「美人?好みじゃないね」


 絶世の美女がいた。

 彼女はその容姿で数多の男を操ってきた。彼女が笑えば、甘い声でお願いをすれば、言うことを聞かない男はいなかった――彼女はこれまで、全てを思い通りに動かしてこれたのだ。


 ――美女に勝るものはないわね。


 性欲に勝るものはないとも言える。


 身構え、警戒している男も、彼女が一肌脱げばその警戒は脆く崩れ去る。

 さっきまでの威勢は消え、なんでも言うことを聞く操り人形だ。

 そして、まるで麻薬のように次を求めてくる。中毒者――彼女の駒がどんどん増えていく。


 一度も、失敗をしたことがない。

 どころか、困ったこともなかった。


 とんとん拍子に成功していく人生は、楽しくて仕方がなかった。

 そんな彼女に初めて――脱いでも迫っても一向になびく気配がない男との出会いがあった。……苛立った。どうして絶世の美女である私に夢中にならないのか、もしかして心に決めた相手がいるのかと思えば、彼は独り身だった――

 彼女の誘惑を断る理由なんてなかったのだ。なのに、どうして……? 本気で分からなかった彼女は、もっと最初に知るべきだった当然のことを見落としていた。


 美女だからと言って全員が夢中になるわけではない。


 多数が支持したからと言って、全員が支持をするわけではないのだ……必ず、少数であろうとも嫌う層はいる。

 彼女の場合はその『アンチ』が少ないだけで……だが、確実にいるのだ。

 テキトーに男を選んでも当たる可能性が低い相手を、今回はたまたま拾ってきてしまっただけで…………、彼女が美女でなければもっと早く当たっていた存在だ。


 つまり、その男にとって彼女は、美女と認めてはいても好みではなかった――だ。


 綺麗だと思っても自分のものしたいとは思わないように。

 男だって選ぶ権利がある。


「悪いけど……好みじゃない女性に迫られても嫌な気持ちになるだけだよ。これ以上はあなたの品位を下げるだけだから…………諦めた方がいいと思うけど……」


「……嫌です」


 だが、彼女は諦めなかった。

 意地――ではなかった。彼女は笑っていたのだ。これまでいなかった、彼女が近づけばそれだけで落ちる男ではない存在。

 イージーモードに飽きてきたところだった。

 刺激が少ない彼女が求めたのは、美人の自分を嫌う相手だ。

 アンチをファンに変えることに、面白さを見出している……。


 苦労しないで手に入れたものは、やはり雑に扱ってしまうものだ。だけど……人一倍、苦労して手に入れたものは、愛着が湧く。

「好みではない」と言っただけの男を、彼女は既に愛おしくなっているのだから。

 彼をどう落とすのか、それだけしか頭になかった。

 ……ようするに、反抗的な男に惚れてしまっている……。


「好意を寄せてくれている人を囲い込むのは簡単で退屈ですが……あなたのようなアンチを取り込むことは難しいです……だからこそ、こっちも夢中になれる」


 試行錯誤がしたかった。


 絶世の美女にしか分からない悩みがあったのだ。


 なんでも手に入れた者は、なにも手に入らないもどかしい感覚を知らない。


 それはそれで、不幸な存在とも言えるのではないか?



 …了

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