英雄からの手紙 / 福内 鬼外 作
緋櫻
英雄からの手紙
タッちゃんが、妙な声を上げた。タッちゃんは、ここに入って一と月が過ぎたばかりの新人職員である。皆がタッちゃんを見た。斉藤主任が野太い声で言った。
「タッちゃん、どうしたの?」
「いや、大したことじゃないんですけどね。太郎さんのところに手紙が届いたんですよ」
「へぇ~、太郎さんに手紙が届くのは珍しいね」
「でしょ。それに、この手紙、何か匂うんだよな~」
「臭いの?」
「違いますよ。怪しい、何か訳ありの匂いがするんです」
「怪しいって、何が怪しいのよ? 何が訳ありなんだい?」
「この手紙、多分、どこかの刑務所から出されたものだと思うんです」
「どうして そんなことがわかるの?」
「この出来合いの安物の封筒。差出人の「○○市 ▽▽町 字◇◇ 三四十番」の住所。それから差出人の名前の下に四桁の数字が書いてあるでしょ。これ囚人番号なんですよ」
「タッちゃん、いろんなこと知っているね」
「主任、良からぬことを考えていませんか。違いますよ。俺、興味があってネットで調べたんです」
「タッちゃんは、刑務所のこともよく知っているんだぁ」
「そんなことより 主任、この手紙を太郎さんに渡しますか?」
「そりゃぁ、渡すに決まっているさぁ」
「でも、太郎さん、速攻でこの手紙、食べちゃうと思いますよ」
職員の何人かは、タッちゃんの予想に同意した。小さな笑い声が漏れた。
「主任、手紙を開けてみましょうよ」
「太郎さん宛の手紙なんだから、そんなことはできないよ」
「太郎さんに渡しても、結局、食べちゃうだろうな」
「それでもいいから。タッちゃん、その手紙を太郎さんに渡してきて」
「は~い。主任様の仰せの通り」と言うと、タッちゃんは、手紙を指に挟んで、ヒラヒラさせながら太郎さんの部屋に持っていった。
「太郎さん、今日も元気かな。ちゃんと起きてる? 太郎さんに手紙が届いたんで、持ってきたよ。太郎さんのとこに手紙が届くの、初めてだよね。これ、手紙だからね。封を開けて読むんだよ。中の紙を食べちゃダメだよ。これ手紙だから、わかるかな。俺が読んであげようか」
私はとっさに、若造から手紙を奪い取った。若造は「ちぇっ」と舌打ちをして、眉をしかめた。こんな刹那に、奴は本性を見せるのである。奴は
封筒の文字は、覚えのある筆跡である。「あいつだな」と、すぐに分かった。「今更、何の用だ」。
「やつがれは命脈を保っておるぞ。貴公は、すでに鬼籍に入っておるやもしれない と思いながら、これを記している。この一書が届かなくとも、何ほどのことでもない。やつがれには、腐るほどの時間がある。小窓から差し込む光を眺めていると、我が身の来し方を思い惑う。『やつがれは、何を為すがために生を受けたのか』『我が身が生きた証は、何であったのか』を思うとき、
相変わらずである。あいつは、本題に入る前の前置きが長いのだ。
「貴公には、我が生い立ちを話したことがあったか。心許ない。それから始める。やつがれは、大桃の中に生を受けた。ゆらりゆらりと流れに身を任せていると、突如 一閃の光が差し込んで、この世の人となった。爺と婆は、『なんとか』と名を付けたが、そんなものは忘れてしまった。やつがれは『日本一』たるべき使命を持って成長したのである。英雄豪傑たる者は、その力を発揮するのが天命である。やつがれには、離れ小島に巣食う、『悪逆非道』と噂された鬼どもを退治して、『奪われた』とされる金銀財宝を奪還することが期待されたのである。爺と婆も、大衆の期待に応えるべく、キビ団子と『日本一』の旗を持たせた。やつがれは、大衆の波のような声援と万雷の拍手を受けて郷を出たのである。
途中で、イヌ、サル、キジに出会った。奴らに、『天下万民のため、大義を為すのに加勢されたい』と、誠を尽くして説いた。しかし、悲しいかな畜生どもには、高邁な正義などが通用するはずもない。奴らには、キビ団子こそが正義であったのだ。
船を借りて、鬼が島に向かう。夜陰にまぎれて島に上陸する。鬼の
金銀財宝を船一杯に積んで、郷に帰った。畜生どもが、途中で財宝をくすねたのは言うまでもない。郷では、英雄の凱旋を歓迎するため、大衆は沿道に溢れて歓呼で迎えた。ところが、金銀財宝が一抱えほどの量であることを知ると、一挙に潮が引いた。罵声が飛び、四方から小石が投げつけられた」
ここまでの、彼の英雄譚ならば、私は承知していた。しかし、その後の彼の消息は知らない。
「大衆は、実に我が儘で 気まぐれなものである。英雄であったはずのやつがれに、激しい誹謗中傷の嵐が起こった。『奴は、財宝を独り占めしている。膨大な財宝を、どこかに隠しているに違いない』『奴は、鬼さんの財宝を強奪した盗人である』『奴は、無抵抗な鬼さんを かわいそうに、女・子どもの見境なく殺戮した』『奴は、冷血な大量殺人犯である』と、こんな具合である。このような誹謗中傷の大波に流されて警察が動いた。警察の取り調べを受け、起訴されて、やつがれは法廷に立つことになったのである。罰条は『強盗殺人罪』『傷害罪』『盗品等保管罪』『住居侵入罪』など、ほかにもたくさんあったと思うが、よく覚えていない。やつがれは、当然『無実』を主張した。これは正義の戦い、ジハードである。ところが検察は、法廷に有力な証人を出してきた。イヌ、サル、キジである。あの畜生どもは、口を揃えて証言した。『鬼が島の襲撃は、あの男が主導しました。あいつが主犯です。私はキビ団子でそそのかされ、あの男の命令に従っただけです。宝物は、あの男がどこかに隠したのだと思います。私には、宝物の価値などわかりません』。裁判の最終局面で、生き残った小鬼が涙ながらに襲撃の様子を語れば、これはもう決定的である。私は『有罪』の判決を受けた。情状酌量の末の『終身懲役』である。大審院まで上告したが無駄である。世間の同情が小鬼に寄せられれば『再審請求』の話など、出ようはずもない。かわいそうな小鬼ちゃんのために 莫大な義援金が集まった。常に 大衆は『正義の味方』なのである。
独居房に座すやつがれが思うのは、『正義は どこにあるのか』と言う問である。大衆は『正義』に熱狂したではないか。『正義のために生きる』。これが、やつがれの人生であった。こんな結末を迎えても、『己の成したことには意味がある』と思えるのであれば、かくのような繰り言を述べたりはしない。ところが、目の前にある現実は、『生きてきた意味』を根こそぎに覆すものである。人ならぬ身であるやつがれには世の終わりがない。腐ったような時間が、永劫に続くのである。この空しい心の内を、貴公に伝えたいと思い、一書を認めた次第である」
あいつの長い手紙も、最後の一枚が手に残った。
「『自分の人生は何であったのか。玉手箱を開けたら、どうして白い煙の仕打ちを受けることになったのか』と嘆く貴公の言葉を思い出したのである。今 やつがれは、『白い煙は最高の贈り物ではないか』と思う。『老』と『死』は、人に与えられた特権であると思い至ったやつがれは、貴公が 誠に羨ましい」
長い手紙は、これで終りである。
厄介なのは、この手紙を若造の目の前で食べなければならないことである。痴呆を演ずる私は、手紙を細かく裂いた。
英雄からの手紙 / 福内 鬼外 作 緋櫻 @NCUbungei
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