第45話

 二十時過ぎ。

 外は暗くなり、出歩いている生徒は誰もいない。

 今田が教員寮から出て行くところを建物脇から確認し、俺は入れ替わるようにして中へ入った。

 新飼は教員寮の空き部屋を使っている。

 リュクスに錯視魔法をかけ直した後、新飼の部屋へ俺の報告をしに行くのが今田の毎日の流れのようだ。

 俺は新飼の部屋の扉を三回ノックする。


「どなたですか?」

「遅くにすみません、掛橋渉です。新飼さんに聞きたいことがありまして」


 扉が開くと髪を下ろした新飼が立っていた。

 今田と会っていたからか、部屋の中でもいつもと同じ白いローブを羽織っている。


「どうしますか? 中へ入りますか?」


 新飼は俺の訪問に驚いた様子もなく、落ち着き払った声で話す。


「いえ、ここで大丈夫です」

「分かりました。それで聞きたいことというのは?」


 扉を閉め、玄関で向かい合ったまま話を切り出す。


「数分前、ここへ今田が来ていませんでしたか?」

「はい。今日の魔法生物棟の清掃に、あなたが来ていなかった、と報告を受けましたよ」

「毎日会っているんですか?」

「あなたに関する情報を毎日報告する、それは私が頼んだ仕事ですから」


 新飼は隠すことなく、そのまま続ける。


「もっとも、事件を解決する手助けがしたいと言い出したのは今田さんですが」

「ありがとうございます。新飼さんはまだ僕のことを転生者だと考えているんですね」

「それがどうかしましたか?」

「魔法紙を盗んだ犯人を教える代わりに、新飼さんが考えていることを教えてくれませんか?」


 目を見張った新飼は、今までの返事のテンポより少し遅れて口を開いた。


「私の考えを知って、どうするんですか?」

「単刀直入に言います。僕と一緒に犯人を捕まえて欲しいんです」


 新飼は少しの間だけ黙り、再び口を開く。


「確かに私達の利害が一致すれば、それは可能かもしれませんね。分かりました。どちらにしろ私が政府に戻る前に、あなたとは直接話をする予定だったので」


 俺の言う犯人が確かな情報なのか、どうやって犯人へと辿り着いたのか、それを先に尋ねても意味がないことを分かっているからか、新飼は腕を組んですぐに話し始めた。


「私は赴任した初日に前生徒会長である早稲田さんに話を聞き、あなたが魔法紙を犯人から取り返していたことを知りました。記憶喪失になったタイミングは最初から疑問に感じていたので、そこであなたが転生者である可能性を考えたんです。なので、私の元を自ら訪れた今田さんに情報を集めてもらうよう、お願いしました。しかし彼女からは、あなたの学校生活を聞くだけで有益な情報は全くなかった」


 今田の立場から考えれば、俺が転生者だとバレるわけにはいかなかったのだろう。だから有益な情報は渡さず、新飼の動向を把握しようとした。


「私自身の調査の中で、あなたと桃乃さんが二人で、記憶を取り戻すために事件周りを調べていることを知りました。その時、私は二つの可能性を考えました。一つは『事件を解決するために転生者として魔法紙を探している』、二つ目は『魔法紙を取り返した掛橋渉が記憶喪失を装い、何か別の事件を画策している』。本当に記憶喪失なら原因は箒から落ちたと分かっているはずです。なので、転生者でないなら、その可能性があると考えました。図書館での一件は、その二つのどちらであるかを確認するためだったんです。あなたが後者だったなら、風野宮くんが魔法紙を盗んだ犯人として捕まるところを止めはしなかったでしょう。あの魔法紙が偽物だとすぐに分かり、犯人を捕まえる必要があったからこそ、あなたは彼を庇った。あなたを転生者だと九割方確信したのは、その時です」

「僕が本当に転生者だとしたら、どういった処遇を受けますか?」

「あなた──いえ、桃乃さんは禁術魔法を発動した生徒会長が死罪になることを恐れているんですね。私は未来ある学生が死ぬことななんて望んでいないですよ」


 その言葉の真意は分からないが、それを深堀りしたところで話は並行線だろう。俺が新飼の意図を探っているように、新飼も俺の意図を先読みしようとしているはずだ。

 だが知りたかったことは確認出来た。


「分かりました。では最後に聞かせて下さい。新飼さんが犯人として疑っているのは今田愛亜李ですか?」

「そう思う理由は何でしょう?」


 今田からは有益な情報が得られなかった。

 だから新飼は琴羽を使い、俺が転生者かどうかを図書館で確かめた。

 今田の役目はもう終了しているはずだ。

 だが、新飼は今田との接触を続けている。

 それは転生者である俺に積極的に関わろうとする今田を逆に調べていたからだろう。

 その理由を伏せて、俺は答える。


「僕が考えている犯人が今田だからです」

「そうですか」


 新飼は即座に相槌を打ったが、若干の驚きが声色に含まれていた。

 同じように今田を疑っているなら話が早い。

 新飼は俺の話に興味を示す。


「彼女が犯人だと思う理由を教えて下さい」


 俺は新飼に背を向け、扉に手をかける。


「明日の放課後、僕が今田を屋上に呼び出します。僕達が移動したら、新飼さんは屋上の扉の前で待機していて下さい。理由はそこで分かるはずです」

「なるほど。そういうことですね」


 新飼は俺の意図を汲んだのか、それ以上何も聞いてくることはなかった。

 俺は部屋を出て寮へと向かう。

 ふと、桃乃と夜道を散歩した時のことを思い出す。


「ここでの生活は今日で終わりだな」


 当初の目的通り、俺達は魔法紙を取り返すことは出来た。

 今すぐ元の世界に戻ることは出来る。

 だが、それではまた別の方法で同じようなことが繰り返されるかもしれない。

 今田の動機から考えれば、この世界の俺だけではなく、いつか桃乃に危害が及ぶ可能性だって考えられる。

 俺がこの世界に来た意味を見出すのなら、それはこの事件を完全に終わらせるためだったんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る