第三章:交錯する記憶
第13話 季節外れの話題
「なぁ、この辺に桜が綺麗な場所とかってないか?」
早朝。朝食を食べに皆が集まったところで、開口一番そう口にした。
今朝見た夢の最後に言っていた『桜の下で待っている』という言葉が気になったからだ。
まあ普通なら特に気にすることもないのだろうが、いつもは夢を見ても全く思い出せないのに、今回ははっきりと覚えている。もしその夢が、二年前に失った記憶に関係することなら夢に出てきた桜を見れば何か思い出すかもしれない。
そう思っての発言だったのだが……。
「桜? 今更見に行ってどうするんだよ? もう散っちまってるだろ?」
眠そうな声で小林が言うと、ゆっくりとした手つきで食パンを口に運んだ。
「いや、それはそうなんだけどさ……」
俺は言われて気づき、言い淀む。
確かに今日でもう五月に入った。小林の言うとおり、今から行っても桜はもう散ってしまっているだろう。
それでも、何か分かることがあるかもしれない。そう思った。
「何でそんなに見たいの?」
俺が言い淀んでいると、御島が不思議そうな顔をして言った。
「……ただの気まぐれだよ」
御島の質問に言葉を濁した返しをして、手元のコーヒカップを口に運ぶ。
「本当に?」
御島は探るようにしてもう一度質問した。
自分で振っといてなんだが、この話題についてはあまり深く突っ込まれたくない。
自分が記憶喪失だと知ったら気を遣われてしまうから。
俺は少し考える時間を稼ぐように、パンを一口食べる。
「本当に大したことじゃない。ただ……ふと桜が見たくなったってだけ。あんまり気にすんな」
突き放すように言うと、今まで黙っていた椎名が突然バンッ! とテーブルに手をついた。
ギョッとして俺達の視線が一点に集中すると、椎名の口元がニヤリと歪んだ。
俺はそれを見た瞬間、考えるより先に動いた。
「くっ……」
だが、それは読んでいたと言わんばかりに居間から出ようとする俺の足元に椎名がまとわりついてきた。
「何処へ行くんだい? これから詳しく話そうと言うのに」
こちらを見上げる顔は何故かしたり顔だ。
「俺から話すことはないですよ! 良いから離してくださいよ!」
「そうですよ椎名先輩。じゃれるなら部屋に戻ってからにしてください」
「それ、助けてねぇよ御島! 助けるならちゃんとやって!」
「ごめん無理。標的にされたくないし」
「即答ですか……」
必死で引き剥がしながら助けを求めるも、御島は関わりたくないのかこちらを向かずに答える。
そうしたい気持ちはすごくわかる。分かるのだが、それにしてもあんまりじゃないですかね。助けるならちゃんと助けてほしい。
そうこうしていると、小林が立ち上がる。
「恭介……」
俺のところまでくると、こちらを見下ろす。すると何故か椎名が目を逸らした。
あー、まだ引きずってるな……。などと察する。
先日椎名は、突然の恋に当たって砕けたのだ。
結果はやる前から分かりきっていたが、椎名は次の日、とても沈んだようだった。
今じゃある程度回復しているようだが、小林を見ると途端に元気をなくしてまう。
俺は椎名には悪いと思いつつ、チャンスと言わんばかりに俺は小林に助けを求めることにする。
「小林。お前なら来てくれるって信じて――」
「悪いけど、俺そろそろ出るわ」
「無視!?」
遮るように言った小林は、それだけ言うと居間から出ていった。
遠くで玄関のドアが閉まる音がしたのを確認すると、俺は足下の椎名を見やる。
「先輩……」
「どうしたの、川島君……」
椎名は誤魔化すように笑いながら手を離した。
「いや何かその、なんて言ったら良いか、わかんないっすけど……」
そこで言葉を探すように僅かに逡巡して、ヤケクソ気味に。
「元気出していこうぜ!」
そう言って俺は親指を立てた。
慣れないキャラに慣れない口調、慣れないテンションでやったせいか、妙に恥ずかしい。その証拠に、今の俺は顔から火が出るじゃないかと思うぐらい熱い。
「そうだよね……」
それでもやった甲斐はあったようで、椎名は少しずつ表情を明るくしていく。
「うん! ありがとう川島君! よぉし……そう言ったからには最後まで付き合ってもらうよ!」
そして、何か吹っ切れたように頷くと、いつも通りの笑顔で椎名は言った。
「……分かりましたよ」
俺は心の中で安堵して、ため息吐く。
「それで先輩。この後はどうするんです?」
そして今日一日だけ、椎名のやりたいことには口を挟まずに付き合おうと思った。
「んーとね……川島君は先に桜際公園(おうさいこうえん)に行ってて」
そう言うなり、椎名は居間から飛び出した。
「ちょ、先輩。桜際公園ってどこですか」
俺は慌てて椎名に質問を投げるが玄関の方から「ミッシーに聞いて」という声と共にドアが閉まった。
俺は仕方ないので、御島に聞こうと居間へと振り返る。
「なぁ御島。桜際公園って……もういないし!」
戻ってきたときには既に、御島の姿はなかった。
人のことどうでも良すぎだろと思いつつ、残りの朝食を平らげて天を仰いだ。
染み一つない天井がこちらを見下ろし、振り回される俺を無情に眺めるだけだった。
川島恭介の受難 ゆきち @yukichi_0
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。川島恭介の受難の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます