第6話 秘めた夢と禁忌の愛
「モールでテロを起こし、自爆した犯人の名は新藤雄太。職業不定だったらしいが、以前は某有名企業でエンジニアをしていたという。今回、都内モールの着ぐるみに感染させたウイルスは奴の自作と思われる。」
飲み会の翌日、第一課オフィスでは再び会議が行われていた。藤原はホログラムの画面に、モールで着ぐるみを乗っ取った犯人を映していた。彼女は説明の後、南波を見た。
「犯人と直接対峙したのは君だけだ、南波君。犯人は、何か言っていたか?」
その瞬間、南波はびくっとした。頭のなかに「マダラ」と浮かんだからだ。あの着ぐるみ事件の日、犯人の新藤はまだら模様の蝶を「監視」と言い、恐らく奴によからぬ命令を下したものを「あの方」と呼んだ。どれも重要な証言だったが、昨夜の藤原の話が妙にちらついて落ち着かない。だが、南波は気を取り直すと口を開いた。
「はい、実は、あの場には紫のまだら模様の蝶が飛んでいて、奴はそれを『監視』と呼んで怯えていました。」
「蝶?」
藤原は眉をひそめた。隣から林が覗き込んできた。
「トシ、何言うてんの?頭の傷、治ってへんのじゃ?」
「いや、南波君、続けてくれ。」
部下の軽口を遮って、藤原は踏み出した。
「いや、俺がギリギリまで追い詰めたんですが、奴は錯乱していて『あの方』というものに殺されると叫んでたんです。そしたら、奴が『俺を監視している』とどこかを指さして、見ればそこにまだら模様の蝶がいたんです。」
「新藤雄太は何者かに命令されていたのか。それにしても、蝶とは。」
間田が考え込んだ。そこで林ははっとして手を挙げた。
「そういえば、俺も見たかもしれん!」
「本当か?林君。」
「はい、着ぐるみ事件のとき、モールに突入しようとしたら紫に白の点々がついた蝶?みたいなのが中に入ってくのが見えました。」
「ふむ…。そうか。」
藤原はしばし黙った。そして意を決したように顔を上げた。
「よし、ならばその蝶とやらを捜査だ。まずは当時のモール内の監視カメラを調べよう。あとは周辺の住人へ聞き取りだ。間田君、松村君、山下君、頼むよ。あと、加山君、霜月君、君たちは菅山と研究所の件を引き続きやってくれ。」
「了解。」
呼ばれた第一課の五名は早速動きだした。藤原は次に南波と林に顔を向けた。
「南波君、林君、君たちには違うことをやってもらう。」
「え、俺達ですか?」
「うん、特別任務だから、真面目に頼むね。」
藤原は底のない笑みを浮かべ、二人は固唾を飲んだのだった。
「特別任務がこれとはねぇー。」
林は口に入れたガムを膨らませながら呟いた。南波も煙草を吸いたい衝動にうずうずして、適当に「全く。」と相槌を打った。二人は現在、東京内にある遊園地にいた。あの後、藤原に言い渡された命令は「『ネオ日本遊園地』に届いたウイルステロ予告のパトロール」だったのだ。どうやら誰かが遊園地に対して、「本日十時に、ネオ日本遊園地をウイルス汚染する」というメールを送ったらしい。
二人は周りを警戒しながら、園内をぐるっと歩き回っていた。否、“二人”は間違いか。
「うわぁ!!ご主人、あれジェットコースターですよね?速い速い!」
南波の周囲をエミは飛び回り、初めて見る遊園地に心を躍らせていた。それを優しく見つめるのは林が所有するウイルスである、金髪に露出の多いコスチュームに身を包むジェシカだった。
「元気ねー、エミ。」
「エミ、はしゃぎすぎだ。」
南波は舌打ちをして、バディを諫めた。すると少女は肩を竦めて、口を尖らせた。
「ぶー、エミはずっとホログラムガンボックスに閉じ込められてるんですもん!ちょっとぐらい羽目外したっていいじゃないですか!」
「まぁまぁ、エミちゃん、こいつは頑固君やからしゃーない。それより、もう九時五十五分や。予告の時間までもう少しやな。」
「ああ、いま見てきた通りだと、特に不審人物は見当たらなかったが…。」
「敵はどこから来るのかしら…。」
ジェシカは頬に手をついて、唸った。すると、黙っていたエミが「あっ!」と叫んだ。
「どうした?エミ。」
「園内全体をハッキングして観察していたのですが、たったいま出元不明のウイルスを検出しました!」
「なんやって!?それはどこから__。」
『御機嫌よう!!お客様ああああ!』
陽気な謎の女の声に、四人は声の元を見た。それは放送室からのスピーカーだった。
「ついにきやがったか…。」
『レディースアンドジェントルメン!!今宵?真昼?まぁいいや、今から始まるのは絶対的なエントゥアテイメント!その名も無限遊園地!』
「無限遊園地?」
エミが首を傾げた。するとそれに答えるかのように、女は続けた。
『ただいまこの遊園地は私特製のウイルスに汚染されておりまーす!このウイルスは、なんとなんと園内の乗り物全てを“暴走”させるというものです!』
その瞬間、南波は園内を見回した。辺りは、園内の従業員も客も皆、スピーカーの声に怯えていた。更に向こうを見てみれば、メリーゴーランドやジェットコースターなどの遊具が先ほどとは違うスピードで急速に動き出した。乗客たちは困惑や恐怖を表情を浮かべている。
『それでは皆さん、止まらない暴走遊具と永遠の夢を!それじゃ。』
それだけ言うとスピーカーの音は途切れた。南波は林を見た。
「どうする!?」
「クソ、ひとまずウイルス汚染を止めるのが先や!」
「このままじゃ、遊具が壊れて大量の死者が出るかもしれないわ!!」
ジェシカの言う通り、猛スピードで停止することもない乗り物達は既に悲鳴を上げ始めている。この調子では、遊具の破損により乗客は外に放り出されるのも遠くない。南波はエミに言った。
「エミ、園内の監視カメラをハッキングしてスピーカー室周辺の様子を見ろ!」
「了解!…見えます、スピーカー室内に女がいます!」
「分かった、林。」
南波は同僚の方を向いた。
「俺は女を追う。お前は遊具を止めてくれ。」
「合点承知や!行くで、ジェシカ!」
「ええ!」
そうして、四人は二手に分かれた。まず林達は職員から、全ての遊具を操作している制御室の場所を聞き出して向かった。ドアを開けると、作業服を着た、恐らく従業員であろう男が倒れていた。
「おい、あんた大丈夫か!」
しかし、林が駆け寄っても返答はない。しかも男は既にこと切れていて、胸部にできた銃創のような跡から人口血液が水たまりを作っていた。
「恭介、この人生命反応がない。犯人にやられたんだわ!」
「クソ、しゃーない、遊具を止めよう!」
林は悔しそうに顔を歪め、制御モニターを見つめて遊具のコントロールゾーンにある「電源オフ」を押し、窓から外の様子を見つめた。そこではっとした。
「嘘やろ?止まってへん…。」
電源を切ったのにも関わらず、暴走遊具は止まらず乗客たちを恐怖に貶めていた。林が「なんでや!」とモニターを叩いた。
「きっと、強力なウイルスなんだわ…。」
ジェシカがそう言ったとき、林が目をぱちりとした。そうだ、その方法があったじゃないか。林はバディの方を向いた。
「ジェシカ、このモニターにお前を打ち込んで、クソウイルスを倒せると思うか?」
主人の問いに彼女は少し考え込んだ。
「分からない、でもやってみる価値はあるわ!」
「よっしゃ、流石俺のジェシカや!」
そう言うと林はホログラムガンを引き抜いて、銃口をモニターに向けた。
「頼むで、ジェシカ!」
そして林は引き金を引いた。
その頃、南波はエミとともにスピーカー室まで走っていた。暴走する遊具を潜り抜け、ようやく姿が見えてきたとき、スピーカー室ドアから女が出てきた。女は派手なピンク髪にゴスチックな洋服に身を包んでいた。女はこちらに走り寄る南波達を見つけ、顔を青白くした。
「噓でしょ?早すぎじゃない!」
「ふん、さっさと降参しやがれ!」
南波は女に向かってホログラムガンを抜いた。しかし、女は勝気な笑みを浮かべて、携帯を取り出して何か操作した。
「はっ、簡単に捕まるもんですか!」
「嘘!?ご主人、あれ!」
エミが声を上げて指さす先には、何かが怒り狂った速さで突っ込んでくる何かがあった。
「あれは、車?」
こちらに向かってくるそれは遊具の一つであるゴーカートの大群であった。
「いまこの園内の遊具はぜーんぶ、あたしの言いなりよ。殺人マシンと化したオモチャと遊んでみる?」
南波達は逃げ道を探そうにも四方八方からゴーカートが向かってくるのでどうしようもなかった。ホログラムガンを打とうにも、全てを打って弾をリロードする時間がない。丁度、そこへ南波の元へ通信が入った。
『聞こえるか?トシ!』
『林か!?』
『いま、ジェシカが遊具に感染しとるウイルスを殺して回っとる!すぐに暴走遊具は全部止まると思うわ!』
「分かった、貸し一だな。」
『今度、いい酒奢れや。』
南波はそこで通信を切ると、迫りくるカートを恐れるエミに言った。
「エミ、あの女やるぞ。」
「でも、逃げなきゃ…。」
「大丈夫だ、俺を信じろ!」
「…わかりました、ご主人!」
南波はホログラムガンを構えて、ゴスロリ女に向かった。彼女は目を丸くした。
「な、なんで逃げないの!?」
「さあな、てめえの雑魚ウイルスに聞け!」
南波は引き金を引いて、女の義体にエミを打ち込んだ。そうすると、すぐに白目を剥いて痙攣して、気を失った。ゴーカートは林達の助けもあり、ギリギリのところで停止した。園内の遊具もすぐに急停止し、職員らが乗客を避難させている。南波は溜息をついてしゃがみ込んだ。
「これで一見落着か。」
「やりましたね!ご主人。」
エミが飛び跳ねながら、ふわふわと浮いた。南波は煙草を取り出して、火をつけた。するとそこに「おーい。」と林達が手を振りながら駆け寄ってきた。
「やったか犯人?」
「ああ。」
南波は煙草から煙を吐きだした。
「ただの小娘に見えるが、いっぱしの凶悪犯だぜ。」
「全く、若気の至りか?」
二人はその後、通報で駆け付けた公安面の警察にゴスロリ女を渡した。パトカーを見送った後、南波は林に聞いた。
「どうする?本部に戻るか?」
「せやな、あ、その前に…。」
林がぽんと手を叩いた。
「せっかく遠くの遊園地まで来たんやし、お土産だけ買ってもええ?」
「あ、いいわね~、私ぬいぐるみとか見てみたい。」
主人の言葉にジェシカも頷いた。南波はやれやれと首を振った。
「すぐに戻って来いよ。」
「はいはいー、ほなジェシカ行こか。」
林はバディと連れ立って、園内入り口付近にある土産物屋に歩いて行った。その後ろ姿を見ていると、ふとエミが何かをぼうっと見つめていることに気づいた。その先を追うと、そこには土産物屋隣にあるクレープ屋があった。クレープ屋には年頃の女子達が集まってクリームが盛りつけられたそれを頬張っている。
「クレープ?食いたいのか?」
エミが一度頷いたが、すぐに首を振った。
「ううん、やっぱりいい。私、食べられないですし…。はは、なに言ってんだろ、人間じゃないくせに。」
そう言って寂しく笑うエミの横顔を、南波は見つめた。南波はそこで気づかされた。エミにも普通の乙女と変わらない感情があるのだと。今回の遊園地のはしゃぎようだって、きっとウイルスが人間観察をしているに過ぎないと思っていたが、案外エミは純情に楽しんでいたらしい。そう思うと義体を持てず、並みの女子の幸せも持てない彼女を少し不憫にも感じた。
「今度、小早川博士にウイルス用の食いもん作れるか頼んどいてやるよ…。」
「本当ですか?」
ただの慰めで言ったことだが、エミはぱっと顔を輝かせた。彼女は気分が上がって、南波に抱き着いた。
「ありがとうございます!ご主人!」
「おい、離れろって!」
南波が舌打ちをして体を揺らした。エミは言う通りに離れたが、今度ははにかむように笑って彼を見つめた。
「私、ご主人と仲良くなれて本当にうれしいです。それに素敵な名前ももらえて…。」
「仲良く、ねぇ…。」
南波は一度俯いた。今になって疑問がまた湧きおこる。この少女の親しみの理由を。新人類でも何にでもないくせに、人のような素振りを見せる。彼女の言動は、この二十三年間ウイルスを憎み続けてきた南波に衝撃を与え続けている。ウイルスも新人類も変わらないものなのかもしれない、そんな錯覚さえ呼び起こされる。
南波はふっと顔を上げると、心中に沈む言葉が零れ出た。
「お前は、どうして俺と馴れ合いたがるんだ?」
「え?」
「俺は、お前に『人でなし』と言った。そんなことまで言われて、よく尻尾を振りたがるよな。ウイルスには人懐っこいっていう習性でもあるのか?」
この際、噓偽りなく南波は認めることができた。エミに対しての言動に少なからず罪の意識を感じていたことを。自分に従順に、愛嬌たっぷりに付いてくるこの少女を化け物扱いしていたことを多少なりとも悔やんでいたのだ。しかし、南波はその事実がどうにもウイルスによって殺された両親と、それを呪っていた過去の自分への裏切り行為にも思えた。それが綯い交ぜになり、南波はどうしても心中を漏らさずにいられなかった。
エミは目を伏せたが、暫くして腹を括ったかのように口を開いた。
「エミは、私は人間になりたいんです。」
「人間?」
南波は彼女の言葉に啞然とした。ウイルスが人になりたいだと?何のために…。呆然とする南波に、エミは続けた。
「私達ウイルスには姿があっても、“体”はないんです。謂わばデジタル上の魂の存在なんです。だから私が女の子の心を持っていても、新人類の子達のようにオシャレをして出掛けることも、美味しいスイーツを食べることもできない。だって私達は人じゃないから。そうできないから。」
エミは南波の目を見つめた。
「私には心があります。だから、『涙』というエフェクトも『喜び』という表現も出すことができます。だけど、私には人の温もりも、食べ物の味も、そよ風の匂いも感じられない。」
ふとエミの目元から、ほろりと雫が流れた。
「エミ、」
「あったかいって何なのですか?美味しいってなんですか?花はどういう匂いなのですか?いや、匂いって何?」
「エミ、もういい。」
南波は無意識に、その雫を拭うために彼女の頬に手をやっていた。その一粒さえデジタルの泡となって消えていくのに。案の定、南波の手はホログラムの中に潜り抜けてしまった。
エミは南波の行動に些か驚いたが、すぐに自分で涙を拭いた。そして彼に笑いかけた。
「私に体があったら、ご主人に触れてもらえたのに。博士達も酷いですよね、人並みの心は与えて、生殺しにするなんて。でもね、だからこそなんです、ご主人。」
少女は南波の手に触れた。
「だから私は人間になりたいのです。無茶で馬鹿で向こう見ずな願いってことは分かっています。」
南波はその手を払おうともせず、真剣な面持ちで少女の声を聴いた。
「人間になって、いっぱいお洒落をしてやるのです。死ぬほどケーキやマカロン、それこそクレープだって食べてやります。もう『化け物』なんて誰にも言わせません。あと、人間になったら絶対やりたいことがあるのです!」
するとエミは途端にもじもじと恥ずかしそうにした。南波はふっと笑って、「なんだ?」と聞いてやった。彼女はそこで意思を固めて、言い放った。
「私、家族や友達をたくさん作りたいのです!」
「家族、友達…。」
「はい、エミはウイルスですから、家族なんていません。友達だって…。だから、私は愛を知りません。でも人間になって家族を手に入れたら、友を持てたら、私は愛だって温もりだってきっと感じることができると思うのです!」
エミはそこまで言うと、南波の手を離して彼に向き直った。
「ご主人に名前を願ったのも、人間になるためです。人間は数字の名前なんて持ってないですから。あとご主人と仲良くなりたかったのは、きっと…やっぱりなんでもないです!」
エミは両手で顔を覆って、真っ赤になった。南波は微かに口元に笑みを浮かべて、煙草に火をつけた。
「構やしねぇよ。それにしても人間になりたい、か。まぁ、何事にも夢を持つのも人間への一歩なんじゃねぇか?」
南波の煙混じりの声に、エミは顔を煌めかせた。
「はい、そうですね!エミはこれから夢をたくさん持って人間に近づいていきます!」
拳を高く掲げる少女に、南波はそっぽを向いた。
ウイルスが人間になるなど不可能だ。法はウイルスに義体を持たすなど言語道断だととっくに述べている。エミはそれを知っていて夢を追いかけるのか、それとも無知を露見し続けるのか。どちらにしろ、南波はこのウイルスあるまじき生命体を、どこか微笑ましく感じていた。それこそ、彼女の背を押してやりたいとも思った。
絆された。気づいたときにはもう遅い。ウイルス嫌いの潔癖症の心に入り込み、その扉をこじ開けていくその姿は、ある意味ウイルスらしいともいえる。南波は取り敢えず少女とこれから相棒ごっこを続けていくのも悪くないと思ったのだった。
「なぁジェシカ、こっちのチョコチップクッキーとバニラケーキ、どっちが美味そうやと思う?」
遊園地の土産物屋のなか、林とジェシカは商品を吟味していた。ジェシカはうっとうしそうにバディを見た。
「えー、私味とか分からないわー。」
「頼むって、ジェシカ。大阪の実家への土産やし。」
「はぁ、えっと、ネットの口コミだとバニラケーキのほうが人気よ。」
「りょーかい、おおきに。」
「ねぇ、恭介。」
バニラケーキを手に取る林に、ジェシカが呼びかけた。
「ご両親に、私達のこと言った?」
ほの暗い顔で見つめる彼女に、林も表情を曇らせた。
「まだや、絶対許してくれんもん。ウイルスと人間が付き合うてるなんて…。」
「そうなのね…。」
肩を落とすジェシカに、林はその頬を撫でた。
「大丈夫や、絶対お父んらを説得して二人で幸せになろな?」
「ええ!」
頬を赤らめるジェシカに林は微笑んだ。丁度そのときだった。
「人の道にも立てない怪物め。」
怒気を含んだ声音に、林達は振り返った。彼らから数歩先に、フードを被った黒ずくめの男が立っていた。男は隈に覆われた瞳を二人に向けた。
「な、なんやねん、お前?」
林は腰に装着したホログラムガンに手をかけた。ジェシカも臨戦態勢に入った。男は片手で頭を搔きむしった。
「あぁあぁ、憎らしい!憎らしいい!散々人殺しておいて何が幸せだよぉ、ウイルスのくせにぃ!」
男の台詞にジェシカは言葉を失った。林は恋人に向けられた悪意から、怒りで踏み出した。
「喧しいわ!この子は、お前の言う悪いウイルスとはちゃう!人なんか殺してへん、ただの女の子や!大体さっきから何やお前!」
林の問いに男は動きを止めて、胸元から何か取り出した。
「そ、それは!」
男が取り出したものは対義体用に改造されたハンドガンだった。動揺する林に、男は不敵な笑みを浮かべた。
「“あの方”からの命令だ。お前と南波俊之という男を始末しろとな!」
「始末ですって!?」
ジェシカが震えた声で叫ぶ。林は冷や汗を流し、ホログラムガンを引き抜いた。
「っざけんな!ジェシカは渡さへんぞ!?」
男は獲物を弄びながら、瞳はどこか虚空を見つめ、涎を垂らし始めた。
「はははは!お前達は知ってしまった!!“マダラ”を知ってしまった!だから消えないといけないんだ!」
「こんの!」
林はホログラムのトリガーに指をかけ、目標を定めた。男は気狂いの口調をやめると、即座に引き金を引き抜いた。
乾いた発砲音が鳴り響く。男の放った弾丸は真っすぐと、林の眉間に当たった。泣き叫ぶジェシカと騒然とする店内。林は力なく倒れ、床に丸い血だまりを作った。男はすかさず既にこと切れた林に数発打ち込んだ。コアが停止した義体が、反動で揺れる。
「恭介!!」
ジェシカが恋人の死体に縋った。
「ああ!そんな、恭介!いや、いやよ!なんで!?」
男はホログラムガンを林の手から抜いた。ジェシカは涙で顔をぐしゃぐしゃにして、彼を睨みつけた。
「許さない!!殺してやる!お前を殺す!!」
ホログラムでも必死に男に掴みかかろうとするジェシカに、彼は冷笑を浮かべた。
「ご立派な愛だな。でも、ここまでだ。」
男はホログラムガンの電源を探し当てて、それを切った。怒り狂うジェシカは一瞬で消え去ったのだった。
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