「敬具」

「こーへい!」


意識の奥から、僕を呼ぶ声が聞こえる。満点の星空みたいな、透き通った声。

君の声だ。

だが、君の声なのか、わからなかった。


僕たちが出会った青春時代の君なのか、再会を果たしたブロンドの君なのか。

光が君の顔に射し、よく見えない。

僕は目を細めた。


あと少し。

あと、ほんの少し。


瞬間、視界が暗転した。急にライトを消したような暗闇が僕を襲った。光の喪失に脳が揺らぎ、目がチカチカする。次に、全身から力が抜け、昇っていくような感覚がした。

いや、違う。


これはいる―――


悟って、君を探す。

だがどこを見渡しても、君はいない。


そして気づく。君はいなくなったのだと。


なら、僕も行かなくちゃ。


僕は大空で力尽きた一羽の鳥のように、ただ重力に身を任せた。


落ちていく。

落ちていく。





目覚めると、無機質なコンクリートが一番に目に入った。

監獄のそれは「最低限」を体現していて、デザイン性のかけらもそこにはなかった。

そして生活自体も担保されているのは「最低限」で、僕は顔を洗うこともできなかった。

やることもなく、仕方なしに見ていた夢のことを考える。


詩織が僕の名前を呼ぶ夢。

詩織と共に、死ぬことができた夢。


いや、夢というよりも、願望の方が近いのかもしれない。

またもや生き損なった僕の願望。


あの日、結局僕は詩織を殺すことができなかった。

僕が引き金を引く直前、警察が僕の肩を撃ち抜いたのだ。

そのまま僕は取り押さえられ、留置所に入れられた。

詩織も一緒に捕まったが、詩織による母親の殺人が露見することはなかった。

僕は殺人罪で起訴され、実刑判決を受けた。詩織がどうなったのかはわからない。どうやら教えることはできないらしかった。


みーんみーん、と刑務所の外で鳴く蝉の声が聞こえる。


いつか、詩織に蝉になりたいと言ったことがある。

僕は短い命の中で生きたいのだと、その哀愁を聲にのせたいのだと言った。

詩織はよくわからないと言って笑ったっけ。


「…会いたいなあ」


女々しい言葉が漏れ出た。同部屋の仲間たちはその言葉を無視したまま寝ていた。


すると、あるアイディアを思い付いた。


詩織に会いたいのであれば、一つ方法があるではないか。いつかの詩織が僕にしたみたいに。


僕は立ち上がり、監房の中に一つだけある机に向き合って、その上に無造作に置かれている鉛筆と紙を持った。


何を書こうか。

鉛筆を手の中で転がす。


鉄格子の取り付けられた窓の間から、夏の匂いが運ばれてくる。

その匂いは僕を刺激し、詩織との思い出を思い起こさせた。


二人で大きなものに抗おうと踠いた中学時代。互いを求め愛し合った日。

そして、再会のブロンドとピストル。

その時、思い付いて思わず笑みがこぼれた。


思えばこれしかないじゃないか。書くことなんて。


決まりきった動作のように鉛筆を走らせたあと、紙を持ち上げて窓の方にかざす。

風で紙がなびく。まるで踊っているみたいだ。



『拝啓 共犯者の君へ』



僕の拙い八字が、太陽の光で照らされた。

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『拝啓 共犯者の君へ』 kanimaru。 @arumaterus

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