第7話 無念と確信
「なんか、中騒がしいですね?」
エミが首を傾げる。外では南波達は談笑していたところだったが、急に土産物屋から悲鳴や発砲音のようなものが聞こえたのだ。南波は眉を寄せて、次に弾かれたように走り出した。
店内で林達の身に何かが起こったのかもしれない。そう思うと居ても立っても居られない。エミも不安そうに主人の後を追った。しかし、店に着く寸前に何者かが立ちふさがった。
「だ、誰だ!?」
南波の前に出てきたのはマスクを着けて、パーカーを着た大男だった。男はマスク越しに南波に対してにやっと笑った。
「悪いな、兄ちゃん。俺らのボスからの命令なんだ、あんた達刑事二人を殺して、そこのカワイ子ちゃんを攫わなきゃいかんのだ。」
大男の言葉に、エミは小さい悲鳴を上げた。南波はキッと敵をねめつけたが、その時店内から血まみれの男が出てくるのを射止めた。フードを被った男は林のホログラムガンを握っていた。
「待て、お前、それは!」
南波はフードの男を追いかけようとしたが、途端に大男の蹴りを腹にくらった。
「っぐ!」
「ご主人!」
衝撃で転がる南波。エミは彼に寄り添った。大男は相変わらず君の悪い笑みを浮かべ、後ろポケットからハンドガンを引き抜いた。
「あんたの相手は俺さ、お兄ちゃん。さっさと死__。」
「お巡りなめんじゃねぇよ!!」
南波は転がった拍子に体勢を立て直しており、大男の右手に蹴り上げ、銃を落させた。男は拍子抜けして、獲物を取ろうと手を伸ばした。しかし、南波はそれを許さず、男に突っ込みホログラムガンを放った。三発一気に放ち、またリロードをして打ち続けた。
「ご主人、もう十分です!」
エミの止めが入ったとき、大男は気絶どころか瀕死になっていた。ホログラムガンは対象の失神を目的にしており、弾丸は浅く打ち込まれるように設計されている。しかし、南波の猛攻により、大男は穴だらけとなり、そこら中に人工血液が飛び散っていた。
南波は荒れる呼吸をそのままに、フードの男が逃げた方向を見た。男はとっくに仲間がやられたことを察知して、車で逃亡していた。南波は「クソ!」と地面を踏みつけた。
「ご主人!林さんが…。」
エミの声に南波は振り返った。エミは土産物屋内を見つめて、放心状態になっていた。南波は最悪の事態を想像してゆっくりと、店内に歩き出した。
「林?」
店内では客が全員、商品棚の前に転がる“それ”を見つめていた。南波は目を開けて、現実を刮目した。
「…冗談よせよ。」
南波の陽気な同僚は体中をハチの巣にされ、虚ろな目で動かなくなっていた。彼はそのまま林の傍まで歩み、崩れ落ちた。
「はは、ははは…。」
エミは主人の乾いた笑いに眉をひそめたが、すぐにその真意を理解した。
南波はいつも鋭利で冷めたその瞳から、次々と雫を落していた。
「林、買い物は済んだのか?」
「ご主人…。」
「寝てんじゃねぇよ、アホ。まだ任務中なのに。」
「ご主人!」
エミの声に南波は振り向いた。彼女は口をつぐんで首を振った。その反応に、南波は片手で顔を押さえた。
「あぁ、そうか、死んだか、そうか、林、死んだか。」
南波は黙って肩を震えさせた。エミはそんな主人の背を摩った。「私に体温があったら、ご主人を癒せたのに。」、そんなことを思って彼女は血まみれのバニラケーキの箱を見つめた。
※
「そうか、林君が…。」
応援を呼び、現場の鑑識を行って、林の遺体を運んだ後に南波は本部に戻って課長室に顔を出した。藤原は部下の訃報を聞いて、顔を歪めた。
「まぁ、南波君、君だけでも無事で良かった。」
藤原は南波の肩に優しく手を添えた。しかし、彼は色を失った瞳をまた下げるだけであった。その憔悴した様子に、藤原は眉を下げてデスクに戻った。
「とにかく、君たちを襲ったもの達についてはこちらが捜査を進めよう。窃盗されたホログラムガンの追跡も始める。君は取り敢えず休んだ方がいい。」
「…はい。」
南波は背を向けると、課長室を去ろうとした。しかし、ふと立ち止まって振り返った。
「課長。」
「なんだね?」
「あんたは、本当に“まだら模様の蝶”について何も知らないんだよな?」
南波の問いに藤原は怪訝な顔をした。
「いきなり何の話だね?まだら模様の蝶?ああ、あの新藤の事件の。私は君から聞いただけでさっぱりだが?」
藤原は率直に返すと、南波は「そうですか…。」と引き下がって退出していったのだった。
「ご主人、いまのは?」
課長室からの帰り際にエミが出現して、南波に聞いた。彼は彼女を一瞥すると、口を開いた。
「この前俺は、親をウイルスの爆弾テロで失ったって言っただろ?」
「はい、それが?」
「俺はあの時の現場でまだら模様の蝶を見た。」
その言葉にエミは目を丸くした。
「偶然じゃなくて、ですか?」
「ああ。それにお前と出会う少し前の事件でも、同じ蝶を見かけたことがある。」
「それって、裏でつながってるんじゃ?」
「かもしれない。親父たちを殺したウイルスの製造犯はまだ捕まっていないし、さっき言った事件の犯人も自殺していて明確な証言を残してない。俺が見てないだけで、今までの事件現場で蝶が現れていた可能性もある。ひょっとしたら、裏で『あの方』というものが操作をしているのかもしれない。それに、何より…」
「何より?」
「俺は、課長が怪しいと睨んでいる。」
その瞬間、エミははっとしてキョロキョロと周囲を見回した。そして、片手で口に翳して、小声で言った。
「まさか、藤原さんが?優しそうな人じゃないですか?」
「表向きはな。だが、最近のあの人の言動はおかしい。昨晩の飲み会だと、課長が電話に出るために席を外したとき、あの人は携帯越しにこういった、『マダラは続けろ』ってな。他にも『メインディッシュを手に入れる』だとか意味不明なことを言っていた。だが、『マダラ』はあまりにも偶然すぎだ。」
「ご主人は、つまり藤原さんが『あの方』、もしくは事件の関係者の一人だと言いたいのですか?」
「そういうことだ。」
二人はそこで第一課のオフィスに辿り着いた。南波はエミを見つめた。
「この一連のマダラの謎が解ければ、親父達の無念を晴らせるかもしれない。林のことだって。」
南波は自身の拳を見た。林は第一課に所属されたばかりで一匹狼だった南波にいち早く接近してきた人物だった。関西のノリが祟って、関東の友人が少ないからと暇があれば絡んできた。鬱陶しかった。しかし同時に、どこか心地よかった。思えば、間田も合わせて三人でよく飲みにいっていた。下らないことばかり話して、林は二十代のかけがえなのない時間を楽しませてくれた。だからこそ、彼の死は南波に強く刺さった。
「エミ、俺は相手が課長であろうと、真犯人を暴き出す。もうあの人は信じれない。ここからは俺達で黒幕を見つけ出すぞ。」
「勿論です!犯人見つけてしょっ引いてやりましょう!」
エミは拳を空に掲げて、誓った。南波はバディに笑いかけると、第一課オフィスに入っていった。その後、暗い面持ちの同僚達と林の殉死について話をすると、真っすぐ南波は帰宅した。EVC本部を出る際、入れ替わりで林の両親らしき人物たちが駆け込んでくるのを目に止めて、彼は心中で十字架を切った。そして、自宅に帰っても落ち着くことができず、早苗の心配をよそに一睡もできなかった。
機械仕掛けのパラダイスロスト 渋谷滄溟 @rererefa
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