第6話

 「本当に行くのか?ギア」

 「うん」

 石の地面に咲き、永遠に萎れも枯れもしない花の幽霊たちが園をなし大きな岩を取り囲んでいる。その岩に憩って長い髪の毛を花園に降ろして手櫛で梳いている少女の表情は セリフを忘れた女優みたいに澄ましてはいるがふいに吹き出しそうでもある。

 「ウミ」と小さな妖精ギアが雫のような声で話しかけると少女は手櫛を解いてこちらを見た。

 ラセツは花園に入っていってウミが座っている岩の憩い場にギアを下ろしてやった。

 「ウミ、僕もう行くよ」

 妖精とラセツの背後に川が一筋空を流れていて、その浮かぶ川に巻き付くようにエイが空泳している。そして、雫を散らしながら人魚のカウターが顔を出した。エイとカウターは川のせせらぎと同じ距離感でウミとギアとラセツの話を見守っている。

 「行かないでギア」

 のどが涙で湿ったような声でウミはギアを呼び止めた。ギアは優しく瞬きをして首を横に振る。

 「見てみたいんだよ。この世界をもっと」

 ラセツがウミの震える手をぎゅっと握った。

 空を横切る川から涙みたいに雫が落ちてきてエイがギアの前にするりと降りてきた。ギアはエイの背に乗ってウミとラセツから遠ざかっていく。ウミは岩から花園に飛び降りてラセツの手を引きながら走った。花の幽霊たちが少女の裸足に傷もなく踏まれていく。

 「ギア!」

 ウミの叫び声を背中に受けてもギアは振り返ることはしなかった。

 「良いの?ギア」とカウターが川から地面にさかさまに顔をたらす。

 「良いんだ。行ってくれ」

 ギアはそう言って唇を結んでエイの帆を優しくたたいた。エイは尻尾を漕ぎながら空を泳行していく。

 その時だった。追いかけてくるウミとラセツの足音が止んだ。それだけではない。世界からすべての物音が死んだのだ。まるで、痛みもなく耳を切り取られたみたいな瞬間だった。そして、聖なる息吹が死んだ世界をくすぐり始める。聴覚の粒が一粒一粒芽生えてきて、さざ波の幽霊がそよそよと世界の眠りを起こしていく。空から暖かい光がさしてきて、空間に隠れていた者たちを露わにした。ギアの周りを取り囲んでいるのは無数の宝石たちだった。ルビー、ダイヤモンド、トパーズ、サファイア、エメラルド、、、それらの彩りたちは日の光に煌めいてまるで星空が昼の大地に落ちてきたみたいだった。


 天音が止むと、日の光も弱まって宝石型のカラーパたちがクロゴみたいに隠れてしまった。

 「ギア!いかないで!ずっとそばにいてよ!」

 ウミの涙で湿った呼び止めが油断したギアの心を殴打した。ギアはとうとう後ろを振り返り叫んだ!

 「ウミ!止まるんだ!」

 ウミが走りだそうとしたのをラセツが抱き止め、ゆっくりと話をするための時間が産まれた。

 「ラセツ、ありがとう。ウミと一緒に幸せになってね。」

 ラセツがウミをギュッとしてウミがそれに手を添えた。彼女は鼻から零れる涙をずるずると吸い上げた。一瞬、彼女の瞳が怪しく光る。

 「ウミ!」

 ギアはぼろぼろの羽ばたきを強めた。ウミは目を円くする。

 「この嘘つき!」

 ウミの瞳から逃げるように海色が引き上げていった。そして、ウミはいつもの黒目を丸くした。ウミはギアの言葉を受け止めて頬を膨らませて見せた。ギアは喉に涙が込み上げてくるのを必死でつぐんだ。おかげで涙はギアの蕾みたいな瞳からぽろぽろと零れだしてしまう。ウミは膨らませた頬を破って「プッ」とほほ笑んだ。

 「またねギア」とウミは涙をぬぐい手を振った。ギアは手を振り返して隣のラセツに怒鳴った。

 「ラセツ!お幸せに!」

 ウミとラセツは互いに手を取り見つめあう。絵本を閉じるときみたいな寂しさでギアは二人に背を向けた。


 「よし行くぞ」と言ってギアはエイの背を小さく叩いた。

 「おーい待ってよお」と人魚のカウターが空を流れる川を泳ぎながらギアたちを追い越していく。

 ギアは涙を拭って小さくつぶやいた。

 「ありがとう。ウミ。君のことが大好きだ。」

 ギアとエイは川沿いにカウターの尾びれを追って浮遊する山へと向かっていった。



 終

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デウスエクスマキナ @sainotsuno

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