法律を変えた男
渡貫とゐち
正当防衛
人口が一極集中した大都市には、巨大なデパートが一棟だけ建っている。
町の全てを凝縮したようなショッピングモールであるため、全ての商品がここに集約され、買い物に困ることはない。困る者がいるとすれば、それは悪質なクレーマーくらいだろう。
以前は町に店が点在し、それぞれが競合していたが、しかしある時から全てが統合され、ひとつのデパートに集約された。
競合することなく手を取り合い、顧客を一店舗で独占している状態だ。店内のコーナーでこそ競合はあるものの、支店や別会社が、ひとつの町に複数の店舗を構えているわけではなかった。
ある日、ひとりのクレーマーが、悪意しかないクレームを入れた。
まるで自分のことを神様だと思っているような横暴な言い方で、店員たちを困らせていた。
商品を売る店員とそれを買う客は対等なはずなのだが……。
競合他社よりも「うちの商品を買ってほしい」あまり、サービス過剰にしたために、お客様は神様、という当たり前が定着してしまった。
本来なら買って『くれる』ではなく、売って『くれている』、なのだが……ツケ上がった客はそういう仕組みに気づかない。
だからいつも通りに悪質なクレームを入れてしまうのだ。
「――こっちは客だぞ!!」
「では、あなたのような客は迷惑ですので、あなたは今後、こちらのデパートには立ち入り禁止とさせていただきます……ご利用ありがとうございました。
ほら、出ていけ――貴様のような客は客とは呼ばない。クズは自給自足でもしているんだな」
店長の攻撃的な言葉にカッとなった男だが、数人の警備員に取り押さえられ、デパートの外に放り投げられていた。
彼は舌打ちをしながらデパートから離れ、別店舗で買い物をしようとして――気づく。
周辺には店がない。全ての店がデパートに集約してしまっているので…………つまり、彼は商品をなにひとつ買えなくなってしまった。
電車で移動し、別の都市のデパートにいけば買えるかもしれないが、デパート自体は同じ系列だ。ブラックリストに載ってしまえば、共有された情報から、他店舗でも出禁になっている可能性が高い……。
その男は、『売ってくれている』たったひとつの店に嫌われてしまったのだ。
こうなると川の水を飲み、生えている野草を食べなければ生きていけなくなる……、クレームなんて入れている場合ではなかった。
「……ざけんな。誰が頭なんか下げるかッッ!」
彼はプライドが高かった。
自分が悪かったなんて露ほども思っておらず、ゆえに謝ることは決してない。
相手が悪いの一辺倒で…………、クレーマーなんてこんなものだ。自分が絶対に正しいと思い込んでいる。しばらく痛い目を見なければ、きっと分からないのだろう。
数日が経ち、デパートにある被害が届いていた。
買い物客が、デパートの外で盗難に遭っていると言うのだ。
「…………なるほど、ようは出禁になったクズ……もとい、以前の客だった者が、商品を求めて奪っていると。……中にはお金を渡す者もいるが、それもせずに奪っていく窃盗犯もいて……これは大問題だな」
「店長、どうしますか」
「ふむ。政府に掛け合ってくれ……法律を限定的だが、変えてしまおう」
その後、デパートでは【80%オフ】のセールを開始した。その対象商品は――――
「(きたな……あのババアの荷物を奪えば今日の空腹も満たせる……)」
いつも通りに背後から忍び寄り、女性の手から商品が詰まった買い物袋を奪った男が走り去ろうとした時――――パァン、という音が響いて足がもつれた
男は派手に転び、商品袋を盛大にぶちまけてしまう。
赤黒い液体が、男を沈めていく……。
「なん、なに、が……」
「あなたが噂の犯人ね。まったく……出禁になったなら素直に頭を下げればいいものを……こうして奪うから痛い目に遭うのよ。もう遅いかしら?」
こぼれ落ちた商品を拾いながら。
四十代半ばの女性が、購入したばかりの拳銃をカバンに入れた。
「80%オフなんてお得よね」
「拳銃……? お、い……犯罪、だろ……」
「あなたが言うの? ……ああ、これなら、法律が変わったのよ。まあ、かなり限定的だけどねえ。デパートで買い物をした後、自宅に戻る一時間以内に、荷物を窃盗されそうになった場合にのみ発砲の許可が下りて、襲撃者を射殺しても罪には問われない――と。レシートが必須だから持ち帰らないといけないのよね……忘れそうになるわ。
それにしても、あなた、すごいわね。小さなものだけど国の法律を変えてしまうなんて……現代の革命家と言えるんじゃないかしら」
返り血を浴びた主婦が、瀕死の男を跨いで、帰路を進んでいく。
「こうなりたくなければデパート様に従った方がいいわよ? なにも、あっちは横暴なことをしているわけではないのだからねえ。
法に則り、商品を売ってくれて、お金を払った人に相応に優しくしてくれている……それで充分でしょう? それ以上のサービスを求めるなら、こっちが追加でお金を出さないとねえ……」
男は答えない。
既に、絶命しているか……。
「『お客様は神様』の時代は終わったのよ。神様なんていない。いたとするならお互いに神様じゃないかしら。対等の立場なら、対等に接する――普通のことじゃない?」
…了
法律を変えた男 渡貫とゐち @josho
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます