第九夜 森下り、坂上る

 その日、自分は頭痛で小学校を休んだ。

 ベッドでうんうんうなることしかできない自分を見て、母親が学校に欠席の連絡を行った。そして、母親が仕事に出ていった直後、ズキズキと頭をむしばんでいたはずの痛みが嘘のように消え去った。

 やっぱり行こう、と思った自分は、着替える間も惜しんで寝間着にはだしのまま、庭に面する窓から家を飛び出した。

 当時家はゆるい坂の途中にあり、その坂の上に小学校があったはずなので、自分がそこにたどり着くのに時間はいらないし、迷うこともないはずだった。しかし、どこをどう歩いたのか、自分はいつの間にか樹海のような森林の中で、土むき出しのけもの道を歩いていた。

 木の根をまたぎ、あるいはくぐり、一度坂を下ったりもしながらも、大した不安もなく自分がたどり着いたところには大きな広場があった。

 その広場では、ショベルカーによる建物の取り壊しや、土地の造成らしき作業が行われていた。

 なんとなくその広場に近づいていくと、自分は老若男女入り混じった数十名ほどの集団と出会った。

 話を聞いてみると、彼らはこの場所にもともと居を構えていた村の住民だという。しかし、ある日突然、この場所から立ち退くよう工事業者に命令され、それにも構わず暮らしていたところ、今のように強制退去させられてしまったのだ、と。

 「なるほど、なるほど」と相槌あいづちを打つ自分に対し、そう話してくれた村長は、その話に続けてとんでもない提案を言い放った。

「そこでじゃ、わしらの都合がつくまで、おぬしにここにいる子供たちを引き取ってもらいたいのじゃが、よいかのう?」

 いやいやちょっと待ってくれ、自分にはそんなこと到底できないよ、と自分はその提案を拒否しようとしたが、村長はもちろんのこと、大人たちや、当事者である子供たちまでもが一切の反論をしようとしなかった。

 多くの視線にさらされ、多数決の原理に屈した自分は、重機の重苦しい音が響く中、非常に渋々ながらもその提案をむのだった。


 ◇ ◇ ◇


 そして結局、自分は十数人ほどの子供たちを連れて元来たけもの道を戻ることになった。

 ほとんどしゃべらない彼らに時折ときおり声をかけたり、気遣きづかったりしつつ、ようやく後少しで小学校のところに戻れるとなった時、そこで自分は目の前に道が二つあることに気づいた。

 片や、正面に向かって緩やかに下っていく道。片や、右に曲がって急激に上っていく道。ここまで来た道順を思い出すと、自分は行きと同様に、木の根を子供たちとまたいだりくぐったりして、この森に続いていた道を進んできた。しかし、一つだけ行きにはやったが帰りにはやっていないことがあった。

 それは、森の道を一度下ったことである。このため、帰りは逆にどこかで上らなければいけなかったのだった。

 なので、右にある道を子供たちとともに上ろうとしたのだが、彼らはそれを断った。なぜ? と聞いてみても、

「自分たちはその道ではなく、こちらに行きたいんです」

 というばかり。結局、意見の合わなかった子供たちと自分は別々の道を歩むことになった。

 自分が帰るために選んだとはいえ、足をおなかのところまで引き上げないとまともに登れないほどに急激な上り坂にひいひい言いながらも、その途中でふと下の森をのぞいてみる。

 そこには、米粒か豆粒ほどの小ささになった子供たちが、いまだに森を下っている姿があった。

 自分は彼らとは二度と会えないのだろうな、と思いつつも、ようやっとのことで坂を上りきると、そこには小学校の校舎があった。

 ようやく着いた、と一息いれていると、そこに誰かが走ってくる。

「あれ? おーい、こんなところで何してるんだ?」

 それは二名のクラスメイトだった。体操服姿の彼らは、どうも授業の一環でマラソンをしていたようで、寝間着姿で突っ立っていた自分に気づき、こちらにやってきたようだった。

 その後、校舎で私服に着替えた自分は、小学校の授業を受けているうちに、ふと目が覚めていた。

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