第十三話 恩誼と恩寵 後
朝から
――あー保健室行きたい…でも休んだら追試かぁ…
「おはようございまーす…」
「おぉ姫嶋、なんだ今日はずいぶん弱々しいじゃないか。もっと腹に力入れんと、気合も入らんぞ」
「すいません…今日は体調が…」
「おぉ、そうだったのか。それは悪かった。お大事にな」
ともするとこんな体育教師の同情さえ
「姫嶋さんおはよー」
「――あぁ片瀬さん、おはよう」
「今日三十二度だってー。ありえないよねー、まだ五月なのに」
「だよねぇ。あたしも学校来る途中で、なんか暑くて疲れちゃった」
「わかるー、都会ってただでさえうるさくて疲れるのに、夏とか地獄だよね。信号見るのも疲れるっていうか」
「片瀬さんでもそう思うんだ」
「思う思う。私田舎生まれだから、基本人混みとか嫌いだよ」
嗚呼、同志よ。
「そういえば。――片瀬さんて、ご出身はどちらで?」
「私は福島だよ。
「ほんと!? あたし小学生の頃、家族でよく福島行ってたよ、郡山もだけど、
私が得意気になってそう言うと、片瀬さんは
「やば…/// 姫嶋さんが私の故郷に来てくれてたって、運命みたい…めっちゃ嬉しい…好きになりそう…///」
そして私が下駄箱に
「姫嶋さん、チューしよ?」
「ままま待って待って片瀬さんっ!/// …あたしまだ、そんな///」
「ふふっ。うそだよ。でも、姫嶋さんはなんか好き」
「――片瀬さんて、目綺麗だね」
「へ? そ、そんなことないよ…///」
「そう? なんか黒目が綺麗だから、コンタクトしてるのかと思った」
「姫嶋さん。それ以上口説いたら、私本気でキスするよ?」
「ぇ、いや別に口説いてる訳じゃなくて、純粋に綺麗だと思っただけだよ」
「…もぉ。舞彩ちゃんにもそうやって意地悪してるんでしょ」
「…あたし、やっぱ意地悪かな…」
「――ちがうよ、悪い意味じゃなくて。恋愛なんだから、もう少し飴とムチを使い分けないとダメだよ。――私遠目に見てていつも思うけど、今の姫嶋さんは舞彩ちゃん以外の人に飴を配り歩いて、一番近くにいる舞彩ちゃんにはムチばっかりって感じがするんだけど…それってお節介かな」
そう言い
ただ私はそれが御節介などとは
「いえ、片瀬さんの仰有るとおりです。…あたし距離感がつかめないのもあって、舞茸には冷たいんだと思います」
「ぜんぜん冷たくないよ。――姫嶋さんは普通にしてるだけで十分優しいから、その感じで舞彩ちゃんにも優しくしてあげてね」
「――片瀬さん、なんかありがとう。あたし思い込み激しいから、片瀬さんみたいに言ってくれる人がいるとほんと心強いよ」
「私も。福島好きの姫嶋さんと友達になれて超嬉しいよ」
「――また家族で行こうかな。お菓子も美味しいし、水も空気も綺麗だし」
「――そういえば、姫嶋さんって家どの辺?」
「あたしの家は、ちょうど東京と千葉の境目辺りだよ」
「そうなんだ。――今度遊びに行ってもいい?」
「ぁぇ、えっとぉ…あたし…あんまりお招きするの得意じゃなくて…」
「ふふ。姫嶋さんまた真面目になってる。――分かってるよ。舞彩ちゃんしかお招きしないつもりだよね」
うーん…その辺りはまだ私の口からは何とも言えませんが…
「行こ、姫嶋さん。――手繫ぎくらいは平気でしょ?」
「い、いや、いいんですけど…舞茸に見られたら…」
「そっか。じゃぁ廊下までにするね」
といった感じで、私は思い切って片瀬さんと手を繋いでみたのだが…私が冷え性だからだろう。片瀬さんの手が
「姫嶋さんて肌白いね。すべすべしてて超綺麗」
「――あたし、こう見えて小さい頃はアレルギーで肌カサカサだったんだ。あとぜん息も酷くて」
「そうだったんだ。――今は大丈夫なの?」
「うん。なんか習い事で水泳とかサッカーとかやってたら、知らぬ間に治ってたみたい」
「意外とアクティブだったんだね。姫嶋さん」
「そうだね…そこで運動控えてたら、こんなにデカくならずに済んだのかも…」
「気にしすぎだよ。――私なんか百五十二しかないけど、それでも自分が健康だったらそれで幸せだよ? ――だから身長とか体重とか、そんなの気にしないほうがいいよ。姫嶋さんはどんな姫嶋さんでも素敵なんだから」
いやぁ
「――あたし、片瀬さんがモテる理由、何となく分かった気がするよ」
「私そこまでモテないよ?」
「そんなはず無いよ、だってまず人柄が素敵だもん。大人の女性って感じで落ち着いてるし、話し上手で聞き上手だし。――あたしも、そんな頼もしい片瀬さんになら、悩み事でも言い辛いことでも、もう何でも話せる気がするよ」
「…あと一回でも褒めたら、視聴覚室連れてくからね…///」
私はそこまで言われて
しかし世界的に
「ありがとう…片瀬さん」
「ふふ。――ありがと。許してくれて」
――断じて、断じて妄念から
「姫ちゃんおはよー」
「姫嶋さんおはよう」
「おはよー、ございます」
「ねぇ姫ちゃん、数学大丈夫そう?」
「まぁあれだけやったからねー。最低でも八割以上は取らないと」
「姫ちゃんなら出来るよ。頑張ってね」
「うん、ありがと舞茸」
「姫嶋さんてやっぱり文武両道だったんだ。すごいね」
「まさかまさか。あたしの八割なんて、今回限りで見納めですよ」
「頭いい人って、みーんな謙虚だよねぇ。私が数学で八割取ったら、我慢できずに『ねぇみてみてー』って自慢しちゃうよ」
はぁー、横手さんかわいー。こりゃ座って苦笑いしてるだけで全教科百二十点だわ。
「…で、舞茸先生は高みの見物ですか」
「ううん。――人の努力を点数にするのって、やっぱり無意味だなーと思って」
確かになぁ。でもここでそれを言っちゃあ身も蓋も無いでしょうよ…つうかインテリの貴方が言うと微妙に当て擦りっぽく聞こえますから御気を付けあそばせ?
「――どうせ舞茸は百点だろ。いいよなぁ天才は」
「百点は無理だよ。私いつも九十五点とか九十八点ばっかりだから」
うわー。厭味ぃー。
「舞彩ちゃんも頭良いんだ…はぁ…馬鹿なの私だけだ…」
「杏花ちゃんも一緒に勉強しようよ。私姫ちゃんと放課後勉強してるから」
「いやいや、でも横手さん部活でお忙しいから」
「――そうだね。じゃあお昼休みとか」
「んー。それも…なんか束縛してるみたいで申し訳なくないか?」
「ううん、二人ともありがとう。じゃあ来週のお昼休みから勉強教えて?」
「まかせて杏花ちゃん。私何でも教えるよ」
「うん」
「――ところで、横手さんはどの教科が苦手なんですか?」
「国語が苦手だけど…でも全部かなぁ…英語が少し出来るくらいで、あとはみんな五十点とか六十点だよ」
「英語は何点くらいなの?」
「中学の頃は、私も舞彩ちゃんみたいに毎回九十点だったよ。でも英検に受かったあとは漫画とアニメ三昧だったから、なんとも…」
なーんだ。蓋を開けてみれば、結局横手さんも完璧じゃないか。と、私はそれを聞いて安堵した。なんなら安堵に加えて一抹の嫉妬さえ覺えた。――
――現国の出来る擦れっ枯らしより、数学の出来る頭でっかちより、うちは一等英語の出来る、素直で容姿端麗な女性が欲しいんだよ。…横手杏花さんと言ったかな。あんなような、ずば拔けた
それがこの社會の本音だろうと、私は小説から得た
――
――つまりこうした
「…横手さん、それそのままでいいと思います」
「ぇちょっと姫ちゃん!? 教えてあげるんじゃないの?」
いいんだ舞茸。横手さんは今のままでいいし、今のままがいい。――だって史記の中で
だから私は、そういう観念的なものは自然に任せるのが一番いいと思っているのだ。空腹を感じたら食べればいいし、満腹だと感じたら無理に食べる必要はない。そうやって上手くメリハリをつけたほうが、ご飯も勉学もより味わい深く感じられて一石二鳥なのである。――無論これは決して"勉強しないで下さい"という趣旨の発言ではない。ただ横手さんには横手さんなりのタイムテーブルが在って、その中で友達と話したり私とお
それに…まあ本音を言うと、私は横手さんとのお喋りを最優先にしたいから、そんな貴重な時間を現国ごときに邪魔されたくないのである。
「…いや、あたしが横手さんに教えるのって、やっぱ失礼な気がするんだよ」
「お願い! 姫嶋さん教えて、全然失礼じゃないから」
うん。為方ない。横手さんたっての御希望とあらば、教えるしかない。
「…じゃあ、お菓子でも食べながらゆっくりやる感じで」
「ありがとー姫嶋さん。あんまり気使わなくていいからね?」
はぁ~愉しみー。まだ一教科も
「――姫ちゃんは、杏花ちゃんと一緒にいちゃいちゃしたいだけだよね」
「そのくらい別に良くないか? 勉強するだけなんだし」
私は
そして一限が始まると、程無くして地獄の第二章が幕を開けた。
「なーんか腰が
「どうした姫嶋、具合でも悪いのか?」
途中試験監督の竹内先生がこちらへ
「ぃ…いえ…」
「しかし…その様子じゃ試験もままならんだろ」
「だいじょぶです…もう少しで収まるので…」
「…そうか。いつでも退室していいからな。あんまり無理するなよ」
いや正直有り難いですよ? とっても有り難いですし、完璧な
「はぃ…ありがとう…ございます…」
椅子を手前に引く気力すら無かったので、私は俯せから少し
それから三分を
吹き下ろす
生気を
廣場の中央には
…トントン。
誰かが私の肩を
私は腹中でそんな風に微笑を泛べつつ、
相手の御辞儀を受けて、私はふと自分の
丁度そのとき、教会の鐘が鳴った。すると私は魔法が切れたかのように、まるで
そして私の骨盤は、業火の
…あぁその通りだ。お前の言う通りだ。私は机に突っ伏した骸骨だよ。
私は骨盤の脇をぐっと
十二時十分。最後のチャイムが鳴り「解答やめ」の声が教室に響く。
――あぁ、これでようやく家に帰れる…
解答用紙を横手さんへ渡した流れで、私は今一度机に突っ伏した。…贅沢は言いません。お菓子も要りません。ただブランケットを被って、家のソファーの上で
「はぁ。ねむ…」
「姫ちゃん、やっぱり保健室行こ? なんか顔色悪いよ」
「いや…大丈夫。家で寝るから」
「姫嶋さん、無理せずちょっと寝てきたら? 竹内先生にも言われてたし、私も姫嶋さんが心配だよ」
「横手さん…でも…だいじょうぶです」
私が
「その割には随分
ともするとそんな大人びた問い掛けから二人の時間が始まりそうなほど、横手さんの表情は朝に較べて何処かしっとりとしていて、
「…ねぇ姫嶋さん」
「は、はい///」
「…もしかして、今日初日?」
その芳香をこっそりくんくんしていたら、横手さんにそう
しかし初日と訊かれたからとて「そうなんです」と返辞するのも如何なものかと思い、私は小さく
「――待ってて」
すると横手さんは、私と舞茸の肩をぽんと
「杏花様いずくにか往く。――この場合は"いずくんぞ"ではなく"いずくにか"ですから、安、悪、焉、何の四パターンですね」と、離れていく横手さんを前に危うく私の中の漢文講座が開講しかけたので、私はその間舞茸と
「…いや普通にもちもちでしょ。ぷりぷりはエビの身か、赤ちゃんのお尻でしょ」
「でもうちのお母さんはぷりぷり派だよ。あ、杏花ちゃんおかえり」
「ただいまー。はい姫嶋さん。お腹冷やさないようにね」
御戾りになられるなり、横手さんは私に小さいペットボトルを渡してくれた。温かいほうじ茶だった。私の為に
そしてそろそろ帰りのホームルームが始まろうかというとき、
「ありがとうございます横手さん。お心遣い痛み入ります」
「姫嶋さん
「ぇ…横手さんも、なんですか」
「うん、私も重いから、始まると痛み止めが手放せないんだよねー」
「すいません…横手さんも辛いのに、甘えたりして」
「甘えたっていいじゃん。親友同士なんだから、辛いときこそ助け合おうよ」
…横手さんだって、本当は痛くて辛くて、なんで今日なんだよって、正直うんざりしてるはず。なのに自分の苦勞など
――もっと優しくなりなさい。もっと寛大になりなさい。私のお婿さんになりたくば、心に
つまるところ、杏花様は私の心の師であり、私の
「横手さんも、辛いときは言ってください。あたし何でも持ってるので」
「――うん、ありがと。姫嶋さん」
私は
しかし隣でこの会話を聞いていた舞茸の表情は、またしても獲物を横取りされた
まあその時は「
『姫ちゃん…なんで私に甘えてくれなかったの?』
『私より横手さんのほうが、美人で気が利くから?』
『それとも私が…気の利かないゲロ女だからかな…』
それに加えて
『甘えたじゃん。今日は舞茸のほっぺ揉んだし』
『ほっぺだけじゃなくて、もっと甘えてほしかったの』
そう言われましてもねぇ…
『もっと甘えるって、どんなよ』
『一緒に保健室のベッドで寝るとか』
『襲う気だろ』
『襲わないよ。キスはするけど』
『するのかよ』
『ねぇ姫ちゃん、いま電話してもいい?』
『今寝ようと思ってたんだけど…』
そこでテンポ良く続いていた会話のラリーがぴたりと止まった。「あ、そうだった」と思ったのか、
『私、どうしても姫ちゃんの声が聞きたいの』
『んーーーー』
『んーーーー?』
『夜まで待ってくれない?』
『言っとくけど別に嫌いとか、そういうわけじゃないからな? まだ夕飯も食べてないしお風呂にも入ってないし、明日の用意もしてないから少し待って欲しいって、それだけだからな?』
『ほんと?』
『うん。だから夜ならいいよ』
『ありがとう』
『うん、じゃあおやすみー』
『待って。でもやっぱり今話したいかも』
そうなりますよねぇー。無慈悲な
『ねえ舞茸、生理のときはもう少し優しくしてよ。あたしたち親友でしょ』
宜しい、
しかし勢い任せにこんな文章を送りつけてしまった自分の
『ごめん…私わがままだよね』
『おやすみ…姫ちゃん』
ここで再度「おやすみ」と返し、何食わぬ顔で
『待って舞茸』
『じゃあ五分待ってくれる? 自分の部屋行くから』
『姫ちゃん好き』
『好きって言えば何でも許されると思ってるだろ』
『うん』
『うんじゃなくて、否定しなさいよ』
『だって、姫ちゃん嘘嫌いでしょ?』
『この場合は嘘じゃなくて建前な』
『むずかしくて分かんない』
『うん、それが嘘な』
そんな遣り取りを重ねつつ、私は重い腰を上げて自室へと戻った。
椅子に座り、勉強机の上にブランケットを敷いて、そこへもにょもにょと顔を
私は左端にいる羊のメーテルリンクさんの頭を指で撫でながら「今日は日向がいい?」と訊いてみた。「もちろん」という
なんて
「姫ちゃんごめんね…私、なんか淋しくなったの」
「…ふーん。舞茸もそんなことあるんだ」
「淋しいよ…学校から出たら、もう姫ちゃんに会えないなんて…」
「いやいやほぼ毎日会ってるし。しかも体育祭終わったら一緒にケーキ食べに行こうって、先週約束したばっかじゃん」
「でも…私、その日が待ち遠しくて、息が詰まりそうなの…」
「…はぁ。乙女だなぁ舞茸は」
「姫ちゃんも乙女だよ」
「――あたしは…舞茸と違って、何となく周りの目を見て背伸びしてるだけだよ」
「姫ちゃんが背伸びしたら、二メートルくらい?」
「…もう切っていいですか…」
「あっ、ごめん姫ちゃん! 私わざと言ったわけじゃなくてその…ごめんね…」
「――ぷ、なーんて、冗談だよ。掛かったな舞茸」
「…もぉ。姫ちゃんひどい」
「あぁ酷いとも。なんたってあたしは、
「…姫ちゃんは性悪なんかじゃないよ。――本当は誰よりも綺麗で優しい、心の優しい綺麗な女の子だよ」
くっ、くそぉ…どうして地声なんだ…どうしてそこだけ猫撫で声じゃないんだっ! お世辞に決まってるのに…なのにお前の
「…///」
「…もしもし?」
「ん? ぃ、いや、なんか重複してたような気がして…///」
「そうかな? で、でも、私は姫ちゃんのことそう思ってるから///」
「――ねえ舞茸。じゃあ気が利かないとか、あとゲロ女って言うのも今日で止めて。――あたしは、舞茸のそういう少しおっちょこちょいなところが可愛いと思ってるから」
「姫ちゃん…」
「――だって、めちゃくちゃ頭良いのに乗る電車間違えてあたふたしちゃうとか、もう反則でしょ。――あの日は冷たくしちゃったけどさ、今考えると舞茸のそういうとこって、なんか舞茸らしくてホッとするんだよ」
「…」
「だから、あの日のことは今日で終わりね。――約束してくれる?」
「――うん///」
「…よし、じゃあまたあし…じゃなくて、夜も話す?」
「ううん。夜はゆっくり休んで。――自分勝手でごめんね。姫ちゃん」
「いえいえ、あたしは舞茸の親友ですから」
「私も、姫ちゃんと一生親友だよ♪」
「ふふーん。いいのかなぁー、一生親友で」
その時の舞茸ときたら、
「はぁー、舞茸必死すぎだろ。誰かと話してこんな笑ったの、ほんと久しぶりだわ」
「ねぇ、姫ちゃん」
「ん?」
「――愛してるからね」
しかしこうした"
「…姫ちゃん? もしもし?」
「…ん? なんか言った?」
「もぉ、惚けないで。…愛してるからね///」
嗚呼まったく以て驅け引きというやつは
…その当時、野球部のAは学級委員のBと付き合っていながら、実のところバスケ部きっての美女であるCに夢中だった。そこでAはバスケ部の男友達と
ともあれこんな血で血を
――まあそうは言っても舞茸は真面目だし、絶対浮気なんかするタイプの人間じゃないし、
「…あたしは、"あくまで親友として"舞茸を愛してるわ」
「――はい、姫ちゃんもう一回言って」
「やだよ」
「なんでー、録音したいのにー」
「やめなさい。まじで犯罪臭がするからやめなさい」
「姫ちゃんおねがい…」
「……なに、もう言っていいの?」
「うん」
「だから、"親友として"舞茸を愛してるから…これでいい?」
「…えへへ。――おやすみ。姫ちゃん」
「うん…じ、じゃあ、また明日ね」
「はーい」
通話を
――明日片瀬さんに食べられるかもしれないし、舞茸にもう一度告られるかもしれない。若しくは痺れを切らした舞茸に「姫ちゃん、ちょっと来て」と手を引かれ、私が席を立ったところで「私、もう我慢できない」なんて事態に発展して、この脣を…横手さんに捧げる筈だったファーストキスを、横手さんの真ん前で簒われるかもしれない…
そうなったら…どの本で
その後、私はこんな調子で机の横の本棚を十分迩く物色し、窮余の一策ならぬ窮余の一册を鞄に入れた。丁度隣にあったので、
「ふはぁーー」
勉強は後だ。取り敢えず寝よう。私は大欠伸を一つしてベッドに仆れ込んだ。大事件の当日なのだからもう少し慎重になっても良い筈なのだが、私ときたら性懲りも無く大の字になって寝落ちした。
午後五時半。私は夕陽の眩しさに起された。御行儀良く寝た記憶は一切ないが…目醒めると、私の躯はお母さんの香りがする
「――ママ。――ありがとう」
勉強机の上には、きちんと
*¹マスネ:歌劇『ウェルテル(Werther)』。
*²プッチーニ:歌劇『蝶々夫人(Madama Butterfly)』。
*³カミーユ・サン=サーンス(Charles Camille Saint-Saëns):フランスの作曲家、ピアニスト、オルガニスト、指揮者。著名な作品に『死の舞踏』『動物の謝肉祭(Le carnaval des animaux)』『交響曲第三番"オルガン付き"(avec orgue)』などがある。
*⁴サン=サーンス:『死の舞踏(Danse macabre)』 Op.40 R.171。
*⁵ヨハン・シュトラウス二世:『皇帝円舞曲(Kaiser-Walzer)』 Op.437。
*⁶『美しき青きドナウ(An der schönen, blauen Donau)』 Op.314。
*⁷『南国のばら(Rosen aus dem Süden)』 Op.388。
*⁸『加速度円舞曲(Accelerationen)』 Op.234。
*⁹『うわごと(Delirien)』 Op.212。
*¹⁰『人生を楽しめ(Freuet Euch des Lebens)』 Op.340。
*¹¹歌劇『こうもり(Die Fledermaus)』 序曲(Overture)。
*¹²ジュゼッペ・ヴェルディ(Giuseppe Fortunino Francesco Verdi)イタリアの作曲家。オペラ王と称され『椿姫(La traviata)』『アイーダ(La traviata)』『リゴレット(Rigoletto)』『オテロ(Otello)』『ファルスタッフ(Falstaff)』など、イタリア歌劇史の転換期を彩る名作歌劇を数多く生み出した。
*¹³ジャコモ・プッチーニ(Giacomo Antonio Domenico Michele Secondo Maria Puccini)イタリアの作曲家。ヴェルディのオペラに触発されオペラ作曲家を志し『マノン・レスコー(Manon Lescaut)』『ラ・ボエーム(La Bohème)』『蝶々夫人』『トスカ(Tosca)』『トゥーランドット(Turandot)』など、心情描写に富んだ名作歌劇を数多く世に送り出した。
玻璃のように舞う 喜多川慧華@碧床 @keika549945
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