【連載版】あたしは推し活をしているだけでストーカーではない
風野うた
第1話 あたしは推し活をしているだけでストーカーではない
憧れる。北国のさらさらとした雪に・・・。
真冬でも、滅多なことではコートも要らない街にあたしは住んでいる。だけど、この季節のミュージックビデオには、サラサラと軽やかな粉雪が舞い散っているし、あの世界的に有名な王女姉妹のアニメ映画では背丈ほどもある雪と氷に囲まれていた。
(あの映画は別に冬でなくても凍ってたけどね)
やっぱり、冬は寒くないとねー。オシャレじゃないよねー。
さて、そんなどうでも良いことを考えているうちに、通学で使っているいつもの駅のホームへと到着した。
“毎朝の推し活”と、あたしが勝手に言ってるだけなのだけど、三番ホーム、午前七時十八分発の上り電車、前から三両目で二枚目のドアの前に、やんごとなきイケメンDKが立っているのだ。彼を一目見て、今日も頑張ろうと気合を入れるのが、あたしの日課なのである。
これは、あくまでも眺めるだけということが大切なのだ。後を追うことも彼の素性を調べることもしない。決して、ストーカー行為ではないので、そこは分かって欲しい。
と、先日、熱弁したのだが、自称清純派を名乗る友人カリンが、話しの途中から、ジト目になってたので、多分、あたしの行動は疑われている。
そして、今日も今日とて、麗しきイケメンを視線で探す、私。
・・・アレ?いない!?身体でも壊しちゃったの???それともケガしちゃったとか!?
知り合いでもないのに勝手に心配しちゃう。これってもうグレーゾーン(ストーカー)入ってる?いやいや、私は健全なJKです!自称ではなく。
でもね、あの男の子に告白する勇気もないの。だって、99,9%断られるって分かってるもの。
(ちょっと可愛く言ってみたけど、似合わないねー)
あー、想像するだけで空しくなって来た。どうしてもう少し美しく生まれなかったかな。いや、美しく無くてもいいや、せめて素敵な笑顔とか、スタイル抜群とか、何かの才能に溢れているとか、この辺で有名な賢い学校に通っていて、その制服を着てるとか・・・。あっ、願望溢れすぎたわ。あははは・・・。
(で、何故、彼はいないのー?あー、もう、今日は頑張れないわぁ)
と、その時、背後に気配を感じた。
「すみません」
あたしを後ろから、呼んでいるのは誰だい?と振り返る。
「あの、コレ落ちましたよ」
(えっ、あのDKじゃん!!)
視線が合い、茫然とするあたしに、彼は淡いブルーの封筒を手渡す。
「では、また」
にこっと笑顔を浮かべて、彼は定位置である、三両目二枚目のドア前へ歩いて行った。
あたしは手に乗せられた封筒を見詰める。
(えっ嘘、どういうこと!?これドッキリじゃないよね???)
多分、近くにいた人たちは、あたしの挙動不審ぶりをチラチラ見てたと思う。
(だって、それくらい怪しい動きをしてたって、あたしも思ったもの)
そこでホームへ電車が入って来た。手渡された封筒をここで開ける勇気もないので、一先ず、サブバッグへ押し込んだ。
(どんだけ動揺してるのよ、あたし・・・)
ーーーーーーーーーー
「放課後、遊んで帰らない?」というカリンに「はぁ?ヨリミチ?何それ、オイシイノ?」と、すっとぼけて答えたら、やや怒りの目で睨まれて怖かったわ。
(ちょっと短気過ぎると思うのよ、カリンさん!)
だけど、だけど・・・。今日はそれどころじゃないのよ。あの封筒の中身を確認したい!!何が入ってるのかな!?
(あたし、ちょっと期待してるかも知れない・・・)
自宅に直帰した。平日、午後三時半に帰宅って、記録かも。
洗面所で手をキレイに洗ってから、自室に入り、床に正座した。こうすると何となく気持ちが落ち着くのは、昔、剣道をしていたからかもしれない。
サブバッグを目の前に置き、ファスナーを開ける。今日は体育があったから、上に乗っかっている体操着を先に出した。そして、あの封筒を丁寧に指先を使って取り出す。
手に持ったまま、淡い水色の封筒をじーっと眺める。宛名はない。裏返してみたが、封もしていない。そろりと開けて、中を覗く。
「はぁ?」
そこに入っていたのは、領収書だった。
「えっ、本当に落とし物!?」
(ウソでしょー!?あたし、この領収書をアレ(ラブレター)と勘違いして、一日中ドキドキしてたのよ。あー馬鹿だわ。直ぐに確認すれば良かったわ。で、何なのコレ!!)
怒りというか、もう自分の妄想が豊か過ぎて笑うしかない。
(で、この領収書はどうする?誰かが落としたのよね。宛名は栗原様か、それだけじゃ分からないなぁ。お店は、駅の前にあるちょっとお高そうなカフェかぁ・・・)
確か、ふかふかのパンケーキが有名って聞いたことがある。
(もう、やけ酒ならぬ、やけパンケーキでもしちゃう?)
あたしは取り柄は無いけど良い子なので、落とし物をカフェへ届けてあげることにした。
ーーーーーーーーーー
駅前のカフェ“シャティーニュ”へ、お店の雰囲気に合わせて、少しおしゃれをして出かけた。街はもう夕暮れ時で、駅へ向かうあたしとは逆の方向へみんな帰っていく。
少し風が冷たい。上着を着てくれば良かったと後悔。でもね、おしゃれな上着を持ってないのよ。この地方ではあまり必要ないからね。だから、仕方ないの。
家から歩いて五分。あっという間にお店の前に着いた。
さて、このおしゃれなカフェに一人で来る日が来ちゃうなんて、あたしも大人になった?いやいや、このお財布の中身はお小遣いだからね。
自分で稼ぐようになったら、大人なんだよ。
いつものように一人でボケて、突っ込みを入れて、満足する。あたしって簡単。そうだ、メンタルは強い!これって特技かもしれない。
カフェの入口のドアを押す。ダークブラウンの木目が落ち着いた雰囲気を醸し出す店内へ足を踏み入れる。芳醇なバターとお砂糖の甘い香りが鼻をくすぐる。
ほぼ満席、さすが人気のお店!
(あ、忘れ物の領収書を先に渡すべき?それとも先に食事をすべき?)
ここに来て、悩み出す私。自然と領収書を入れているバッグへ視線を落とす。
「いらっしゃいませ」
(あれっ?これは聞き覚えがある声!!)
パッと顔を上げたら、私の推しで、麗しのイケメンで、謎の領収書を渡してきたDKが立っている。
「あ、あのー、あれは私の落とし物じゃないです」
咄嗟に出た言葉で、私が驚いた。もう少し上手く言えないのかーと。
(これじゃあ、話が続かないわ)
「ああ、そうだよね。でも、来てくれたから嬉しい」
「いえ、本当に落とされた方が困るといけないので持ってきました」
そこで、私はふと気付く、彼の胸元のネームプレートには栗原と書いてあるということに・・・。
「えっ、栗原さん?」
ネームプレートを、まじまじと見ながら、私が呟く。
「うん、俺は栗原遼、K高の二年。その領収書と言うか、このお店は両親がしてて・・・」
「そうなんですね。こちらは凄く有名なお店ですよね」
(ううっ、上手く話せない。あたし、意外と乙女だった。緊張しちゃうし、その麗しい顔を直視出来ない!!)
「持って来てくれたお礼にパンケーキをご馳走したいんだけど、食べる?」
栗原さん(君?)が、挙動不審気味のあたしに優しく問いかけた。ご馳走したいなんて言葉、人生初だよ!!断るわけがない!!
「はい、是非いただきたいです」
精一杯の作り笑顔で返事をした。
(きっと、何処か不自然で可愛くない笑顔だと思うけど)
「じゃあ、イチゴ、ブルーベリー、バナナとカスタード、抹茶、キャラメル、チョコどれがいい?」
(は、早い、早い、早いって!!)
「えっ、ブルーベリー?キャラメル??チョコってチョコレートですよね?」
(あ、最後の質問バカっぽい・・・)
「ああ、ごめん。このメニュー見て」
栗原君(もう君呼びしちゃう)に、写真のついたメニューを手渡された。パンケーキの上に色とりどりのフルーツがトッピングされているものや、濃厚そうなチョコレートがかかったもの、そして、何とカスタードプリンが乗っているものまである。
あたしは、迷わずカスタードプリンの乗ったパンケーキを指差した。
「カスタードですね。では、こちらの席に座ってお待ちください」
あたしを奥まった席に案内して、栗原君は厨房へと消えて行った。
(ここで一旦落ち着こう、私!!)
栗原君は領収書を落とし物と言って、あたしに手渡した。で、領収書の宛名は栗原君だった。それを届けたから、あたしにお礼でパンケーキをご馳走してくれるらしい。
(ん?これって、どういう話??)
“あなたの斧は金の斧ですか?”“いいえ違います。ぼろい斧です”って、ヤツ?いや違うな。
“あなたの好きな大きさのつづらをお持ち帰りください”いやいやこれも違う。
どうして、脳内から出て来る例えが昔話系なのよ。
悲報です。あたしの残念な思考は答えを出せません。
「お待たせしました。カスタードパンケーキです」
栗原君が、慣れた手つきで、先に紅茶をティーポットから、片手でカップに注いでテーブルへ置いた。まさかお高そうな紅茶まで出てくると思っていなかったあたしは急に申し訳ない気分になってしまう。
「こんなに沢山いいんですか」
あたしの言葉に、栗原君はやさしい笑顔で頷いてくれる。
「で、これがメインなんで」
そういって、栗原君はパンケーキをテーブルの上に置いた。
「えっ・・・」
あたしはパンケーキの横に添えられたクッキーを見て、絶句した。
そこには・・・。
『好きだ』とチョコペンで書いてあって・・・。
「どうしていいか分からなくて、一番得意なものでアピールしてみることにした」
栗原君があたしに言う。
「あ、えっ?本気???」
「あー、そう取っちゃう?でも本気だよ。付き合って欲しい」
麗しいイケメンから、付き合って欲しいなんて言葉が飛び出したから、その辺でパンケーキを頬張っていた人たちが、みんなこっちへ振り返ったわ。
「ずっと同じ位置から電車に乗ってたよね。毎日、つい見ちゃってさ。俺、このままだとストーカーって思われそうで怖くて」
くすっと笑う、栗原君。
いやいや、あたしと同じ匂いがしたぞ、栗原君。そうか、これは現実か。思わず夢を見ているのかと現実逃避してしまったよ。
「あの、あたしも毎日見てました」
(あ、丁寧に答えたら、ちょっと怖い感じになっちゃった?)
「ええっと、あたしも栗原君と付き合いたいです」
あたしの言葉を聞いて嬉しそうに顔を綻ばせる栗原君は、やっぱり色気たっぷりでカッコ良い。
それよりなにより、店内が騒めいてしまったのには驚いた。良かったわねと温かな目で見てくれるおば様たちと、敵意をむき出しにした若いお姉様方。
栗原君、こんな場所で公開告白なんてしてしまって、お店の売り上げが減っても、あたし責任取れないからね。
「ありがとう。後でゆっくり話そう。では、どうぞ召し上がれ」
駅でクールに立っている栗原君とは全く違う柔らかな印象の栗原君も尊かった。
(で、あたしは何故か気に入られて告白されたのよね?そんなことがあるんだー!?)
自分の身に起こったことなのに、まだ実感が湧かないあたしは、この素敵な出来事を他人事のように感じながら、パンケーキの上にあるプリンを一匙掬って口へ入れた。
ーーーーーーーーーーー
・・・だけどさ、わずか十七歳でこんなドラマティックなことを経験しちゃったらさ、この先の人生つまらなくない?大丈夫かな、あたしって思ってたワケ。
「いやー、甘かったわ。遼くんと付き合ってたら、イベント王と名付けたくなるほどサプライズの連続だよね。今回は集大成?」
「まぁ、まだ奥の手は残しているけどね」
遼君は、朗らかに笑う。
今、私と遼君は地球から飛び出して、ほんの少し宇宙と呼べる場所から地球を眺めている。この宇宙の旅は新婚旅行なのだ。しかも、恋人へ熱烈な愛を語るというコンテストで麗しき旦那様が優勝して獲た副賞なのである。
(これ以上の奥の手って何?)
少々怖くなる気持ちもあるが、一緒にいて楽しい日々をプレゼントしてくれる彼には感謝している。
「いつもありがとう。愛してるわ」
「ああ、俺も愛してるよ」
青い地球を背景に、永遠の愛を口づけで誓う二人。
(あ、これブームになるかもしれなくない?なんてね)
すっかり二人の世界に入ってしまっている、あたしたち。あっ、これ、ツアーだった!?と、周りの人々の苦笑いを見て気付くのは、もう少し後のこと・・・。
(あー、恥ずかしい!!!逃げるとこも、隠れるとこも無いじゃんココ!!!)
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