TRPG箱庭書架庫【ソロジャーナル】獣人との出会い
アトモス歴806年 G/25 担当者:スイコウ
【来訪】青年に見える獣人 傷を負っている/傷跡がある
【ヒアリング】古ぼけた 指南書 誰かの手書き
【対価】その本との最後の記憶 嬉しい思い出、思い入れ
【エンディング】
今日何度目かの爆音、窓の外に稲光に似た光が走ると、足元からは微かな揺れが響いてくる。
足元を照らすだけの微かな照明に映し出されるのは、多くの軍用ケースが積まれた小さな書架庫。
書架というほど立派なものではなく、雑多に箱が積まれているようなその場所に、ドアから飛び込むようにして入ってきた一人の獣人の姿があった。
「いらっしゃい、何か御用で?」
私はその獣人に声をかける。
「おい、何を呑気にしてやがる!死にたいのか!」
大きな狼の姿をしたその獣人は左腕を押さえながら、ドアを蹴り閉めると、手に持っていた拳銃をドアの方へと向ける。
「何をそんなに慌てていらっしゃるので?」
私はそう話すと、椅子代わりに座っていた軍用ケースから腰を上げると、近くの箱から救急セットを取り出し、獣人に近づいていく。
彼は左腕に怪我をしているようだ。
銃で撃たれたのだろうか。
血が今も流れ続けている。
「何って、戦争の真っ只中だろう!」
そう叫ぶように声を上げる獣人に、私は肩を竦めると「そうでしたかね、まぁ私には関係のないことです」と話し、救急セットの箱を開け、ガーゼと包帯を手にとる。
「それよりも、腕を見せてくださいな」
私が治療しようとしているのが分かったのか、獣人は何か言いたげであったものの、素直に傷口を見せる。
「痛いでしょうが、我慢してくださいな。まぁ、兵士さんなら大丈夫でしょうが」
私はそういうと、傷口を押さえ、包帯で縛る。
低い声で呻く、獣人。
「はい、おしまい」
私は処置をさっさと終えると、救急セットを手に元々座っていた箱に再度、腰かけた。
獣人は先ほどまで、鬼気迫るような迫力があったが、今は気勢が削がれたのか、少しだけ落ち着いていた。
「あんた、ここで何をしている」
そう言いながらも、獣人は目だけで周囲を観察していた。
「ここは、箱庭書架庫っていう場所でしてね。ここに来た人にとっての探し人、いや探し本というべきかな。それを見つける手伝いをしているんです。兵士さんも何かお探しの本があるのでは?」
その言葉に、獣人は胡散臭そうに鼻を鳴らした。
「じゃあ、マックエルじいさんが書いた本はここにあるか?」
何かしら探しているものがあったらしい。
「マックエルさんの本、ええ確かにありますが、同名の人物のものかもしれません、どのような内容が書いてある本かお聞きしても?」
獣人は「そうだな」と少し、記憶を探るように上を向き、「戦闘に関する理論や戦術をまとめた本だ。モノか何かの皮表紙がついているはずだ」
私は頷いた。
「ええ、ありますよ」
そういうと、私の右隣にあった箱の中から一冊の本を取り出して見せた。
「これが、マックエルさんの本です」
私は足元の箱から懐中電灯を取り出すと、スイッチを入れ、本と一緒に獣人に渡す。
それを怪しいものでも見るかのように、無言で受け取った獣人。
懐中電灯で本を照らし、中を見た獣人の目がどんどん見開かれていく。
「あんた、どうしてこれを!」
私は微笑む。
「探し本が見つかったようでなによりです」
怪我に触らないよう、右腕だけで何とかページをめくっていく獣人の姿を見て、私は声をかける。
「その本には何か思い出があるのですか?」
私のその言葉に、獣人は本を読む手を止め、顔を上げた。
本を手にして、感傷に浸っているのか、獣人は最初はぽつりぽつりと話し始めた。
「この本は、マックエルじいさん、俺の育ての親の本なんだ。じいさんは昔、俺と同じく兵士だったらしくて、兵士時代に書いた戦闘の記録をまとめていたらしくてな。戦争での戦いや辛かったこと、その体験が全てこの本にまとまっている。まだガキだった頃、じいさんに話して聞かせて貰ったことを覚えている。昔は、まあ今でもだが、本なんてあまり読まないし、このじいさんがそんなに凄いことをする訳ないって、半分作り話だろうって聞いていたんだ。でも、あの頃は話して聞かせて貰ったことが、嬉しくてな」
最後に、どこか懐かしむような笑みを浮かべつつ、獣人は本を閉じる。
「今だから分かるのは、それは、本当の体験だったということだな。そして、今のこの状況でこの本と出会えたのは、本当に奇跡に近いってことだ。ありがとな」
そう言って、獣人は私に本と懐中電灯を差し出してくる。
私は懐中電灯のみを手に取った。
「その本は差し上げます」
私の言葉に、獣人は驚いた様子で、差し出していた手を止める。
「いいのか?」
「ええ、もちろん。すでに対価はいただいていますので」
私の言葉に、獣人は首を傾げながらも、「そうか」と言って本を軍用のジャケットのポケット、マガジンが入っていた場所にねじ込む。
窓の外、先ほどまで激しく光っていた空、揺れていた大地は静けさを取り戻していた。
「そろそろ行く。ありがとな」
獣人は扉の取っ手に手をかけると、扉の外の様子に気を配りつつ、一気に扉を開け、外に飛び出していった。
「いえいえ」
私は開け放たれた扉を静かに閉めると、近くの箱に座り、台帳代わりの一冊のノートを引っ張り出し、書き込む。
『今回のお客人は、昔の思い出を大切にされている方でした。幼いころの本との出会いと言うのは、大人になって一つの思い出として大切なものになっていくものなのですね。あのように、兵士として自分の命をかける仕事をされているからこそ、マックエルさんも自分の生きざまを誰かに伝えたいという思いがあったのでしょうか。そう考えると、あのお客人もきっと…。』
「これから、どんなあなたの本と出会えるのか、私もまた楽しみにしています」
私は一人呟くと、また一つの箱に腰かけ、中から適当な一冊を選び出すのであった。
水降の短編集 水降 恵来 @K_Suiko
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