S.S.No.8「約束」

※テーマ:最近良く見るファンタジー


剣が折れ、視界が横に傾くと、地面のひやりとした感触が頬に伝わる。

ダメだ、僕の力じゃ届かない。

目の前で泣いているユリ。そしてそこに立ちはだかるリュウの壁が絶望的に高い、そして厚い。

すぐそこに居るというのに、僕はその涙を拭ってあげることもできないのか。

「ユリちゃん、行こうか」

そう言って、リュウはユリの肩に腕を回す。

「その手を離せ」

僕は最後の力を振り絞り、痛む体を奮い立たせる。

地に切り傷だらけの手をつき、震える膝をつき、立ち上がるも体が思うように動かない。

でも、ここで引くことなんてできなかった。

「あ?何だよ負け犬」

リュウは能力、「剣王」の力でもって、何もない所に剣を創り出す。それは、名刀と呼ばれてもおかしくない代物であった。リュウはそれを掴むと僕へと剣先を向けた。

「エイト、止めろ。私のことはいいから」

ユリの声が聞こえる。

「もういいってさ。ユリちゃん優しいね。だからもう帰れよお前」

僕は震える足で一歩を踏み出した。

「約束したんだ。守るって」

僕は拳を握り締める。

「お前を倒すって決めたんだ」

飛び出したその瞬間、胸に激痛が走った。なんだ、と思い、視線を下ろしたその場所には、剣が生えていた。

視界が霞む、そして暗転する。

「エイト、エイトオオォォ」

意識が消え行く瞬間、ユリの声が聞こえた気がした。


この世界に生きる人々は、一人一つの能力を持っている。その能力はまさしく十人十色で、同じ能力は二つとしてないとされている。そんなこの世にも、イレギュラーが存在していた。

能力を持たない男、それが僕、エイト・イーデルだ。

能力の強さがこの世界の強さとされている中、能力を持たない僕は、体を鍛え、そして誰とも敵対しないように生きてきた。しかし、そうしていても、世の中は非情だ。弱いものは目をつけられる。

ある日、学園のガラの悪い人たちに目をつけられて、袋小路に追い詰められたことがあった。

「やめとけ」

そんなときに私を助けてくれたのが、ユリであった。彼女は、「守りの聖域」という力を持っていた。それは、彼女を傷つけようとする行為から身を守るという力であった。驚くべきことにその力は、意識されたものであれ、無意識のものであれ、全ての行為に効果があり、国の調査で防御力のテストでは、総勢五十名の攻撃系の力を持つ人々の攻撃を全て防ぐほどの力を持っていた。その出会い以降、僕はユリを信じ、できる限り彼女を支える力になってきた。そんな僕にユリは力を貸してくれた。危ないとき、いつも助けてくれた。

しかしある日、僕たちの前にリュウが現れた。リュウは学園で名の知れた不良の一人であったが、決して傷つかないというユリに目をつけ、戦いを挑んだ。そして、リュウはユリに負けた。しかし、リュウはそれからというもの、復讐と称して、人目に付かないよう、ユリの周りにいた人々を襲い始めた。家族を、友を、ただ一言話しただけのクラスメイトに重症を負わせた。そして、ユリに近づくものは一人、また一人と少なくなっていった。

そして、精神的に弱りきったユリに、リュウは言った「俺の盾になれ。そうすれば止めてやる」と。それは、決して受け入れてはいけない悪魔の囁きだった。しかし、ユリはそれに頷いてしまった。

ユリに出会ったとき、ユリはリュウの隣に立ち、僕に言った。

「もう私の前に現れるな」

僕はどうしても納得がいかず、その夜、意を決してユリの部屋へ忍び込んだ。そして、ユリからその話を聞いたとき、僕はユリに言った。

「約束します。今度は僕がユリを守ってみせます」

それは、ユリにとってどれだけ小さな約束だったろだろう。そして、僕にとってどれだけ大きくて難しい約束だっただろう。

(約束が守れなくて、ごめん)


意識が消える瞬間、パキン、そんな音が聞こえた気がした。

その音は頭に、そして全身に波紋のように伝わり、僕の消えかけた意識を強引に繋ぎとめた。

目の前には、僕の胸から剣を抜いたアイツがいた。僕は迷わず、右の拳をアイツの顔面目がけて振りぬいた。

「がっ」

その拳はアイツの顔面に突き刺さり、アイツはよろめいた。僕はさらに間合いを詰め、左の拳を突き出す。

「調子に乗るな」

アイツは上空に幾つもの剣を創造すると、それを雨のように射出し、僕へと突き立てる。剣は足を、腕を胸を貫き、そして頭を貫いた。痛みが全身を駆け抜け、視界が霞み、暗転する。そして、意識が消えかけた瞬間、パキンという音が聞こえたような気がした。


「一体何が起こっている」

ユリは目の前で起きていることが理解できずにいた。エイトには確かに幾つもの剣が突き刺さった。それは、致命傷を与えるには十分過ぎるものであった、はずなのにエイトは立ってる。無傷で。制服には穴が開き、土と血で汚れてはいたものの、そこから見える肌には傷跡一つ無かった。突き刺さっていた筈の剣は刺さっていた部分が消失していた。そして、エイトは何もなかったかのように、リュウに殴りかかっていた。

リュウもまた、何が起こっているのか理解出来ていないようであった。

「何なんだよお前は」

そして、切っても切っても、立ち上がるエイトに恐怖を感じているようでもあった。そんなリュウの声に耳を貸すことなく、エイトはリュウに飛び掛る。それに慌てたリュウは手に持った剣でエイトを突き刺す。すると、エイトはその腕を掴むと、腕を捻り、リュウを地面に押しつけた。そして、空いている手でリュウをひたすらに殴りつける。

「やめろ、やめねぇか」

リュウは剣を創造し、何度もエイトに突き刺した。しかし、その殴打が止むことはなかった。

「分かった、ユリのことは諦める。だからやめろ」

しかし、エイトは止まらない。黙々と殴り続ける。その様子は優しい普段のエイトとは異なっていた。

「やめろ、やめてくれ」

リュウがそう言っても止まらない、顔がいくら腫れようと、歯が何本欠けようと、不気味な程、エイトは止まらない。

そして、リュウは完全に沈黙した。

私は、エイトに駆け寄る。そして、エイトの手を掴んで止める。

「もういい、エイト、勝負はついた。君は勝ったんだよ」

リュウは気を失っていた。後は、リュウを警察に突き出すだけ。そうすれば、全てが終わる。また、今までの日々が帰って来るんだ。そう考えていた私の方を向いたエイトは、一言呟いた。

「あなたは誰ですか」


僕は何をしていたんだっけ。僕はこの男を倒さないといけない。でも、それは何故か。思い出せない。そして、僕の手を掴み、唖然とした表情で僕を見る少女、彼女は何に唖然としているのだろう。

「誰って、私だ。ユリだ。冗談はよせ」

ユリと名乗る少女は、何故か怒っているようであった。

「何を怒っているんですか。冗談も何も、僕たちは初対面ですよね」

僕が立ち上がり、そう言うと、ユリは何かを言おうとして、ハッと口を噤んだ。そして、手を離し、搾り出すようにして声を出す。

「そうか、それがエイトの力か」


私は思い返していた。エイトは悩んでいた。力が無いことに。しかし、本当は違ったのだ。エイトに力はあった。エイトの力は間違いなく記憶を代償に死なない力だ。そうでなければ、エイトが今生きていることが説明できない。だが、もし、本当にそうならば、エイトは本当に私のことを忘れてしまったのか。

「思い出さないか。不良に追われて袋小路に逃げた日のことを」

「分かりません」

出会った日のことも。

「じゃあ、水族館に行ったことは覚えてないか」

「水族館は、子どものとき以来行ってませんけど」

私が荒んでいたとき、エイトが水族館に誘ってくれたことも。

「それじゃあ、昨晩、お前が私の部屋に来たことは」

「え、そんなことあるわけないでしょう」

私のために、無茶をして会いにきてくれた事も。

「私との約束も忘れてしまったのか」

目から涙が溢れた。何故だ、何故こうなってしまったんだ。エイトは私を救ってくれた。なのに、何故エイトは覚えていないんだ。そんなのあんまりじゃないか。今までの日常に戻れると思っていた。また一緒に遊んで、戦って、そんな当たり前の日常はもう戻ってこないのか。


何故だろう、こんなに心が苦しくなるのは。

何故だろう、初めて会った筈なのに。

僕は涙を流すユキに声をかける。

「今度は僕が守る。そんな約束をした気がします」

約束をしたのは何時だったか、つい最近のことのように感じるし、ずっと前のことだったようにも感じる。でも、こうも心が苦しいのは…ああ、きっとそういうことなんだろう。

「僕はきっと、忘れているんだと思います。ユキさんと約束をしたことを、そしてユキさんと過ごした日々を」

僕はユキの顔を見る。そして、聞く。

「僕は、あなたとの約束を守れましたか」

ユキは涙を流しながら「ああ、ああ」と何度も頷いた。

僕はユキをそっと抱きしめる。

その体は温かく、どこか懐かしい匂いがした。

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