白されたら困らない?」
隣の高崎さんに俺は尋ねる。高崎さんは頭脳明晰で学級委員も務めているとても信頼出来る女子だ。
「それって、私に聞かれても分からない問題ね。だって告白なんてされたことが無いもの。あ~、桜木さんに聞いてみたら?良く告白されるって、聞いたことがあるから」
「ありがとう。やっぱり高崎さんは頼りになるね」
「栗原君はさ、もっと気をつけた方が良いわよ。そんな風にあちこちで甘い顔をしていたら、相手を勘違いさせるもの。まあ、私は推し一筋だから、揺らがないけど」
「誤解・・・?うーん、良く分からないけど気を付けるね。高崎さん、推しって何?」
俺が尋ねると高崎さんはブレザーのポケットからスマホを取り出した。画面に軽くタッチすると耳の生えた男のイラストが現れる。
(あっ、人じゃない)
「カッコいいでしょー!!朱雀さまっていうの!!」
(ん?朱雀って鳥じゃないの?)
少し気になる点があったけど、場の空気を悪くしそうだから言うのは止めた。
「うん、いいね。見せてくれてありがとう。桜木さんのところへ行ってみるね」
「どういたしまして」
俺はお礼を言ってから、踵を返した。
教室内を見回すと黒板の前で女子友達とお喋り中の桜木さんを見つけた。早速、俺は話し掛けよう彼女の方へ。そこへ斜め後ろにいた八木君が体当たりをしてきた。
「何?」
「いや、栗原くん、何してるの?」
「桜木さんに聞きたいことがあるんだよ」
「聞きたいことって、何?」
「何で八木君に言わないといけないの?」
「おれに言えないことなのか?」
何故か、怒り始める八木君。
(八木君?)
「俺は女の子って、どんな方法で告白されたら困らないのかを聞きたいだけだよ」
「おまえ、桜木に告白するのか!」
「違うよ。そう言うことをわざわざ告白する相手に聞くわけがないだろう」
「あ、そうか!まぁ、そうだよな!で、誰かに告白すんの?」
「それは秘密だよ」
「ふーん、じゃあ桜木に聞いていいよ」
八木君は何かに納得したみたいで、俺に許可を出した。
(八木君!?)
「桜木さん、ちょっと聞いていい」
「うん、栗原君なに?」
桜木さんが俺と話し始めたら他の女の子たちは気を遣って、遠くへ離れて行った。
(ナイス!浅田さん、箕輪さん。これで桜木さんに聞き易い!)
「あのさ、女の子が困らない告白の仕方を知りたいんだ。良かったら教えてくれない?あと八木君って、桜木さんの用心棒か何かなの?」
「ええっと、先ず八木のことだけど、用心棒じゃないわ!だから何を言われても無視していいわ」
(えー、八木君って、もしかして桜木さんに嫌われてる?)
「それから、相手が困らない方法ってどういう意味?場所的なもの?それとも断りやすいってこと?」
「えー、断られたら困る!」
「絶対断らせない方法って話なら、栗原君って結構ワルね!」
桜木さんはニヒルに笑う。だけど断られたくない気持ちは本当なので、俺も笑顔を作って頷く。
「そうねぇ~、場所は重要よ。相手がいつも行く場所で告白して、その子が今後、そこに行けなくなったら可哀そうでしょ」
「なるほど!」
「あと、断られたくないのなら、ムード造りも大切ね。――――でも、まぁ、栗原君は人目を惹く容姿をしてるから多分、上手く行くと思うわ」
桜木さんは妖艶な仕草で語る。――――彼女が良く告白される理由は分かる気がした。俺の突拍子もない質問にも嫌がらず、的確なアドバイスをするのだから。この桜木さんのコミュニケーション能力を自分に好意があると勘違いする男子は多いだろう。
(俺はあの子にしか興味がないから、勘違いしないけどね)
「ありがとう、参考にするよ。桜木さんはいい人だね」
「そう?計算高い女って自己評価してるのだけど、ふふふ」
桜木さんは楽しそうに笑う。
「また、質問しに来るかもしれないけど、その時もよろしく!」
「ええ、応援してるわ~」
そう言いながら、桜木さんは俺に小さく手を振って見送ってくれた。
で、教室の一番後ろにある自分の席に戻ろうとしたら、「おい、どうだったんだよ。何を桜木と話したんだ」と、また八木君が絡んで来た。
「秘密!」って突き放したら、八木君が悲しそうな顔をしたので、少し胸が痛んだ。
(八木君も悪い人じゃないんだろうけど・・・)
授業中に桜木さんのアドバイスを反芻する。まず、あの子が普段生活している場所でデリカシーに欠ける告白はしない。それから、雰囲気作りが大切。自分の容姿に自身を持つ。
(よし、どうするか考えるぞー)
―――――――
そもそも、何で告白しようって気持ちになったのかと言うと、最近読んだ小説に『好きな相手のことを勝手に観察するのはストーカーだ!』ってセリフがあって、胸にグザッと刺さったから。
言い訳じゃないけどあの子のことを勝手に調べたり、後を追いかけたりしないし、しようとも思わない。これは純粋な恋心だ。決してストーカーじゃない!
先日、この話を俺と同じく恋人いない歴十七年の親友、真司(しんじ)に話したら『いや、お前ストーカーだろ』と冷たく言い捨てられた。真司が言うには『お前、眺めている期間が長過ぎ』というのである。
だから、いつかあの子からストーカーと認識されて気持ち悪がられてしまうくらいなら、勇気を出して気持ちを伝えようと思った。で、俺はズルいから、あの子を逃したくない。だから、女子の意見も聞いてみることにしたというわけ。
問題は先ず、あの子をどうやって呼び出すのかと言うこと。その時点で下手すれば断られるだろう。
(全く知らない男から、この日のこの時間にこの場所へ来てって言われたら怖いだろうし、難問だなぁ)
考え事をしながら、店の手伝いでグラスを棚に並べていると入口で今やって来たお客様と母親が話している声が聞こえて来た。
「―――そうですか!わざわざ、ありがとうございます」
「いえ、通り掛けだからね。それに落とした方が困っていたらいけないでしょ?」
「ええ、梶様は常連様なので、次にお見えになった時に渡しておきます」
「あらそう。それなら良かったわ。じゃあ、私は失礼するわね」
「あのう、安藤様、良かったらこれを」
話の内容が気になって俺は厨房から二人の様子を窺う。母親がマダムへクッキーの詰め合わせを渡しているのが見えた。
「あら、かえって良いものをいただいてしまったわ!!ありがとう。またお茶を飲みに来るわね!」
「はい、お待ちしております。今日はありがとうございました」
母親はお辞儀をして、マダムを見送っていた。
「メール(母さん)どうしたの?」
「あのね、いつも来てくれる梶様が、うちの領収書を駅の改札のところに落としていたみたいでね、それをちょうど通りかかった安藤さまが拾って、持って来てくださったの」
「領収書を?」
「そうよ。うちの店の名前が入っているから梶様を知らなくても、ここに届けたら悪用されることはないでしょ?」
「領収書を悪用?」
「そう、世の中には悪い人もいるのよ。安藤さんみたいに心配して持って来てくれる人が居るのは嬉しいことね」
母親は俺に言い終えると手を洗って菓子作りを再開する。俺は今、何かいいヒントを得たような気がした。
(うちの店の領収書を見つけて、良い人なら心配してここへ持ってきてくれる可能性があるということかぁ。これ、使えるかもしれないな。だけど・・・)
この作戦だとここにあの子が来てしまう。で、来たらどうする?母親はお礼にクッキーを渡していたけど。
(あの子が来てクッキーを渡したら当然、直ぐに帰っちゃうよなぁ)
「ねぇ、メール。もし、安藤さんをもう少し店に引き留めたい時はどうする?」
「遼、ええっと、お礼がクッキーだけじゃ少なかったかしら?」
「うううん、違う。そういう話じゃなくて例えばマダムにもう少し詳しい話を聞きたかったら、メールはどうする?」
「詳しい話?さっきの会話で充分だと思うけど。そうね~、長く話したいなら何かごちそうするかも知れないわね」
(お礼にごちそう!?メールの発想は俺にはなかった!メルシー!!)
「メール、ありがとう!何だか糸口が掴めた気がする」
「さっきから何を言っているの。全然、意味が分からないわ、遼どうしたの?」
「おう、思春期か?遼」
突然、ペール(とうさん)が会話に割り込んで来た。
「思春期って・・・、はあっ、こんな大きい子が?」
メールは噴き出す。
「メール、結構失礼だよ。俺も色々考えているんだから」
「そうなのね。英治さん、思春期でアタリみたいね」
「だろう?オレは勘が良いんだよ」
とうとう、両親は俺をネタにして笑い出した。少しイラっとしたけど告白する場をここにするなら、二人に話を通しておかないといけないだろう。
「メール、ペール、ちょっと聞いてくれる?」
俺は気になっている子に告白しようと思っていることを両親に話した。勿論、領収書を使って呼び出してみようかなという作戦も。
「遼、それは変わった手法だな。落としたと言って、彼女に手渡すのか・・・。まぁ、面白いけどな」
「そうね、その女の子が持ってきてくれたら嬉しいわね。領収書の宛名はどうするの?領収書って大切なものだから、勝手に発行しちゃダメなのよ」
「それは、俺があの子にご馳走する金額じゃダメかな?一番人気のパンケーキと俺の一押しアールグレイで!勿論、迷惑をかけるんだから、先に払っておくよ」
「じゃあ、宛名は栗原様で、金額は遼がご馳走しようと思っているメニューの代金ね」
父親も母親も案外ノリノリで協力してくれるみたいで安心した。後はどうやって気持ちを伝えるか。
『好きだ』って店内で口に出したら、あの子が恥ずかしがるかも知れない。かといって、手紙を渡すのは・・・、イマイチだよね。
『それなら、最初から変な領収書じゃなくて、手紙を渡してくれたらいいのに、栗原君ってメンドクサイ人ね』って思われそうだ。
(――――大体、手紙って断られる確率が上がりそうだから、嫌なんだよね。だから、別の方法を考えよう)
ふと、さっきの場面が浮かんだ。母親がマダムへクッキーを渡していたシーン。
(そうだ!クッキーを焼くっていうのはどうだろう?メッセージを書いてパンケーキに乗せて出せばいい。それなら好きなメニューを彼女に選んでもらえる!もし、仮にもし断られるとしても口に出さなければ、あの子が店内で恥ずかしい思いをすることもない。これはいいかも!)
計画は纏まった。後は実行するだけだ!!
(よし、頑張るぞ!!)
――――後日、人生唯一の恋人が出来ました!!
あたしは推し活をしているだけでストーカーではない 風野うた @kazeno_uta
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