第3話 死人使い(後編)
「えっ?」
避難誘導しながら神威の目はリリスに釘付けとなる。誰もが目を奪われていく、完璧で究極のわがままボディ。男にとって理想なロリ巨乳にデザインされた体が、粒子となって消えた。
「魔法?」
神威がそう思うのも無理はない。人が姿を変えるならまだ理解できる。しかしキラキラと光り輝く粒子になるなんて、人の理を越えていた。
「魔術だね。この世界でも、御門家に連なる者。龍の一族は魔と関わりが深いのさ」
「君は一体何者なんだ?」
「それはおいおいと。手伝うよ、みんなの避難。俺は赤星進太郎。よろしく神威宗一郎」
「何故僕の名を」
「いいからいいから。リリスを見ていたい気持ちわかるけど、お仕事お仕事」
羅我の体を護るためグルグルと螺旋を描く粒子がヘソの下、チャクラでいう丹田に集まり硬質化する。
ルシファードライバー。重なる骸骨の掌がそこにあった。
「力を貸せ荒神王ッッ!」
ドライバーの上で腕を交差する。
――ギチギチギチ。開かれた掌から真紅の光球が輝き、羅我の肉体に纏うは、漆黒の鎧。カブト虫やクワガタを連想させる外皮骨格装甲。一対の長い角が額から生えるフルフェイスの頭部は、まるで鬼の様だ。
「コードネーム 【アラガミオン】またの名を【狂月】。日本秘密機関・零(ゼロ)に所属する超人の一人だぜ」
「よろしいですね魔王様、ご友人と戦っても」
「見せてもらうよ、羅我。君のからくりの力を」
――キンッ!
どちらから仕掛けたか。不浄の血で穢れた大地に鐘が鳴る。からくり怪人カマキリの鎌と、ルシファーの手首に生えた刃がぶつかり合った。
硬度は互角。当然だ。羅我と龍人は本家御門と分家霧島の垣根を越えて、幼い頃より勉学と体術に励んできた。その中で二人が興味を示したのが、失われた西の大陸の遺産。からくり儀術。
羅我達はそれを学び造りあげたのだ。暁と名づけた数体の人造人間を。
からくり怪人と暁シリーズ。死者と憑くも神。中身が違えど器は同じモノなのだ。
「どうしちまった龍人。弱き者を救いたいと、お前はからくりを学んだんだろ!」
「救ってるさ。殺された死者に力を与える事でね。これは弱き者達の復讐だよ。そして次期当主、君の為でもあるんだ」
「俺?」
「よそ見禁物ですわ。ご友人」
鎌が胸部を切り裂く。バチバチと火花を散らし舐める大地は苦い。
顔をあげると龍人の表情が歪んでいた。
「何故だ何故そんな顔で俺を見る!」
その琥珀色の瞳から浮かぶは、嘆き憐れみ悲しみ。
龍人が泣いてるようにしか見えない。
「ふざけんなッ!」
追撃する左鎌を右の肘で挟み肩に固定しひねる。ポキリとソレは根元から折れた。テコの原理を利用したのだ。
「くうっ」
まさか折られるとは想像すらしなかったのだろう。怪人は呻き声をあげ、仕切りなおすため一旦後方へ下がった。
龍人に造られた我らこそ最強。羅我が造りだしたからくりなど最弱と甘く見ていた。そのツケが今、まわりだす。
「忘れもんだぜ! 受け取りやがれッ!」
折った左鎌を蹴り飛ばす。
「ぐふぅっっ」
胸部の中心へ弾丸となり突き刺さり、三日月の刃先が体内に秘められた勾玉まで届く。
「ま、魔王さま……復讐できて嬉しかっ……」
からくりにとって勾玉こそが命。その中に魂がこめられている。からくり儀術師の羅我ゆえに弱点を把握。正確に狙えたのだ。
「へへっ。次はお前をボコ……る」
軽傷だ。そこまで酷いダメージを受けてない。なのに何故だ。激しい息切れと目眩。世界がグルグルと回転し立っていられない。
「――だ、だんな――さ」
リリスの声が心臓の鼓動で聞こえなかった。一体羅我の身に何が起きたのか。
「リリスよ。変身を解くぞ」
壊れた怪人に見向きもせず、龍人は羅我の元へ駆けつける。やはりその瞳から敵意を感じられない。
「強制解除だ」
龍人の痩せ細った手が、ルシファードライバーに触れた。
マスター以外外せない魔装甲が外れ、リリスは元の姿へ戻っていく。
「旦那様!」
「……リリス」
動かぬ体に羅我は怯え救いを求め、リリスはそれを受け入れ胸で抱く。
「龍人よ。我が主に何があったのじゃ」
敵として戦った相手に頼るしかない。それ程の異常が起こっている。
「もう変身をやめろ羅我。肉体が持たない」
何度もリリスを纏った。異変なんて今日初めてだ。なのに何故幼なじみは泣いているのか。
「前世からの呪いだ。蛇神イザナミのな。君は、いや僕たち龍の一族は、かつて彼女を虚無世界黄泉へ封じ込めた。その封印が弱りつつあるんだ」
「ふう……いん」
羅我の中に流れる龍の血が教えてくれる。神話の時代、別宇宙から侵略に来た蛇神と戦った事を。
*
目に飛び込んでくる映像は前世の記憶だ。
アラガミ歴一億五千年の高天原。ムーと呼ばれた太平洋の中心に存在した大陸。そこで羅我は戦ったのだ。ムーの帝、荒神王スサノオの名を継いで。
スサノオは機械の魔神、鬼神スサノオンを操縦していた。複座式で後ろには相棒のオリジナル・リリスが座る。
アトランティスから流れついたマッドサイエンティスト。狂気の科学者キリシマが鬼神とリリスを創り出したのだ。
「チッ! 黄泉津獣共、倒しても倒してもキリがねぇ!」
スサノオが毒を吐くのもわかる。全天周囲モニターに映るは、大陸全土を埋め尽くす悪意。
創造神が創りだした、このイザナギ宇宙に存在する命全てが嫌悪し、拒絶するありとあらゆるモノ。それが融合した獣の軍団は大地を呪いで覆い尽くす。
「主よ。奴らは仲間達に任せるのじゃ」
「そうだよお兄ちゃん」
少女の声がコクピットルームに響く。白色の機体が近づいてくる。巨大で異形なる腕を持つスサノオンの兄妹機、鬼神ツクヨミであった。
パイロットはスサノオの二人の妹ミアとキリン。色白のミアはツインテール。褐色のキリンはポニーテールがトレードマーク。
彼女たちは双子。同じ顔だが活発で表情豊かなミア。もの静かで恥ずかしがり屋のキリンと正反対の性格をしていた。
お兄ちゃんと呼んだのは、ミアの方だ。
「お兄にはミアとあたしいるよ」
「わたしもぉいるわよぉぉ」
女性の声が機体頭上から聞こえた。
「うげぇ」
リリスが嫌そうに声をもらす。
「ガガガガッ合身だガガガガッ合身だ。愛。勇気。希望。それは三神合身スサノオン(スサノオーン)」
「なんだこの歌は?」
「えっへん。お姉ちゃんの新曲よ。ラガちゃん」
太陽を背に舞い降りるは紅い翼を羽ばたかせ、美しい少女の顔を持つ三体目の鬼神アマテラス。パイロットはスサノオの姉でありリリスの母である、ムーの巫女(姫御子)イヨリ。
「母様、何しに来たのじゃ」
「だってだってリリスちゃんが心配なんだもん。そんな冷たいこと言わないでぇ。ママ泣いちゃうから。えーんえーん」
「うざっ」
「また始まったか。頼むわリリス」
スサノオは頭を抱える。姉のご機嫌次第で戦況は変わってしまう。
「うざっ様。じゃなくて母様、格好いい歌じゃ。儂カアサマダイスキ」
「もぅリリスちゃんったら、恥ずかしがりやさんなんだからぁ」
――ジャコン。コクピットルーム天井からレバーが飛び出す。ロックは解除され、これで全ての準備は整った。
「お前らの命ッ! 俺様が預かるッ! 鬼神合体。三・神・合・身・スサノオンッッ!!」
三つの鬼神が一つになって具現化したのは、機械で出来た対神人型兵器。頭部と翼がアマテラス。コアがスサノオ。脚がツクヨミで構成された巨大ロボ。
やってきた地球を汚す侵略者。正義の為若い命を燃やす龍の戦士たち。
今戦いの幕はきって落とされた。
*
「……思い出した。前世で俺はイザナミを虚無世界へ封印したんだ」
「そうだ。蛇神は強く倒せない。僕達は封印する事しかできなかったのだ」
――これで終わりだぁあああああッッ! 超必殺アマ・テラスッッッッ!!!
――ぎゃあああああああああ! 呪われなさい。イザナギの子供達よ。これが始まりよ。過去現代未来。ありとあらゆる並行世界に死の呪いを。
「本家と血の濃い一族が短命なのは呪いのせいか。お前もそうなんだな、龍人」
「あぁ。見ての通りさ」
痩けた頬。窪む目。少し力を込めれば折れてしまうと思わせる細い手足。龍人も蝕まれていた。
「からくり儀術を学んだのも、呪われた器(肉体)から魂を取り出し違う器に移せばいいと考えたからだ。まだ完成には至らないがね」
「人体実験。それが今回の事件を起こした理由かよ」
それでも引っかかる事が羅我にはあった。
地脈。地の龍を封じる要石。何故それを不浄な血で汚すのか。
捧げられた贄により地龍が動けば、次元を巻き込む地震。次元震が起きるかも知れないのに。
「……み、見つけた。こんな所にもいたのね。イザナギの子供達」
そう言って破壊したカマキリ怪人が、ゆっくり立ち上がっていく。
「最悪だぜ」
地震も次元震も来なかったが、超悪が待っていた。虚無世界へ繋がる次元の扉。地獄門。その隙間からイザナミの残滓が漏れ、からくりに取り憑いたのだ。
「龍人、意味わからねぇよ。お前何やってんだ! 行くぞリリス、変身するぞ」
肩を貸してるリリスは激しく拒絶する。
「嫌じゃ! 変身すれば旦那様の体に負担がかかる!」
「やっと会えたなイザナミの残滓。貴様を捉え親友の呪いを解く」
「龍人……お前、俺の為なのか。へへっなら尚更、親友一人にやらせねぇよ。俺とお前、二人で最強。だろ?」
「いいね。そのセリフ。グッと来たよ」
二人の会話に割り込み、進太郎が笑顔を浮かべ歩いてくる。
「赤星くん、危険だから下がるんだ。あとは超人に任せて」
民間人の避難完了した神居がそこへ合流する。
「うん。超人ならいるさ。ここにもね」
進太郎は人差し指と親指を伸ばし、イザナミの器となった怪人に向けた。
「ばぁぁんっ」
「ひでぇぶぁぁ!」
奇声を発しからくりはバラバラに砕けた。
「赤星、貴重なサンプルを!」
「彼女はしぶとい。これくらい破壊しとかなきゃ駄目さ。充分データは取れるよ。君はイザナギの化身なのだから」
「協力感謝する。これで呪われた我ら龍の一族を救ってみせる」
「アンタも超人なのか」
羅我は進太郎を何故か懐かしいと感じていた。それは前世かそれとも別世界の記憶なのか。
「この世界線でも人々は進化の道を選んだ。時は流れ時代も変わる。そして狂月も。また会おう荒神王」
*
真夜中の丑三つ時。かつて神之島町と呼ばれていた神嶋市。人通りの無い繁華街の裏道で背の高い中年の男が歩いている。
オーダーメイドの高級なスーツを身に纏い、すれ違う女性達全てが妊娠してしまうほどに、下品な笑みを浮かべ歩いていた。
男はかつて超絶美少年だった。その端正な面影は未だ残っているが、年を重ねる程に精悍さが増していく。
男の名前は、御門明と云った。
月明かりの中、明の前で半裸の女性が泣いている。
乱暴されたのか。着ていた服は破け泥で汚れ涙で濡れていた。
「ぐへへっ。そこの綺麗なお嬢さん、そんな格好だと風邪引いちまうぜ」
鼻息荒く明は少し癖のある前髪を整え上着をかけた。
みょーん。二重の長いバサバサ睫毛の眼がズームインするのは、二つの膨らみの先端。
「くっ! サクランボが見えねぇ。もう少しでこう美味しそうなピンク色が」
ポタッ。明の足元に粘着性のある液体が落ちた。
「おろっ?」
間抜けな表情で顔をあげると、女の顔面が上下に裂け鋭い牙を見せていた。
「虫歯は無いぜ。お嬢さん」
「ひひひひ。人間(ノーマル)が痩せ我慢ををを私の餌となれぇぇい」
――斬。
「餌になるのはうぬじゃ。人に仇をなす怪人(ヴィラン)よ」
月光を反射させ自らの背丈よりも大きい悪魔の翼が、怪人の顎から上を切断する。
明の隣に降りたつは、からくり人形故に全く年を取っていない暁リリスであった。
「超人(ニュータント)か」
切断した頭部は餌をおびき寄せる擬態。顎の中から目玉が見えた。
「へへっ。この街を泣かす奴は俺が許さないぜ」
「俺達じゃろ。明」
「だな。行くぜ母ちゃん」
「イエス。マイロードじゃ」
「魔装ッッ・ルシファー!」
炎を纏い現れたのは正義のヒーロー。
「俺(儂)は魔装探偵狂月。またの名をアラガミオンだ」
【昭和編終】
魔装探偵 キサガキ @kisagaki
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