第47話 完結
そうか──始まりもここだったな。
二人しかいない屋上で、俺は初めて桃乃と会った時のことをふと思い出した。
もし、最初に会った人物が桃乃でなければ俺はどうなっていたのだろう。
きっと、右も左も分からず、元の世界に戻れることはなかっただろうな。
人と関わることを避けていた俺に最初に踏み込んでくれたのが桃乃じゃなかったら、俺は同じように他の人の心に踏み込もうと思えたのだろうか。
自分が辛いのを隠して人の心配をするようなお人好しは、桃乃以外に浮かばない。
事件の調査を諦めずに続けて来られたのは、元の世界に戻りたいという一心があったからではない。
一緒に向き合い続けてくれる桃乃の存在があったからだ。
思えば俺がこの二週間、一度も孤独を感じなかったのは──
元の世界に戻る今になって、寂しいという感情を覚えるのは──
「……掛橋くん?」
何か余計な言葉を口にすれば、泣いてしまいそうだった。
だから、何も言わずに戻るつもりだった。
そんなことはもうどうでもいい。
お別れを言わないのは、また次があるからだ。
でも、俺達に次はない。
だったら、きちんと言葉にしておきたい。
「桃乃に出会えて良かったよ」
この世界で最初に出来た友達に、俺は最後の言葉をかける。
「今までありがとう。じゃあな」
桃乃が掴んでいた腕は消え、徐々に視界がぼやけてくる。
「私こそありがとう……! 掛橋くんがいなかったら私は何も出来なかった!」
声が出せなくなり、頷いて桃乃に応える。
「元気でね、掛橋くん」
エピローグ
目を開けると、俺は屋上にいた。
数秒前まで言葉を交わしていた桃乃は、もういない。
本当に戻ったんだな、と澄み渡る青空を見上げながら息をつく。
十五日間、俺はこの世界を離れていた。
目立たない俺でも、流石にそこそこの騒動にはなっているはずだ。
姿を現せば、根掘り葉掘り理由を聞かれるだろう。
魔法世界に行ってました、と正直に話しても信じては貰えないよな。
何か別の良い方法はないだろうか。
今後の自らの去就に頭を悩ませていると、屋上の扉が開く音がした。
「ごめんなさい。少し遅れてしまいました」
俺と同じ制服を着た、この世界の桃乃が、小走りでこちらへ近付いてくる。
「掛橋くんと話すのは初めてですよね? 話っていうのは何ですか?」
状況が理解出来ずに、俺はそのまま立ち尽くす。
「大丈夫ですか?」
「待ってくれ。今日は……何月何日だ?」
「え? 五月十四日の日曜日ですけど……」
遅れて理解する。
どうやら俺がいなくなっている間、この世界の時間は止まっていたらしい。
俺が戻ってこなかったら、この世界はどうなっていたのだろうか。
永遠に時間が止まったままだったのか、俺の存在だけが消えて時間が進み始めたのか、その答えを調べる方法も、聞けるような人物もいない。
「それって、過去か未来から来た人の設定ですか?」
俺が黙っていると、目の前にいる桃乃は、微笑みながら冗談を口にした。
「もしそうなら、先に西暦を聞くだろうな」
「あ、確かに」
桃乃は、ふふふと笑いながらそのまま続ける。
「すみません、話が逸れちゃいました。私に何か話があるんですよね?」
魔法世界に行った時から時間が経過していないなら、桃乃がここへ来たのは、俺が呼び出していたからだ。
胸ポケットに入れていた、電源切れのスマホに視線を落とす。
俺は風野宮から課された罰ゲームとして、桃乃に嘘の告白をするつもりだった。
そんなことをすれば、桃乃との関係はその時点で終わる。
気乗りこそしなかったが、魔法世界へ行く前の俺は別にいいと思っていた。
この学校で人と積極的に関わるつもりがなかったから。
積み上げたものがいつか崩れるなら、何も始めなければいいと思い込んでいたから。
俺は言葉を探しながら、桃乃と目を合わせる。
目の前の桃乃は、俺が時間を共有してきた桃乃とは別人だ。
──どんな人なんだろうか。
桃乃だけじゃない。
俺が今まで遠ざけてきた人達は何を考え、何を思っていたのだろうか。
知りたい。
距離を縮めて、新たな関係を作り出せば、新たな問題が生まれることもあるだろう。
だが、躊躇はもうしない。
信頼が崩れた時、関係が途切れた時、想いが歪んだ時。
元に戻る始まりは、お互いの心を知ることにある。
一歩踏み込んできてくれた桃乃のおかげで、そう気付くことが出来た。
「掛橋くん?」
だったら始めてみよう。
「良かったら、俺と友達になってくれませんか?」
自分の世界を広げられるのは、自分だけなのだから。
ミステリーの始まりは彼女の転生魔法 悠作 @sakusaku2023
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