第十夜 █会いて……

 その日、自分はがけから湖に水着にはだしという格好で飛び込んでいた。

 六泊七日の旅行に、自分を含めて女二人、男三人で行き、空港のようなところから何事もなく帰ってきたはずだった。しかし、そこから突然場面が切り替わり、右下に表示された「九日目」の下線付きテロップとともに、自分が一人山の中で、崖から湖に飛び込む場面になったのだ。

 ともかく、そうして湖に飛び込んだ自分は、その勢いがあまりにもすさまじかったことで、十数メートルはあると思われる湖の底まで一息にたどり着いてしまった。水圧による痛みや、水が目に入ることによる痛みがなかったので、余裕のあった自分は湖の中を見渡した。すると、湖の底に大きな古めかしいお屋敷が建っているのがやや遠くに見えた。

 それを一目見て、面白そうだと感じた自分は、そこに近づいていった。しかし、近づいていくうち、だんだんと息が苦しくなってきた。なんとなく、そこに入れば助かると感じていたので、急いで正面玄関であろう扉を開いた。

 瞬間、自分の身体はその中に周りの水ごと吸い込まれた。扉の内側にあったのは、水没した家具や内装などではなく、周りが土でできた管だったのだ。

 有無を言わさず吸い込まれた自分は、あまりの息の苦しさに、曲がりくねる管の中で意識を失ってしまった。


 ◇ ◇ ◇


 意識が再び浮上した時、自分は暗いところにいた。手探りでなんとか壁をたどり、明るいところへ出てみると、そこは下水道のような場所だった。

 下水道といっても、現実にあるような、薄暗く通路も狭いうえに異臭のするような場所ではない。どういう訳か、通路が二メートルほどもあるうえ、水路と通路は橋の欄干のような柵で分断されている。おまけに、その水路を流れる水は青色に光っており、臭いもないという、今考えればどうしてこれを下水道と認識したのか疑う場所であった。

 また、通路は土製でところどころ水のたまった部分があるうえ、あちこちで手のひらより大きなナメクジがいずり回っているという状態であったので、飛び込んだ時の服装のままであった自分は、嫌悪感からナメクジをなるべく踏まないように動いて通路を抜けた。

 結局、数匹のナメクジを踏みつけて白く得体の知れない液体を出させつつ、最終的にたどり着いたのは、端的たんてきに表すなら鳥居のある寺だった。

 いつの間にかTシャツ短パンに着替えていた自分は、その敷地の中央にある小さなお堂からコロリと転げ落ちながら出てきた。

 周りを見渡すと、基本的にかわら漆喰しつくいの白壁で囲まれていた。お堂からは四方に石畳が敷かれており、お堂が向いている方向と反対には、お寺の本堂のような建物が建っていた。お堂の両側には通用門のような門が開いた状態であった。そして、お堂が向いている方向には真っ赤な鳥居が立っていた。

 自分が鳥居をくぐると、眼下には風に揺れる草原をまっすぐ貫く長い階段と、はるか向こうに海が広がっていた。そのことは、自分にこの建物は非常に高い場所に建てられているであろうことを予想させるには十分なものであった。

 そして、階段を数段降りたところ、後ろから一人の人がやってきた。

 その人は非常に不思議な人物だった。巫女みこのような服をまとっており、白く長い髪を白い帯のような髪留めで一つ結びにくくっている、美麗な人物であった。そんな人がやってきたので、自分は、

「どうしたんですか?」

 と、その人に尋ねた。その人は空を見上げ、

「落ちてくる」

 とつぶやいた。言葉の意味がよくわからないまま、自分がその人とともに空を見上げると、飛行機が落ちてきた。

 飛行機は、まるで幼児のおもちゃのように、現実のそれに比べてはるかに太く短い形をしていた。片翼がもげ、「POLICE」と書かれていた白黒のツートンカラーのそれは海に不時着したようなので、自分はなぜかついてきた謎の人とともに不時着地点に向かった。


 ◇ ◇ ◇


 浜辺の近くであった不時着地点にたどり着いてみると、たくさんの警察官らしき人が飛行機から泳いで出てきていた。それを見ていた自分たちであったが、ある警察官の一言で事態の渦中に置かれることになった。

「ああっ、吸血鬼だ! 殺せ!」

 相変わらず自分の後ろにいた謎の人を指さして放たれたその言葉は、自分に少なくない衝撃を与えた。何が起きているのかわからず、その人の方を向くと──その人は突然、口からきばをのぞかせ、つめを伸ばしながら自分に襲い掛かってきた。自分は思わず、カウンターのように、相手の攻撃をかわしながらその腹をぶん殴った。その人は数メートルほど吹っ飛び、砂浜に倒れた。

 今だ、と思った自分はその人を避けて、警察からもその人からも離れるように逃げ出した。すると、警察とその人が両方とも自分を追ってくる。なぜか、ムカデ競争のように動きながら。

 いよいよもって訳がわからなくなった自分は、逃げに逃げ、逃げ続け──いつの間にか、目が覚めていた。

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フルーツワンダードリーム / フルーツ萬太郎 作 名古屋市立大学文藝部 @NCUbungei

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