ララララ、ラット

水野 文

第1話

 ワラを敷かれたケースの中、一匹のラットがコロコロ、コロコロ転がった。ワラの感触を楽しむようにコロコロ、コロコロ転がった。黄色でそれでいて、一本の黒のストライプがはいったラットが笑いながら転がった。


 やがて別の一匹のラットにぶつかった。真白のそのラットは驚いて転がってきたラットを見た。


「やあ、僕の名前はメノン。君はいつからここにいるの?ここはいったいどこなんだい?君の名前は?」


 白のラットは何も言わなかった。


「どうしたの?僕ね、捕まっちゃったんだ。昼ね、お腹がへっちゃったから餌を探そうと家を出たとこ大きな手に捕まっちゃってここに放り込まれたんだ」


 メノンは耳をピクピク動かして白のラットに笑いながら話した。


 白のラットは恥ずかしそうに口をひらいた。


「わたし名前がないの」

「えっ、名前がないの。どうして?君の家族はいないの?友達は?」


 メノンはワラの中に身体を半分うめて、白のラットを見上げた。


「わたし生まれたときからずっとここにいるの。ずっと一匹で・・・・・・」

「へ~、ずっとここにいたんだ。寂しくなかった?」

「わからない」

「君の目は綺麗だね。まるで黒蜜の氷みたいだ。身体も雪のように綺麗だね」

「ユキ?」

「そうだよ。僕はね、ずっと森に住んでたんだ。森にはいろんな仲間がいてね、いろんなことして遊ぶんだ。こんなふうに木の葉に身体を隠したり、かけっこしたり、木登りしたり、とっても楽しいんだ。でもね、恐い奴等もいるんだよ。狐とかフクロウとか、うかうかしてると捕まっちゃうんだ。でも、仲間同士で知らせ合って上手く逃げるんだ。それでね、森は冬になると雪っていって白い冷たい粉で覆われるんだ。そうなると僕たちは木や土の穴で雪が解けるまで貯めた餌で暮らすんだ。じっとね。でもね、ときどき外に出て様子を見るんだけどそのときに黒蜜の氷があるんだよ。これがとっても美味しいんだ。そうだ、君の名前、白い雪のようだからユキって呼ぼう」


 メノンはニコニコしてユキを見た。そのとき上のふたが開いた。ゴム手袋をした大きな白い手がメノンを捕まえた。メノンは暴れたがそのままケースから出された。しばらくしてメノンはケースに戻された。


「ビックリした。いきなり変な台に乗せられて、押さえつけられると狐の牙より細いものが僕の身体を刺したんだ。暴れたんだけど、どうにもならなかった」


 メノンはそういうとスヤスヤと眠りについた。メノンとユキは仲良しの友達になった。メノンは森のことについてユキに色々と話した。しかし、その間にもメノンは何度かケースの外に出されては戻された。そしてだんだんとメノンは元気がなくなっていった。そしてついに一歩も動けなくなった。ユキは心配そうにメノンに近寄った。


「やあ、ユキ。心配してくれるのかい。僕ね、何だか身体がとっても重いんだ。もう動けないんだ。もう、森に帰れそうにないんだ。今日は月が出てるんだろうね・・・・・・みんな歌ってるんだろうな。ユキ、僕、森に帰りたいよ。みんなと歌いたいよ」

「メノンどうしたの?元気だして、一緒に森に帰る約束でしょう」

「ユキ、僕はもう駄目なんだ。僕のね、友達に連絡してあるよ。明日の夜ここに来るから君だけでも森に行ってくれ。ユキならきっと仲間から大切にされるよ」

「いやよ。メノン、一緒じゃないと」


 ユキはメノンの身体にすりよって泣いた。翌日、白い手がメノンをつかんだ。メノンはもう暴れることはなかった。


 その夜、カタという音とともにケースのふたが開いて一匹の黒いラットが顔を覗かせた。


「君がユキだね。メノンから君を助けるように連絡もらったんだ。さあ、僕の尻尾につかまって」


 そう言うと黒のラットは蓋につかまり尻尾をたらした。ユキはそれにつかまるとゆっくりと引き上げられ、ケースの外に出た。


「本当だ。君は雪のように白いんだ」


 黒のラットはユキを見て言った。


「何処に行くの?わたしここから出るのは初めてなの」

「森さ。森に帰るんだ。そこに僕たちの仲間がたくさんいる。さあ、僕についておいで」

「ねえ、そこにメノンはいるの?」

 

ユキは黒ラットにきいたが、黒ラットは壁の穴に向かって歩きだしたまま何もこたえなかった。


 (了)

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ララララ、ラット 水野 文 @ein4611

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