「ひとりで出発は寂しいから」


 昔、苦々しい経験をしたことがある。

 なので今回はその時の反省を活かし、きちんと手を打っておいた――


 飛行機の時間が迫っていた。

 これからその少女は別の国へ留学をするのだ。彼女の周りには見送ってくれる友人が数人いて……名残惜しそうにしながらも、「また連絡してね」と出発前、最後の言葉を交わしている。


 次、いつ会えるか分からないのだから、もっと引き留めてくれてもいいのだけど(結果、それで出発自体がなかったことになるわけではないが、熱量は欲しいのだ)……そこまでする友人はいなかった。


 友達だけど、悩みを打ち明けたりもしたけど、そこまで親しい間柄ではない。

 こうして見送りにきてくれる、くらいだ。それでも充分に嬉しいし、ちゃんと友達だけど、でも……物足りないと言えばそうだ。贅沢な悩みだけれど……。


「そろそろ出発しないと、ね……」


 時間が迫っていた。

 少女がキャリーケースを引いて飛行機へ向かおうと踵を返した時――、


「待てっっ!!」


 響き渡る声があった。

 同年代の男が、彼女を引き留めた――


「留学するの、今からでもやめられないのか!?」


 無茶なことを言っている。だが、必死になっている彼は、そんな常識など知らないとばかりに彼女の手を強く掴んだ。

 いかせない――と。

 これで彼女が留学をやめた場合の責任を、彼が取れるわけでもないのに……。


「うん……いくよ。もう止められない。わたしが選んだことだし……」

「……それがお前の、本当にやりたいことなのか……?」


「そうよ。だから、ごめん。

 引き留めてくれる気持ちは嬉しいけど、わたしは残れない……ごめんね……」


「いや、俺の方こそ、無茶なことを言って、ごめん……」


 歯噛みし、拳を握り締める男は、引き留めたい気持ちを押し殺して堪えている。

 その様子に、少女は嬉しそうに、はにかんだ。


「ありがとう。その気持ち、受け取っておくよ……」


 ごろごろ、とキャリーケースを引きながら、少女が飛行機に乗り込んだ。振り返れば、友人と、『赤の他人』が並んでいて…………最後に手を振って、少女が指定席に座った。


「……ふう、ちゃんと仕事をしてくれたみたいで、良かった良かった――」


 少女を引き留めた男は、依頼した「引き留め屋」だ……そんな名前だったっけ? と少女は曖昧な記憶を探ってみるが、答えは「なんでも屋」だった。

 なんでもやってくれるなら、とお願いしたのが、飛行機に乗る前にドラマみたいに引き留めてくれ、だ……。これをすることで、自分は「引き留められる大切な存在なのだ」と周りに示すことができる。

 誰にも引き留められずに見送られることは、なんだか恥ずかしくて……、全然まったくそんなことはないのだけど、これはただの、彼女の思い込みで、被害妄想だ。

 引き留められない人の方が多いのだから……彼女が珍しいだけである。


 それでも……やって良かったと思えた。


 たとえ仕込みであっても、気持ち良く出発できる。



「あ、日本に帰ってくる時どうしよう……、現地にそういう仕事を請け負ってくれる人、いるのかな……?」


 見栄を張りたいのだ。

 いや、これが見栄になるのかは分からないけれど……。


 少なくとも、寂しい人間とは思われない。

 …………ただ。


「仕込んでいる時点で、寂しい人間だなって、自分では思っちゃうけど……」


 全てを知っているがゆえに、マイナスイメージが膨らむ。


 思っているのは自分だけなのだけど……それが逆に、ダメージを大きくしている気もして……なにがしたかったのか、見失いそうだった。



 やがて、離陸する。


 新しい土地に降りる前に、モヤモヤが晴れていればいいけれど。



 …了

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