第57話 なぜか俺だけ農村シミュレーション

「せっかく会社員を辞められたのですから、もう働かなくても良いんですのに」


 ビビアーナに呆れられるが、こればっかりは性分だから仕方ない。あの後俺は、借りたばかりのアパートから、違約金を払って再び引っ越した。案の定、会社を辞めたというと実家の両親からは散々罵倒されたが、俺を心配してのことと信じたい———いずれにせよ、彼らは兄貴の子にメロメロで、出来の悪い俺のことなんかどうでもいいんだが———というわけで、故郷にUターンはパス。結局、大学時代を過ごした郊外の街へ。時期外れだったので良い部屋は空いていなかったが、とりあえず駐車場付きのそれなりのワンルームを。学生が多い地域だから、独り者でも暮らしやすい。


 俺はしばらく、長期休暇が取れればやってみたかったことを、片っ端からやってみた。図書館に通い、好きなだけ本を読んで。ネカフェに入り浸って漫画も読み漁ったし、ゲームを買ってやり込んだ。しかも今の俺には、学生時代にはなかったクルマという足がある。日帰り温泉に出掛けてみたり、カフェ巡りに出掛けてみたり、SNSで見かけた美味そうな定食屋に出掛けてみたり。


 しかし、数ヶ月もすると、飽きた。


 新卒からこっち、何年も刷り込まれた社畜根性は、そう簡単には抜けてくれない。社会から取り残されたような空虚感。俺は適当に面接を受けて、適当に仕事を始めた。このご時世、選ばなければ意外と仕事はあるもんだ。求人が少ないと言われる事務職だって、給料にこだわらなければ簡単に見つかる。平たく言うと、ホワイトだけど超薄給だ。正直学生のバイト以下だが、家族を養うならともかく、男一人生きて行くだけなら何とかなる。しかも俺には農村がある。というわけで、手取りは半分以下になったが、俺は毎日定時上がりという夢のような職にありついた。




「それよりよォ。子作りしようぜ、ユート」


「ブッ!」


 しばらく鳴りを潜めていた村人からのハニートラップが、ここに来て再燃しつつある。スマホとアプリは、ビビアーナ・ベルティーナ姉妹が押さえた。後はあちらとこちらを行き来して、それを操作出来る人間を確保しておきたい。彼らがそう考えるのは自然なことだ。だからって!


「だからその話はもう!」


 俺はそのうち信用出来そうな人間が見つかれば、スマホを引き継いでもいいと思っている。そんな人材をどうやって見つけたらいいのか、見当も付かないけど。しかし長い人生、そういう人物と出会う可能性も無きにしもあらずだろう。俺より優秀な奴が来たら、それこそ村にとっても喜ばしいはずだ。


「何を仰る!この村のいしずえを築いて下さったユート様をおいて他には!」


「我らはそこまで恩知らずではありませんぞ!」


 村長ズが熱い。気持ちは嬉しい。俺だって、村を手放すのは惜しい。だが、子作りなんて言われてもなぁ…。


「まあそう言ってやらんでくれ、ユート。皆、お前を慕って、お前の血筋に期待しておるのだ」


「そうですわよ、ユート様。血筋を残すのは、強きオスの務め」


 カルと王妃様ズがフォローに回る。彼らの理屈も分かるんだ。最初三人娘が押しかけて来た時は、俺も一杯一杯で拒絶一択だったが、彼らと付き合ううちに彼らの価値観も理解できるようになったつもりだ。だが、俺はしがない安月給リーマン。妻子を持つような器では


「ユートは筆頭株主。リーマンじゃない」


 そう。いつの間にか、俺は役員とか社長とかそういうのを通り越して、持ち株会社とか筆頭株主とか、知らない世界にどんどん押し上げられていた。やめて。そういうの怖い。


「いい加減諦めろ、ユート。時には流されるのも大事なことだ…」


 カルが遠い目をしている。彼はメスライオンの王妃様を何人も従えるハーレムの主。しかしそこに至るまで、さぞ色々あったのだろう。ヤ…ムチャしやがって。




 そんな毎日を過ごしていて、ずっと気になっていたこと。この村を誰かに託すにしろ、俺と同じような体験をしている奴はいないのだろうか。ネットを漁れば、異世界に転移するような物語はごまんとある。きっと探せば、誰か見つかるはずだ。経験者なら引き継ぎは早い。あわよくば共同経営が出来るかもしれないし。


 そういうわけで、俺は学生時代ぶりに、巨大掲示板にこんな書き込みをした。




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アプリの世界に入れた奴が集うスレ


0001 名無しさん 20XX/11/04(月) 21:23:22

おる?


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 ワクワクして画面の前で待機していると、やがてレスが付いた。




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0002 名無しさん 20XX/11/04(月) 21:45:13

クソスレ立てんな


0003 名無しさん 20XX/11/04(月) 22:21:32

終了


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 その後は意味のないAAに荒らされ、後日dat落ちしていった。


 掲示板は駄目だ。ネットの世界には魑魅魍魎が蔓延はびこっているが、ここは最たるもの。書いてあることの一割も信用してはならない。軽い気持ちで相談しようとした俺がバカだった。相談なら相談らしく、他人様の知恵をお借りするQ&Aにすべきだった。




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回答受付終了まであと7日


ID非公開さん

20XX/11//12 19:31:25

アプリの中の世界に転移した人いますか。どんなアプリで、どんな感じですか。

当方アプリを開いたままうたた寝したところ、あちらの世界に転移して、二つの世界を行き来しています。


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 今度こそガチで勝負だ。しかし、一日過ぎても二日過ぎても回答は来ない。文面が固過ぎたろうか。それとも、こちら側の情報開示が少な過ぎたろうか。


 そして三日目、待望の初回答が寄せられた。




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ID非公開さん

20XX/11/14 03:17:44

精神科にかかることをお勧めします。


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 うむ。こういった回答が来ることは予想していた。俺だって、アプリの世界に飛び込むという経験がなければ、同じ回答をするだろう。わざわざ書き込むほど親切じゃないが。しかし、毎日チェックを続け、7日後。




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ベストアンサー

ID非公開さん

20XX/11/17 09:35:08

ラノベの読み過ぎ。学校行きな。親御さんが泣いてるぞ。


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 世間とは何と冷たいのだろう。そこまで言うことないじゃないか。しかし、実際体験したことがない人には、そう思われても仕方がないだろう。そしてどうやら、同じような経験をした人は、俺以外にはいないようだ。いくつかのSNSに何度か同じような書き込みや投稿をしてみたが、反応ははかばかしくなかった。向けられるのは、哀れみや侮蔑のコメント。ネット越しとはいえ、さすがに応えた。


「もういい加減諦めたら」


 無表情のベルティーナ。君はいつも直球だ。


「そうですわよ、ユート様。私たちもとっくに成人。女の子を二年も待たせるなんて、紳士の風上にも置けませんわよ?」


「ユート、お前〇〇〇ふのうなのか?」


 違った。彼女らは全員直球だ。それも豪速球。アニェッラ、辺境伯家のお姫様がそんなお下品な単語を言っちゃ駄目!


「そんなこと言ったってよぉ。後がつかえてるんだ。チャチャっとヤっちまおうぜ?」


「だからぁ!!!」


 そう。俺が退職騒ぎや何やらしている間に、天狼族の皆さんがスカウトした他種族の皆さん、王族の遷都の呼びかけに応じて越して来た皆さん、それからドレイパーからの大量の移民の皆さんがひしめき合い、人口は4桁どころか5桁を超えたところ。マジで大都市となりつつある。


 そして困ったことに、獣人の皆さんからは「是非うちの種族からも」と、未婚の女子が送り込まれる始末。大体が族長の娘さんとか女族長さんご本人とか、断りにくいこと山の如しだ。


「こちらの世界に渡れるのがユートだけだと分かった今、必然の流れ。諦めて」


「そんなこと言ったってなぁ!!!」


 俺は一介の冴えない薄給リーマン。ハーレムの王なんてタマじゃない。妻子を持つどころか、ここ何年も彼女すらいないのに。そして大体、女性が集まったらややこしいことになるに決まってる。無理だ。


「やっぱりあの時、ヤっとくべきでしたのよ」


「なあ、ちょっと横になって目ぇつぶってりゃいいんだって。な?」


「やめろお!もうこっち来ねェぞ?!」


 ああ、村だけが俺の安らぎだったのに。最近は常にこういった攻防が繰り広げられるのが日常となってしまった。確かに、こっちの時間では二年も過ぎてしまって、妙齢の女の子を二年も待たせるのはどうかと思うが…いやいや、そういう問題じゃない!


 なぜか俺だけ、農村シミュレーションゲームで農村ライフ。俺の明日はどっちだ。




✳︎✳︎✳︎


 なぜか俺だけ農村シミュレーション、これにて完結です。

 ここまで読んで下さって、ありがとうございます!


 ここからは後日談と申しますか、移住してきた人たちや街が大きくなる様子、そして読者様から頂いた「こんな作物そだててみては?」というご提案を織り込んだストーリーを、不定期で更新して参りたいと存じます。よろしければ、ご笑納ください。


 最後はネットで質問して、「何で俺だけ?」ってことでタイトル回収して終わろうと決めておりました。そしてタイトル回収まで書き上げることが出来ましたのも、ひとえに皆様が読んで下さって、応援してくださったお蔭様です。

 心から感謝申し上げます!


 明和里苳

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なぜか俺だけ農村シミュレーション 明和里苳(Mehr Licht) @dunsinane

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