第46話
※※※
新飼と今田が去った屋上に一人で残る。
扉が閉まる直前まで今田は泣き喚くように、声にならない声を出していた。
この世界の俺に向けられた感情を、受け止めることは出来ず、俺は最後まで余計な言葉をかけることはしなかった。
最後に新飼が耳打ちしてきた言葉、
『あなたを政府で保護する必要がなくなりました。早く元の世界に戻って下さい』
新飼は今田がリボンから取り出した魔法紙がレプリカだと分かっていたのかもしれない。
解除期限である十五日目の今日、新飼が政府に戻る予定だったのは、やはり転生者の俺の処遇を持ち帰るためだったようだ。
俺が今田に話した内容は全て新飼に聞かれていたが、証拠がない以上俺をここで転生者として捕らえることは出来ない。
それを踏まえての行動だったが、利害関係が一致していた新飼をそこまで警戒する必要は最初からなかったのかもしれない。
俺が戻った後、桃乃がレプリカと本物をすり替える時も協力してくれるだろう。
扉の開く音が聞こえ、俺は視線をやる。
「怪我はない?」
こちらへ駆け寄ってきた桃乃はすぐに俺の身体を心配した。
「大丈夫だ。危ない場面はあったけどな」
俺は羽織っていたローブを脱いで、桃乃に手渡し、代わりに自分の学校のジャケットを受け取る。
「そっか……よかった。連れて行かれる愛亜李ちゃんを見たけど、何を話したの?」
屋上の階段付近で二人が降りてくるのを待っていた桃乃は、泣いていた今田を見て疑問に思ったのだろう。
この世界の俺のフリをすることや、新飼と協力することは桃乃に伝えていたが、今田と話す内容までは教えていなかった。
「今田が犯人と思われる理由を直接伝えただけだ」
「じゃあ、愛亜李ちゃんが魔法紙を取り返そうとした理由は分からなかったんだね……」
「そうだな。それは今田にしか分からない」
「……そうだよね」
「事件はもう終わったんだ。これ以上、桃乃が頭を悩ませることはない」
桃乃は頷き、こぼすように言葉を吐いた。
「本当に終わったんだね」
今田の動機の根本にあったのは、この世界の俺の存在だったが、きっかけとなったのは桃乃の存在だった。
それを桃乃に伝えても余計な罪悪感を与えてしまうだけだ。
それに、そこにはこの世界の俺の感情の含まれている。
「桃乃は花に詳しいか?」
「花?」
「前、俺に魔草花の魔法効果を教えてくれたことがあっただろ?」
「本で読んだ知識ぐらいしかないけど……どうして?」
「ガーベラの花言葉を教えて欲しいんだ」
「花言葉……ガーベラは色によって意味が違ってくるよ」
「色は桃乃の髪色と同じような淡いピンク色だ」
桃乃は少しだけ頭を捻り、思い出したように口を開く。
「確か──愛、感謝だったかな」
「……そういう意味だったんだな」
俺が今田の動機を推測することが出来たのは、この世界の俺の部屋からガーベラが消えていたからだ。魔法紙を取り返すことだけが目的なら、ガーベラを持ち去る必要はない。
部屋を訪れた今田は、ガーベラの色を見て桃乃へのプレゼントだとすぐに気付いた、若しくは自身へのプレゼントと勘違いした時に、この世界の俺から桃乃へのプレゼントだと告げられたのかもしれない。
いずれにしろ今田は、この世界の俺の気持ちを知って、転生魔法を発動するに至ったのだろう。だからこそ、魔法紙と一緒にガーベラを奪った。
「何で今、ガーベラの花言葉を聞いたの?」
今田が花言葉を知っていたのかは分からない。
あくまで俺の推測だが、この世界の俺がプレゼントに込めたのは『愛』ではなく『感謝』の気持ちだったのではないだろうか。
俺は誤魔化すように口を開く。
「ただの雑談だ。もう事件の話はしなくていいからな」
桃乃は不思議そうな顔で俺を見たが、すぐに柔らかい笑顔を作った。
「そうだね。友達なのに、友達らしい雑談はあまりしてこなかった」
意図せずに言ったが、確かに俺達は事件の話ばかりをしてきた。
何も気にせずに肩の力を抜いて話せるのは今が初めてだ。
じゃあ、と言い桃乃は口を開いた。
「ここの食堂で食べたご飯は何が一番美味しかった?」
「ご飯?」
「う、うん」
桃乃は笑いが漏れたような相槌を打つ。
「どうしたんだ?」
「ごめん。ちょっと、思い出し笑いしちゃって」
「思い出し笑い……」
「じゃあ問題ね。何で笑っているか当ててみて」
ほとんど毎日桃乃と一緒に昼ご飯を食べていたが、思い出して笑えてくるような出来事は特になかったような気がする。
むしろ苦行というか──まさか、
「いつも俺が食堂の外れメニューを食べていたから?」
「お! 正解」
ローブを抱えていない方の手で、桃乃は小さな丸を作った。
「気付いてたのか……。バレないように、頑張ってもくもくと食べていたのに」
「バレバレだよ。だって、いつも涙目になりながら食べてるんだもん。何度背中をさすってあげようと思ったことか」
残してはいけない学校の給食ならともかく、自分で注文した料理を女子に励ましてもらいながら食べる。
想像してみると意味の分からない構図だ。
「何でその時に言わないんだよ」
「何度か聞いたよ。『私のご飯半分食べる?』って。どうして断ったの?」
「そこでご飯を分けてもらったら、自分に負けた気がするからだ」
「そっか、あれは自分との勝負だったんだね」
「いや、そんな大層なものでは……」
くすくす笑う桃乃を見て、恥ずかしいような、むず痒いような気持ちになり目を逸らす。
「でも、嬉しいな」
「掛橋くんのフードファイトが胸に響いた、とか言うなよ」
「ふふ、違うよ。初日はおにぎりしか食べようとしなかったのに、次の日からはこの世界の料理ばかり食べてくれてたから、掛橋くんなりにこの世界のことを知ろうとしてくれているのかな、って思ったんだ」
桃乃が言うように俺は初日を除いて、全て聞いたことのない料理を食べた。
あまり意識はしていなかったが、その行動の理由を考えてみる。
「……旅行に行ったら、そこの名産を食べるだろ? それと同じで、せっかく別の世界に来たなら、この世界でしか食べられない物を食べようと思ったのかもしれない」
「うん。それが嬉しいの」
「振り返ってみると、初日に桃乃がくれたスコーパオンっていうパンみたいな虫が一番美味しかったな」
「あ、私買ってこようか? お土産も何にもないし」
「いいよ。実際、旅行に来たわけじゃないし」
「そっか……」
会話が途切れたタイミングで、俺は持っていたジャケットを羽織った。
ジャケットの下のシャツ、パンツも俺の学校の制服だが、錯視魔法によって、この学校の制服に模様が変えられている。
このまま戻っても、俺のいた学校の人間には普通の制服に見ているはずだ。
「この学校で受けた授業の中で一番覚えてるのは?」
先程とは違い、桃乃は真面目な顔で質問する。
「魔法生物学だな。ペガサスやユニコーンと触れ合ったり、森の中を駆け抜けるのは楽しかった」
「魔法生物学は私も好き。掛橋くんはユニコーンにしか乗ってないよね? ペガサスにも乗ってほしかったな。箒でもそうだけど、空を飛ぶのってすごく爽快感があるんだよ」
「空か……確かに気持ち良さそうだ。また──」
機会があれば、と言おうとしてやめた。
これから先の人生で俺には無数の選択肢がある。
だが、この世界に来て箒で空を飛んだり、こうやって桃乃と話す選択肢はきっともうないのだろう。
「この世界に来て、大変なこと、辛かったことがほとんどだったと思うけど、今話したことが、掛橋くんの楽しかった思い出の一つになってたらいいな」
桃乃は自分のローブのポケットから転生魔法の魔法紙を取り出した。
「じゃないと、思い出すのが嫌になっていつか忘れてしまうのかなって……」
「食堂の味も、魔法の授業も忘れたくても忘れられるわけがない」
俺は桃乃から魔法紙を受け取り、血を垂らすためにペティナイフを拾う。
今の話で、桃乃に伝えていないことを思い出した。
「俺が渡したローブのポケットの中に手紙が入ってるんだが、それをこの世界の俺に渡しておいてくれないか?」
「手紙?」
桃乃の目を見て、俺は続ける。
「俺の二週間の行動を簡単にまとめておいたんだ。この学校内で、俺には新たな人間関係が出来た。この世界の俺が戻った時、そこの関係値が元に戻ってしまうのは俺としても寂しい気がするからな」
「分かった。ちゃんと渡しておくね」
「頼んだ。……それじゃそろそろ戻るよ」
「うん」
桃乃は伏し目がちに言葉を返した。
俺は持っていたペティナイフで自分の指先を切る。
出た血をそのまま魔法紙に数滴だけ垂らすと、魔法紙からは白い閃光が放たれ、俺の全身を包んだかと思うと瞬く間に消えた。
「──やっぱり待って!」
桃乃が俺の腕を掴む。
見ると、自分の指先から徐々に体の消失が始まろうとしていた。
「まだ伝えられてない……!」
揺れる瞳から、かける言葉を探しているのが伝わってくる。
この世界に来た時は屋上で気を失っただけだったが、体が消えていくのを見ると本当に転生魔法でこの世界に来たのだと実感する。
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