道徳の教科書を燃やせ

高黄森哉

道徳の教科書を燃やせ



「次のニュースです」


 司会の男は、テレビの中で、きちっとした格好で自信満々に、発話する。


「若者のテレビ離れが加速」


 私は三十代で、もう若者とは言えないが、こういうのを見せられると正直うんざりする。伝聞、電報、新聞、ラジオ、テレビ、スマホ、と情報伝達手段は効率的な物へと変遷してきた。その変化の一部でしかないテレビが、変化を嫌い、その流れからしがみつこうともがくのは、純文学ににている。ただの一ジャンルでしかない私文学などが、ずっと幅を利かせるのは、文学の成長を阻害していると、国語教師の立場から考える。そもそも、日本文学の始祖は、伝記か戦記、日記、そして空想小説の類ではないか。翻訳小説の流れをくむ現代文学ならば、イギリスのガリバー旅行記かロビンソン・クルーソーが先祖にあたり、皮肉としてのナンセンス文学か冒険譚がこれにあたる。


「いやあ、これは大変です。情報検索能力が衰えてしまいます。なぜならば、知りたい情報以外が入ってきませんからねえ」


 という老人の皮肉家は、スマートフォンを使いこなしていないに違いない。ちょっと SNS タイムラインを開けば、見たくも聞きたくもない論争が繰り広げられている。おもうに非難するなら、こういう老人を取り上げればいいのだ。それをしないのは、ニュース番組だって骨まで削げば、同じ穴の貉であるからだろう。


「簡便化する世の中も考え物ですね。さて、次のニュースです」


 と簡単便利の王様だったテレビの、男が結論付けた。だから、この世から不合理がなくならないんだ。無駄な労働を美徳とするこの国の価値観はどこから来たのだろう。


「どうしたんだい。テレビなんか見上げて」


 向かいの席の知り合いは尋ねた。

 ラーメン屋の四角いテレビは、首を吊ったみたいな角度で、天井近くからつるされていた。奥行きのある昔懐かしの機種だ。


「いいや、ただ、最近、生徒たちが言うことを聞かないんだ」

「反抗期だねえ」

「十年位前、俺が赴任した時も、そうだった。だがしかし、最近のは知恵がある分、厄介だ。なんたって、正義を盾にしてくるんだ。だから、否定もしにくい。賢くなってはいないが、小賢しくなったな」

「進化だ。まさに人間の進化だ。人間は並列して、思想の進化も行っている。教育だってそうだよ。間違った教育、例えば詰め込み教育やゆとり教育などは淘汰され、新しいのを試し、また途絶えるを繰り返す。そして、より良い考えを見出し、次につなげるのだ」


 レンゲでずっとラーメンのスープをすすっている。いつも飲み干すので、いつか生活習慣病で死に至るだろう。病人みたいにやせているのも、初期症状だと思う。言っても聞かないので、その悪習の矯正は諦めている。


「そうかもしれないが、しかし、なぜ子供が精神的非行に走る。もし、そうならば、みんな優しくなっていなければならないだろう。だって、道徳の教科書だって進化しているんだから」


 俺は小学校教員なのだ。偏見がひどく、昔の同胞から、ロリコンだの茶化されたりするものの、己自身は、次世代の子供を育てるという大義に沿って行動しているつもりだ。


「そこが落とし穴なのだ」

「どういう意味だ」

「道徳の教科書だけは不完全でなければならなかった。なぜならば、正義とは多義的であり、一つではないからだ。道徳の教科書の洗練は、一つの思想への偏りを示している。今の子供たちは道徳的な偏食だ。それも大人に強制的にさせられている。まるで、給食にラーメンのスープが出され、飲み干すのを強要されるようなものだ」


 彼は、レンゲを動かしながら力説する。彼がいうと物凄い説得力に思えるが、なんの根拠もない説得力だ。


「どうすればいい」


 俺は子供たちのためならばなんだってやるつもりだ。


「道徳の教科書を燃やせ」

「なんだって」

「聞こえなかったのか。道徳の教科書を燃やせ。もう手遅れかもな。この国の歪さは、それによる洗脳の悪影響だ。どうして、成功者の脚を引っ張るかわかるか」


 そういうデータがある。その研究を踏まえての発言だろう。本当にその研究結果が正しいのかは知らないが、身の回りを見ると、そういう事例は多い。特にネット社会には。


「道徳の教科書といいたいんだな」

「そうだ。俺の世代の教科書を覚えているか。狐が出てくる。そいつは、お菓子をちょろまかす。そのお菓子は、仏壇に供えてあるものなんだ。すると、その狐は腹を下してしまう。消費期限が切れていたんだ」

「どこに問題がある」

「消費期限が切れていない可能性が、現実世界にはあるということだ」


 彼の大きなぎょろめが、もっと大きくなった。眼窩ほど開眼している。やせているから、骸骨染みている。


「なるほど、それで、ズルってのがうまくやれば問題ない、と思える道徳はいけない、ということか」

「真逆だな」


 思いもよらない彼の答えに、ラーメンを取りこぼすところであった。


「うまくやれば問題ないことを、問題だと言い張るのは偽善なんだよ。それも悪質な偽善だ。害しかない。この場合、仮にちょろまかしたところで誰も損していない。遺族は、むしろ死者が食ったと喜ぶかもしれねえぜ。怒ったところで、本質的には損してない。もし、損が発生するならば、そのお菓子が腐っていた場合だ。可哀そうに」


 もし損するならば、見えないズルをしたものに、罰があたるときなのだと。プラスだったものが、プラマイゼロか、マイナスになる。


「でも、それは自業自得じゃないか」

「それが問題だ。自業自得とは不自然なシステムなんだよ。なぜなら、自然界にそんな仕組みはないからだ。だから、道徳で期待されることは現実には起こらない。でも、人々はすっきりしないんだ。だって、ズルした人は、その分、マイナスがあってしかるべきなんだと。すると、人々はお菓子に毒を混ぜる」

「道徳がこの世の偽善的な正義感を生み出しているのか」


 俺は、ショックだった。信じてきた道徳、子供に教えてきた因果応報が、実は毒だったなんて。しかし、美徳とは往々にして毒である。それは、戦時中戦死が誉だとされたのと同質なのだから。もちろん言いつけや規則を守ることは大切。しかし、いうまでもなく、我々は規則の奴隷ではないのである。


「ズルってのがみそでね。いろいろ解釈できる。例えば、楽して稼ぐこととかな。ただ、楽して稼ぐことはいいことだ。わかりやすく説明すれば、骨を折って人を一人救うよりも、眠りながら百人救出するほうがえらい。いくら、後者が格好悪くてもだ」


 この国ではなぜか、一生懸命やるだけで、仕事をした感を醸すことが、許されている。実際には、小さな成果でも。


「じゃあ、」

「そうだ。起業家や革命家が道徳的の罰の対象とされるのはこのためだ」


 思い当たる節が多すぎて言葉を失う。


「このままいけば、大変なことになるだろう。今に見てろ、この国は道徳で沈没することになる。燃やせ、道徳の教科書を燃やせ」



 〇




「次のニュースです。下水道管、ストライキにより破壊。下水道管の作業員たちが、給料が不当に低いことを理由に、施設を破壊しました」


 つなぎの作業員たちがスパナを掲げている。

 彼らはまるで彼らがいなければ、生活が成り立たないと言いたげだ。しかし、真に必要なのは彼らではなくインフラである。なぜなら彼らには替えがあるのだ。一億人もいていないなんて嘘である。それは、思い上がりだ。

 証拠にこうやって、施設を破壊しているではないか。施設が大切だと、だれよりも理解している証拠だ。


「次のニュースです。有名動画配信者、不健全淫行により、誹謗中傷を受け自殺」


 顔は真面目でも、嬉々として報告しているように聞こえる。

 個人的なことで、犯罪でないことを、どうしてこうも大々的に報道するのだろう。第一、殺人ですら、家族内なら、個人的な問題であることが多い。報道に値しない情報を垂れ流すのは、報道魂などではなく、たんなるゴシップであることを理解した方がよい。

 不健全なのは、この報道である。 


「次のニュースです。宝くじが当たった少女、学校に寄付」


 果たしてどれだけ彼女の意志だろうか。

 まるで報道の裏側に、少女の利益を公平に分配することを善良とする、汚い意志が透けて見えて仕方なかった。それが道徳なのだと。洗脳は見えない刀で、脳幹まで刃を入れる。

 どこまでが同調圧力で、どこまでが自由意志だ。


「次のニュースです。道徳の教科書を燃やした教師、逮捕」




 〇



 久しぶりに学校へ通勤するとき、私は、暗澹たる気持ちだった。生徒たちにどんな目で見られるかたまったものではない。残念なことに、我が同胞は少なかったのだ。私たちの理論は狂人とみなされた。罪には問われなかったものの、担任から副担任へと降格され、ただでさえわりに合わない給料が、また減った。

 暗い気持ちになるのはそれだけではない。教科書を燃やして以来、学校では、戦争が起きていた。それは、自分のシンパである四組を中心とする革新派と、伝統と道徳を重んじる保守派による、大戦争だ。


「おかえりなさい。我々は、師の帰還を待っておりました。今、我々の学校、および全国の学生は汚れております。思想による汚れです」


 なんだか、小学生なのに、ずいぶん大人びて見えた。彼女は、黒いヘルメットをかぶり、メットには、バツ印がある。また、コンパスを持っている。


「あ、売国奴の先公だ」

「みつけたぞ。かかれ」


 それは、保守派のゲリラ部隊である。ベトナム戦争のように、顔に迷彩を塗っている。


「行って」


 少女は叫んだ。彼女が、二人の男子生徒とぶつかるとき、目玉にコンパスを突き立てる。いてえよ、と倒れ込む。そして、見えない、見えない、と絶叫がコダマるする。そして、少女の喉元は、巨大な三角定規の一閃によって、切り裂かれていた。どくどくと鮮血が滴る。いかねば、そして、、、、私はそう思った。

 階段を上る。ブービートラップの階段だ。階段には、ピアノ線や、目の高さに振り下ろされる尖らした鉛筆の振り子、ハンマー落とし、が張り巡らされている。踊り場には鉄条網があった。


「見つけだぞ。かかれ」


 階段上から、沢山の文房具が降ってくる。咄嗟に目を守る。シャーペンが唇に突き刺さって、屹立した。抜くとき、ぽきっと先端が折れて、内部に残ってしまう。これは第一陣で、次はもっとたくさんの兵士。子供たちが持つもの、それは、図工室から持ってきたドリルやのこぎり、家庭科室から、待ち針やハリ、裁ちばさみを分解したもの、調理室より、包丁、バーナー、理科室より、塩酸、硫酸。

 その時、彼らの裏から、四組の生徒が現れて、次々と彼らの首をカッターナイフで描き切っていった。たちまち、血が溢れ、階段は血液の滝と化した。異様にサラサラな深紅の液体は、段々の端で宙に浮かぶとき、いくらのような粒粒に分解される。だから、まるで大量の赤いビーズが、十三階段を転がっているようだ。それと切り離された目玉や金玉なども転がってくる。


「生きてる奴はこうして捕虜にすると、大人しくなるんです」


 どんどん階段を上がり次は屋上だ。屋上でもチャンバラは繰り広げられている。もっとエグイ武器だ。保守派のアイスピックの先端には、倒した敵のめんたまがついている。対する、革新派は左手にはさみを持っていて男性器をネックレスにしている。その二人がまず中央で、死闘を繰り広げている。保守派は右足がなくケンケンで、革新派は右腕がなく、飛び出た骨をも武器にしている。

 また、こんなやつもいる。袋の中の液体をぶっかけて回る。それはよくよくみれば胃袋なのだ。胃酸は強力で、子供たちが溶解する。クラスで一番美人なあの子の顔面も今でははんぺんだ。

 その模様を停めるでもなく、ヘリが旋回している。報道だ。俺は、メガホンをとって、彼らに語り掛けた。


「子供たちが犠牲になる必要はないんだ。大人たちが変えればいい。俺たちが、変えるんだ」


 そして、叫ぶ。


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道徳の教科書を燃やせ 高黄森哉 @kamikawa2001

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