羊質虎皮
三鹿ショート
羊質虎皮
本来ならば、私はこのような学校に在籍することはなかった。
授業中であるにも関わらず雑談に興じ、堂々と飲酒と喫煙を行い、校内の何処かでは必ず喧嘩が繰り広げられ、塵が至る所に放置され、窓硝子は割れたままであるというこの学校は、最低な環境だといっても過言ではない。
当然ながら、学力も低く、名前を書けば合格することができるような場所だった。
一方、私の学力といえば、平均よりも良いものであるために、それなりの学校へと行くことができる。
それでも、私がこの学校に進んだのは、彼女のことが心配だったからだ。
彼女は、すれ違った人間が必ず振り返るような佳人であり、声をかけられた異性は漏れなくだらしのない笑みを浮かべる。
だが、彼女の学力は底辺にも等しく、それと同時に、優しくされれば警戒することなく相手についていってしまうために、私や彼女の家族は、彼女から目を離すことができなかった。
ゆえに、彼女の肉体を目当てに近付く人間で溢れているであろうこのような学校において、彼女を一人にしておくわけにはいかなかったのである。
彼女は私と共に同じ学校に通うことが出来るということを喜んでいたが、私は気が気でなかった。
果たして、卒業するまで彼女のことを守り続けることができるのだろうか。
そのような不安を抱きながら、私は今日もまた、彼女と共に行動している。
***
予想していた通りだというべきか、彼女に近付こうとする人間は、跡を絶たなかった。
彼女に接触しようとする人間の気配を感じ取っては、彼女の手を引いてその場から去るということを繰り返していたのだが、他者が私の存在を疎ましく思うことも、時間の問題である。
だからこそ、私は味方を作ることにした。
その相手は、女子生徒の中でも力を持っている人間である。
暴力的な存在ではなく、権力者の身内であるために、厄介な相手に絡まれることも無いだろうと考え、私はその女子生徒に頭を下げた。
私が事情を説明すると、女子生徒は人差し指を立てながら、
「一つ、条件があります」
「何でしょうか」
相手はそのまま人差し指の先を私に向けると、
「あなたが私の恋人と化すということです。それを受け入れれば、彼女のことを守りましょう」
そのような条件を突きつけられるとは考えていなかったために、私は驚きを隠すことができなかった。
しかし、私が恋人と化すことで彼女が守られるのならばと、その条件を受け入れることにした。
***
私の恋人であるその女子生徒は、約束した通り、仲間と共に彼女のことを守ってくれるようになった。
同性であるゆえに、私の目が届かない場所でも力を借りることが出来るために、私は感謝の意味も込めて、恋人に尽くすことにした。
犬のような扱いを受け、常に嘲笑されるようなことになったとしても、彼女のためならばと、私は我慢し続けたのである。
だが、その日は突然、やってきた。
「恋人のためにも、私と過ごす時間を減らした方が良いのではないでしょうか」
彼女は私の部屋の寝台に腰を下ろしながら、そのような言葉を吐いてきた。
私が彼女のために人間らしからぬ扱いを受けていることなど知らず、ただ恋人が出来ただけだと思っているゆえの言葉なのだろう。
確かに、今や私よりも私の恋人やその仲間たちと過ごす時間が増えたために、私の役割はほとんど無くなっていた。
それを思えば、恋人との時間を優先するべきなのだろう。
しかし、いくら感謝しているとはいえ、恋人と過ごす時間を愉しんでいるわけではない。
人間以下の扱いを受ける時間を少しでも減らすことができるのならばそうしたいところなのだが、彼女の善意を無下にするわけにもいかなかった。
ゆえに、私は彼女に対して、首肯を返してしまったのである。
***
今では、恋人から彼女の近況を聞くようになっていた。
話を聞く限り、問題は生じていないようである。
それならば、私が身体を張っている甲斐もあるというものだ。
下着姿で首輪を填められているという屈辱の中でも、私は口元を緩めた。
***
奇妙なことに、ある日を境に、恋人は私に何かしらの要求をすることがなくなった。
何故かと問うたところ、その必要がなくなったと答えるだけだった。
だが、彼女を守るという行為を停止していなかったために、私は深く考えることはなかった。
それが間違っていたと気が付いたときには、何もかもが遅かったのである。
***
最近、彼女の元気が無くなったことが気になったために、恋人に訊ねたところ、
「あれほどの阿呆でも、気に病むものなのですね」
その言葉と共に、恋人はとある映像を私に見せてきた。
それは、恋人の自宅で働いている使用人たちの憂さ晴らしの相手と化している、彼女の姿だった。
目を見開く私に、恋人は笑みを浮かべた。
「阿呆でも、良い人間であることに間違いはありません。何故なら、あなたに対する私の行為を知ると、自分が身代わりになると言ってきたのですから」
その笑みは、善意の欠片も無い、邪悪に染まったものだった。
私は、頼る人間を間違ってしまったのだ。
そもそも、私に対する仕打ちを思えば、恋人が真面な人間ではないということは分かっていたはずである。
そのような人間とは、縁を切るべきだったのだ。
しかし、彼女のことを守ってくれているという思い込みから、私が行動することはなかった。
それならば、全ての原因は、私に存在するということなのである。
同時に、何をしたところで、彼女が大きな傷を負ってしまったことを、無かったことにすることはできない。
守ろうとしていたはずが、傷つけてしまったのである。
あまりの衝撃に、私は気を失った。
羊質虎皮 三鹿ショート @mijikashort
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