第78話~無敵チートの無駄使い~
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<バーン!>
‥‥痛ててて。攻め過ぎちゃったな。
綺麗に一本背負いを決められ、畳に叩きつけられた私だった。立ち上がった柔道着姿の私はすぐに構えを取る。すぐに梶原が攻め込んできた。袖を取りに来る梶原の手を捌きながら、私は攻めに転じる隙を探した。
‥‥この無敵チートも、魔法も意味を成さないのが楽しいんだよ。
花園大学の柔道場で梶原と乱取り中の私だった。
‥‥やってみるかな。
私は踏み込みを極わずか甘くして梶原に隙を見せる。
‥‥乗ってくれたね。
予想してた方向から脚を刈に梶原が来たので、体位を入替て空振りをさせた私だ。それと同時に梶原の懐に入り、身体を反転させ袖を私は引いた。
<ドーン!>
立ち上がった梶原が私に話しかけて来た。
「見えるが故の罠だったのか。もう、使い熟すとか彩美ちゃんは凄いな」
「メネシスで剣技をメイレーン達に教える時に、ステップアップの一つにならないかと練習してたよ」
「なるほどね。剣儀だと無敵チートが発動しちゃうから、あえて隙を作らないと相手が攻め入る隙がなく練習にならない。かと言って見え見えの隙でも練習にならないから、見えるが故の罠程度の隙が必要なのか。やっぱし実戦に繋がる世界は凄いな‥‥さて、今日はここまでにしようか」
休息ベンチに行くと観戦していたシュヴェがいた。
「私もやってみたいですが、実体はあっても体重が無いに等しいので難しそうですね」
魔力で実体化しているシュヴェは物理的に存在はあっても、肉体は魔力の塊なので体重は無いに等しい。
「結果がどうなるかわかりませんが、次回はやってみましょう」
梶原の応えにシュヴェが笑顔になった。
「よろしくお願いいたします。楽しみです!」
<ゼーハーゼーハー‥‥>
部長との乱取りを終えた七海と美香も休息ベンチにやってきた。
「ねーさん、凄いんだよ。部長から一本を取ったんだよ」
「前回と七海さんの動きが大きく違って驚いた」
部長も休息ベンチにやって来て、七海を称えた。
「彩美に何十回も石畳に叩きつけられたからな」
私の予想外だったけど七海は柔道に興味を持ち、メネシスでも部屋のテラスで乱取りを求めてきた。
‥‥回復魔法を七海が使えなきゃ、危険過ぎる練習環境だけどね。
何回も受け身に失敗して、強度の打撲や骨折を味わっても七海は練習を続けた。
「彩美さんと練習を繰り返していたならわかるな。見えるが故の罠も何回か見抜かれたしな」
七海の怠らない鍛錬を部長が労った。
梶原から勧めれ部長も私の物語を読み何かを感じた。そして、美香の紡ぐ物語を読み全てを知っている。
「ちょっと次はいつガイアに帰って来れるかわからないので、今回は連日になる場合もあるかと思いますが、よろしくお願いをいたします」
「おう!連絡なしに時間がある時に自由に来てもらっていいよ」
‥‥ありがとう部長。
◆◆◆◆◆◆◆◆
帰り支度を終えた私達を校門まで梶原が送ってくれた。別れ際に私は梶原の首に手を回して抱き着くと、耳元で囁く。
「メネシスに戻るまでにデートしようね。あっ、七海のOKは貰ってるから安心してね。メッセージで連絡するよ」
梶原の顔が真っ赤に染まって行くのが可愛い私だった。この仕込みを知っている七海達は見ない振りをしてくれている。
「ちょっと緊張するけど楽しみに待ってるよ」
梶原の首から腕を解いた私は、少し離れていた場所で待っていた七海達と合流した。
「ちゃんと伝えられたかい?」
七海の問いに私は大きく頷いた。
「女としての彩美の初恋も綺麗に終わらせないとだからな」
私は七海に言われるまで気が付いていなかったが、私は女体化したあとに梶原に<女として>軽い恋心を抱いていたらしい。それは、まだ男だった刻にイジメの残滓から助けられた記憶、放浪中の私を探してくれた感謝、柔道の師匠として、私の物語の後始末で死鬼を狩る決意をしてくれたこと。私が心まで女性化した時に、多くの想いが重なり憧れや感謝の気持ちが自分でも気が付かない間に恋心に昇華してしまっていた。
七海は私が梶原の話をする時に、私が意識せず<女の顔>になるので気が付いた。ただ、この恋心は<愛し合いたい>とかでなく<学校の憧れの先輩>みたいな感覚で、やましい気持ちではないと七海は教えてくれた。
ある日の夜に七海とガイアに戻って梶原との練習が楽しみと話していた時だった。
「心まで女性化しても男に恋心を抱く事無い。そんな思い込みがあれば自分の中の想いに気が付く事はないだろうけど」
「じゃあ、放っておけばで、よかったのじゃない?」
「恋敵は処分する!」
「えっ!?」
「うそ、うそ。ここで中途半端に流してね。将来、秘めてた想いに気が付いてしまったら、きっと凄い後悔を彩美はすると思う。だから、きちんと女としての初恋に区切りを付けて欲しくね」
「わかった。きちんと梶原に伝えて、気持ちを整理して‥‥私の中で梶原と友達を続けられる関係に戻すよ」
ちゃんと立ち向かう決意をした私に、ご褒美で胸に私の顔を埋めるように抱きナデナデを七海がしてくれた。
「お腹すいたー!」
突然の美香の声に、私の意識が引き戻された。
「あのインスパイア系のラーメン屋に寄ってから帰るか」
七海は以前に立ち寄った花園大学近くのインスパイア系のラーメン屋を気に入ったらしい。
三人は麺増し九百グラムでヤサイマシマシ、私は以前と同じプチだった。麺九百グラムの別添えで来る追加の麺を見ると迫力満点だ。美女三人が他の誰も食べていない最大を大盛を勢いよく食べる光景に、多くの客は目を丸くしていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
マンションに戻ると美香は、
「シュヴェ!一緒にシャワー浴びよう」
と、シュヴェを連れて自室に戻っていった。
美香がシュヴェを自室に招待した理由、それは私と七海に少しだけど二人の時間を作るためだった。せっかく美香が作ってくれた時間なので、私は少しだけ七海と楽しむことを決めた。
シャワーでなく筋肉をほぐす為に湯舟に湯を張り、ゆっくり浸かる事にした私達だった。
湯舟の中で私が七海にマッサージをしていたが、気が付けば違う方向でお互いの身体を楽しんでした。興奮が高まった私は七海の手をアソコに導き、おねだりをしてしまった。
「珍しいね。ここまで積極的に攻めて欲しいって求めるのも」
「この胸の張り感だと‥‥明日か明後日にはアレが来るから。そうすると‥‥しばらくお預けだし‥‥」
「なるほどね。じゃあ、遠慮なく頂きます」
それまでの行為で十分に潤っているのをわかっている七海は、アソコに指を入れ私に快感を与えはじめた。
‥‥三十年以上付き合って来た身体‥‥
全てを知り尽くしている七海の与える快感は一瞬で私を絶頂に導いた。
「あっ‥‥」
絶頂感を得た私は脳が白く染まり意識が…快感の余韻を感じたまま‥‥意識が闇に落ちていく‥‥
目が覚めた私は、タンクトップにショーパン姿でリビングのソファーで七海に膝枕をされていた。
‥‥服まで着せてくれていたんだね。
「ありがとう」
私の一言を理解した七海が、ほほ笑んでくれた。
「さて、そろそろメイクして着替えないとだね」
今日の夜はマドカと会食の予定だ。そろそろ準備をしないと待ち合わせに間に合わない。服装は昨晩と同じにした。これには理由がある。
‥‥友達として。
マドカとは友達として飲むので、フォーマルやドレッシーでなく普段の服を選んだから。
私達がメイクを終えたタイミングで、美香達もやってきた。私達は連絡のあったマドカが予約している店に向かう。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「ビールお待ち!」
「すいませーん!注文いいですか?」
予約されていた席は個室だが壁も薄くフロアとの仕切りは暖簾のみなので、フロアの賑やかな喧騒が聞こえて来る。
マドカの予約していた店はトー横近くのチェーン店大衆居酒屋だった。物語に紡いでいたマドカであれば絶対に選ばない店だ。
‥‥マドカなりに友達と気軽に行く店と考えた結果かな。
「やっと一緒に飲めるな」
マドカが出来るだけ砕けた口調を頑張ろうとしているのがわかる。
「うん。正月はゴメンね」
「気にしないで。七海さんから聞いたから。だが、あそこまで仕込んでいたとは驚いたけど」
‥‥カノンの地下迷宮での話だね。
「思ってるより流れが速くなってるから。数年から数十年で考えていたことが半年で起きてしまっているの」
そこから少しだけ最新のダブネスやメネシスの現状を私はマドカに伝えた。
「思っていたより事態が早く進行して危険な状態になっている」
マドカも状態を把握して、流れの加速に驚きを隠せずにいる。
‥‥今日はメネシス式宴会じゃないくガイア式だから、私は楽だね。
ガイアでの生活が長いマドカは食事をしながら、会話をするが身に着いているようだ。
‥‥ただ、私以外の参加メンバー達は食べる量が半端ないのは同じだね。
「マドカってば、お店を選ぶのに徹夜してたんだよ」
真矢の暴露にマドカが焦っている。
「だって。だって。ネットで調べたら、友達との飲み会は気軽に行ける店がいいとなってたけど。でも、気軽がわからなくて」
「面白から見守っていたけどね。朝方にココのお店どうかな?って、やっと決められたんだよ」
真矢に裏話を話され、マドカの顔が恥ずかしさから真っ赤に染まって行く。
‥‥なんだか真矢が設定よりずーっと活発になってるよ。なんだか楽しいね。
マドカの緊張も溶けて来たので、そこからは日常の話とかメネシスと関係ない話で酒を楽しむ私達だった。
皆の腹も満たされ、テーブルの上は漬物とか軽い肴が中心になって来た頃だ。
「美香から聞いていた母の件だが、明日からメネシスに戻り準備をしたい」
「準備?」
私の問いにマドカが答えてくれた。
「彩美が色々とガイアの話もしてくれているけど、私的には心配な部分が多くあるから。母がガイアで問題を起こさないように、少し指導をする」
「それは助かるよ。私のしたガイアの話はルシファーがガイアに来る前提でなく、どんな場所かの話だったしね」
「二人がお店に復帰する来週の前半には、母がガイアに安心して来れるようにするから」
「うん。お願い!ありがとうね」
「友達の願いは叶えないとな」
‥‥少し<友達>を意識しすぎてる感じもするけど、それもいいよね。変化の途中だからね。
「あと、七海さんのマンションの話だが‥‥」
店は合法的にマキへオーナーの移管が出来るが、マンションに関しては合法的な方法で長期間の保持方法が考え付かずマドカに相談をしていた。なぜなら、マドカが拠点としている西新宿にあるマンションは法治外で、マドカが退去を望むまでは誰も手を出せない状態だからだ。ただ、この詳細は設定にないのでマドカに聞く事にしたのだった。
「CodeREDで国に政権が変わろうが保障させてるだけだから」
‥‥ああ。やっぱし、CodeREDのチートだったのね。
「同じことを七海さんのマンションにも準備をする。近日に総理から七海さんに電話をさせるので‥‥」
「総理!」
七海の声が裏返っている。
「この手の話は魔導紙を使った契約書を総理に承認させ成立するから。この場面は彩美の物語にも出て来てるだろ」
「あああああ!真矢が不老になった刻に過去の戸籍とか全て抹消して、定期的に年齢を誤魔化せる身分を作るのにやってる!」
‥‥これは不老だと戸籍とかとの年齢差が出てしまい、身元確認等を求められた時に困らない設定だったね。
「そう、不老に合わせ定期的に新しい年齢で問題の無い戸籍等を準備する契約をな」
‥‥物語に現実感を出そうと色々背景を練り込んだ、今考えると本筋に意味がなくオリジナル物語の無駄な部分だね。
「ねえ。あやみちゃん。物語に紡がれていなかったけど契約を破ると、どうなるの?」
美香の疑問は当然だ。
「日本という国が残ってる限りは、約束を破った時点の現総理が即死と考えていたけど。どうなったかな」
「その設定のままだな」
‥‥やっぱし、考えてただけの設定も有効なんだね。
そこから、しばらく雑多な話を皆でした。ただ、マドカは酒以外の話題はダメダメだった。ファッションや流行りの事に関する話は、真矢がほとんど受け答えをしていた。
‥‥時々、頑張って会話に入ろうとしてるのは気持ちの変化の現れかな。物語では興味のない話は全力スルーだったもんね。
そろそろ場もお開きになりそうなタイミングで、美香が提案する。
「まだ時間早いし、皆でボウリングでも行かない?」
「いいですね~」
すかさず真矢が乗ってくれた。その横で難しい顔をしたマドカだった。
「ボウリングはやったことがない‥‥」
「大丈夫!私が教えてあげるから。楽しいよ!」
真矢のプッシュでマドカも渋々感があるが、ボウリングに行くことを決めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
<パコーン!>
十本のピンが激しく弾け、スコアモニターに☒が表示された。
「よっしゃ~!」
雄叫びを上げたマドカがアプローチから待合席に戻って来た。
‥‥なんか、一番楽しんでないかい?マドカさん。
「次は私だね」
美香がボールを持ち、アプローチに向かう。
居酒屋を出た私達はトー横のすぐそばにある老舗のボウリング場に来た。ここはレーンでお酒を飲む事も出来るので、宴会継続状態で遊びは続いた。
<パコーン!>
再び、十本のピンが激しく弾け、スコアモニターに☒が表示され、ガッツポーズで戻ってくる美香だった。
‥‥やばい。魔力とかは封じてるけど、基礎能力が全員チート状態だから‥‥
<パコーン!>
「よし、ストライクだ!昔取った杵柄だな」
七海はボウリング好きの御客様に誘われて、気が付いたら熱中していた時期があったらしい。
<パコーン!>
「学生時代以来ですから心配でしたが‥‥」
真矢も、しっかりストライクだ。
<パコーン!>
「やった~。初めてですが面白いですね」
先史代の計算能力なら簡単にレーンの状態を掴み、対応して投げるのも余裕なシュヴェだった。
‥‥うわ。これは私がミスをするイベントフラグな流れだよ。
私はアプローチに立つと深呼吸をして心を落ち着かせて、ボールを投げた。
<ビューン!>
‥‥いや!?まって。ボールも武器の扱いで無敵チートが発動しちゃうの!?
投げたボールはレーンを転がらず、数センチ浮いた状態で、超高速で飛んでいく。
<ドッガーン!>
ピンを跳ね飛ばしたボールはレーンの終端に設置されたボウリングマシンに吸い込まれ、盛大な音を立てた。スコアボードには☒が表示されストライク扱いになったが、ボール速度に百二十キロと表示されている。皆は二十~三十キロだったので異常な速度が表示されている。
ボウリングマシンは照明が消えてしまい、中から<ガガ、ガゴ‥‥>と異常な音が聞こえて来る。
その時だった‥‥
<ゴロン>
ボールリターンにボールが戻って来た。戻って来たボールはボールリターンの上を転がり、列最後のボールにぶつかり止まった。
<パッカン>
ボールは音を立てて半分に割れ、コアが丸出しな状態になってしまった。
「彩美ちゃん‥‥ボウリングってボールを転がすんじゃなかったかな」
美香がツッコミを入れて来た。いや、私だって転がしたかったのだが。
「無敵チートが発動した感じだな」
七海が状況を把握してくれた。
「なんか投げる瞬間に、ボールが武器扱いで無敵チートが発動するのを感じたよ」
「彩美が持つとボールが武器扱いか。‥‥思い出したぞ。中学時代に家族でボウリングに来た時、ボーリングのピンをイジメてた奴らに見立てて、ボールが当たって死んでしまえと思いながら投げていたな」
マドカが私ですら忘れていた記憶を思い出した。
「あった!まさか空想と言え人殺しの道具と考えた事があるから、ボウリングのボールが武器扱いになっちゃうの!?」
「ねーさん!これ、やばいぞ。気を付けないと、彩美ちゃんが過去に空想でも殺人に使おうと思った道具は全て危険だ」
「彩美が何か手に持っている時は要注意だな」
‥‥あのお~。ネタなのか本気なのかわからない会話なんですが。
「すいません。突然、マシンが壊れてしまったので別のレーンに移って頂けますか。あっ、ボールも壊れたマシンに巻き込まれて割れちゃったんですね」
ボウリングマシンの故障連絡を受けたフロントの店員がやって来て、レーンの移動を伝えた。
「やったー!ターキーだよ」
移動したレーンでボウリングが再開された。
‥‥さて、次は私の番だね。
私は幼子が投げるポーズ‥‥レーンに正対して静止状態から両手でボールを持ち、開いた股の間からレーンに向かい押し出す姿で投げる。ボールは皆が投げる半分位の速度でレーンを転がって行く。
<ペコン>
なんとも情けない音と同時に半分くらいのピンが倒れた。
‥‥まさか、無敵チートの代償でボウリングも楽しめないとか‥‥トホホホホだよ。
「彩美さんが無敵チートを引き受けてくれたから、私達はボウリングを楽しめるね」
「本当だ。彩美に感謝だが、私はボウリングのボールで人を殺そうとは思わないから問題なかったかもな」
‥‥あの、真矢さんにマドカさん‥‥なんか追い打ちを掛けるような惚気は許してもらえませんでしょうか。
七海が私の耳元に口を近づけて囁いた。
「彩美のボールか‥‥懐かしいね」
‥‥七海が何をネタにしたのかわかるよ。私から失われた‥‥アレを。もう、どうにでもなってしまえ!
七海の確信的な悪乗りに顔が熱くなるのを感じた私は、焼け酒を煽り酔いに全てを任せて、この場を楽しむことにした。
ボウリングを楽しんだ私達は、同じアミューズメント施設にあるダーツバーに移動をした。
‥‥ダーツなら大丈夫でしょ!
私の甘い期待は一投目の途中で砕かれた。
‥‥ヤバイ、無敵チートが発動する感覚だよ。
台を壊すと大事なので、私は握ったダーツを放さずスローを終える。
「どうした、彩美?」
‥‥絶対、七海は理解してツッコんでるよ。
「ダーツは矢で武器になるみたいで無敵チートが‥‥」
私の嘆きにマドカが乗って来た。
「本当だな真矢。無敵チートだと、楽しい事を色々知っても真矢とデートも楽しめなさそうだな」
マドカが軽口を叩く。物語を紡いでいた頃の私なら、絶対に信じられない状況だ。
皆がダーツを楽しむ横で私は、ひたすら飲み続けていた。
‥‥あと卓球もあるけど。流石に卓球は無敵チートの要素はないよね。
ダーツが出来ない私に気を使った皆は、早々に卓球に移動をしてくれた。
<スカ‥‥>
ラケットの空振る音に続いて‥‥
<テン、テン、テン‥‥>
虚しく床を転がるボールの音が響いた。
ボウリング、ダーツで焼け酒を大量に飲んでいた私は、正常なバランス感覚を失っていた。
‥‥アレぐらいの酒量で酔うなんて。どうしちゃったんだろう。
ラケット振り抜いた勢いで私の身体は回転し、バランスを崩して床に向かい倒れ込む。
‥‥身体の感覚が遠のいて、急に感じる眠気って!もう、疲労蓄積の限界が来ちゃったの!?
倒れ込む身体が支えられる感覚から、柔らかく温かい何かに抱き締められる感覚が私を襲った。何が私の身体に起きているか確認したくても、強烈な眠気で目を開くことが出来ない私だった。
「ごめん‥‥彩美。前兆がメネシスの時と違って気が付けなかった。でも、今は酔った振りして。理由は後で話すから。体力活性化」
耳元で七海の囁きが聞こえると、胸の中心から全身に温かい感覚が広がるのを感じる。
「マドカと飲めるのが嬉しくて、飲み過ぎちゃったかな」
一気に眠気が退き、身体に力が入った私は、理由はわからないが七海の指示に従った。
「彩美が、あの程度の量で酔うなど珍しいな」
マドカが少し驚いた感じだ。この反応も新鮮で私は嬉しかった。
「あっ、彩美ちゃん。月半ば近いから‥‥アレの前で‥‥」
美香はボカシてくれたけど、PMSでの可能性も考えられる。
‥‥でも、イマイチわからないよ。まだ数回しか経験ないしね。
「彩美にアレがか。心が一つだった頃には想像も出来ないな」
物語を紡いでいた頃の私は、女性特有の苦しみなんて考えたことなかったから、マドカの言葉の意味を理解出来た。
「あっ!もしかしてマドカは重い方だから、彩美さんも女体化で影響受けてしまったのかも」
真矢の言葉の意味を男だった頃の私は理解することは出来なかった。
‥‥でも、今ならわかるよ。
「やぱし‥‥貴方は私。私は貴方。なのかもね‥‥マドカ」
「私は彩美ほど強くなれなかった。彩美は空想の私に求めた強さを超え強くなったから」
私の体調も一時的といえ回復したので、卓球をもう少し楽しむことにした。
「えい!」
<スパーン>
私、七海VSマドカ、真矢のダブルスで遊んでいたのだが‥‥
私がスマッシュを放った時だった。
‥‥えっ!?この感覚は!!
球は常識では考えられない高速度でラケットから飛び出した。
<パーン!>
私が打ち返した球がマドカ達のコートでバウンドする瞬間だった、球は弾け粉々になってしまった。
「あれ‥‥れ?」
状況に戸惑う私にマドカがツッコんで来た。
「無敵チートの無駄使いだな」
「そのぉ‥‥なんで、卓球で無敵チートなの?」
「力いっぱいラケットを振り抜いたから、武器判定になってしまった感じかな」
なんとなく七海が推測をしてくれた。
「確かに力一杯で叩けば卓球のラケットも武器になるけど‥‥これは弊害すぎるよ‥‥」
その後は、スマッシュでない乱打程度の力なら無敵チートは発動しないので、ゆる~く卓球を楽しんだ私だった。
私は少し不完全燃焼な感じもしたが、アミューズメント楽しんだ私達は今晩は解散となった。
「今度はメネシスになると思うけど、また飲もうね!」
私がマドカに再びの逢瀬を願った。
「楽しみにしている」
私とマドカは再会を約束する握手を交わすと、別々の方向に歩き出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「七海、さっきは、ありがとう。皆が余計な心配するからだね」
マンションに戻った私と七海は風呂を終えて、ソファーでテネシーウイスキーを楽しんでいる。
美香は明日が大学への登校日なので、シュヴェを連れて自室に戻っている。
「この疲労を知ってるのは私達以外はシュヴェだけだからね。メネシスに戻ればよくなるはずだから、無駄に皆に心配をさせてもね。あと、気配は無かったけど、万が一にも死鬼が見ていたら面倒だしね」
「うん」
ソファーの前の空間が歪むと、シュヴェが転移して来た。
「よかったあ。メネシスと違って転移先の状況を把握出来ないので、ラブラブ中だったらどうしようかと思ったよ」
「シュヴェなら気にしないよ」
「ありがとう。今回、彩美の疲労蓄積が早かった原因がわかったので伝えにきたよ」
「そんな簡単に!?」
「というか、気が付いていたけど確証がなかったの。私が転移先の状況を先読み出来ない理由と同じで、ガイアはメネシスと少しだけ空間の構成組成が違うの。それで方程式に無理が出ちゃった部分があるみたいでね。これもメネシスに帰るまでには解析を終える予定だから、次回の修正で治るはずだよ」
‥‥これは助かるね。
「では、当面は彩美に活性化を毎晩施せばいいのかな?」
「はい。それで保てると思います」
「それ、七海がメチャメチャに疲れるパターンじゃない」
‥‥私が元気でも、七海が疲労困憊じゃダメだよ。
「一晩、ゆっくりと私の自然発散する魔力を活性化に変換して、彩美に施すから大丈夫だよ」
「では、七海。彩美をお願いしますね」
伝え終えたシュヴェは、転移で美香の部屋に戻って行った。
そろそろ、七海の応急処置が切れて来たらしく、猛烈な眠気に襲われる私だった。気合を入れる私だが眠気に抗えず、横に座る七海にもたれ掛かかってしまった。
「無理しないで」
七海は私を御姫様抱っこでベッドに運んでくれた。抱き着くように添い寝をしてくれている七海から流れ込んでくる温かい感覚‥‥
意識が途切れる間際に私が感じたのは、いつもと違う‥‥意識が光に満たされていく‥‥
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