第13話 アフターストーリー・北区

 さて、現在の北居住区の様子である。


 私が訪ねて行くと、先日までは樹木で出来たファンタジーな小屋、のような感じの家屋だったのに、今は随分ガッチリとした様子に改装されている。改装といっても、オーエンの場合は建築というより、精霊魔法っていうか、手をかざしたら樹木が勝手にウゾウゾ動いてアレする感じではあるが。


 内部はまるで音楽室のような音響ホールのような、ウネウネと波打った作りの壁に囲まれている。部屋の中心には上質なリクライニングシートに、上等なヘッドフォンを装着して目を閉じるオーエンがいた。


「これはこれはミドリ様、気付きませんで大変失礼を」


 私に気付いたオーエンがすかさず五体投地の態勢に入るので、かぶせ気味にストップをかける。毎回静止するの面倒だから止めてくんねぇかなぁ。オーエンは従順な様子だが、長生きなせいか、何だかんだ頑固である。


 ここはオーエンの住居兼オーディオルーム。物欲しそうな視線に負けてタブレット端末を手渡した後、彼はドワーフをも上回る好奇心でもって、ネットショップのみならずネットの世界をくまなく物色して回った。そして彼の心を最も打ったのが、元の世界の音楽である。とりわけクラシック音楽はオーエンの心を鷲掴み、早速あらゆるメディアから楽曲を集め始めた。


 なお、彼らのネットショップのやりとりは、ついに私の手から離れた。機械に強いウントが、長い間各人の収支をまとめて管理してくれていたが、このたび家族アカウントを設定して、入金から決済までアカウントごとに行えるようにしてくれた。荷物の受け取りに関しては、オーエンとエウノミア、ディケが協力し、空間魔法陣を利用した空間庫を作成、各アカウントに紐づけてもらった。これでタブレット端末を持つ各人は、宅配ボックスほどの大きさの受け取りボックスを利用して、納品したり購入物を受け取ったりしている。大きいものは、各居住区に収受用コンテナを設けて、そちらを利用している。それよりも大きいものは、私のインベントリを通すことになっている。


 オーエンは精霊魔法と独自の薬学の知識を利用して、汎用性のあるポーションなどを作ってお金に換えているようだ。伝説のエンシェントエルフが作るポーションは、今では失伝しているものも多く、一度売りに出すと法外な値段が付くとか。そんなもん市場に流していいんだろうか。そもそも元の世界にはあり得ないアイテムなんだけど。本人は、「ほんの初級のものですから」とか言ってるけど、コイツも大概チートだ。油断してはならない。


 そんなオーエンが集めたクラシック全集やら何やらは、彼の住居の棚に所狭しと納められている。今もどんどん増殖しているようだ。「名盤などはすぐに入手できなくなってしまいますから」と、唸る資金力にものを言わせて手当たり次第に収集しているらしい。収集したものは、片っ端から保存魔法を掛けて「今後1億年くらいは大丈夫」なようにしてあるそうだ。もはやヤンデレとも言うべき彼の偏執癖はとどまるところを知らない。エルフってもっと物欲がなくて飄々ひょうひょうとしているイメージだったんだけどな。


 オーエン曰く、エルフって長命なので、ほんの100年やそこらの若いうちに、大体の教養は身についてしまうのだそうだ。手芸、音楽、絵画、文学。魔法に弓術、ある程度の体術や剣術も、すっかり極めてしまって、飽きてしまう。他種族の得意分野、例えば妖精族なんかの扱う魔法は同じくらい扱えるし、一方ドワーフ族や海神の眷属などの文化は、種族特性的に相性が良くないので興味がない。人間族の得意分野は模倣であるが、彼らはもっぱらエルフ族の文化を模倣するので、いわば劣化コピーでしかない。そういったわけで、エルフ族は、若いうちは強い好奇心でもって世の中のあらゆるものを知り、極めようとするが、ものの300年もすると、すべてに飽きてしまい、やがて瞑想を繰り返し、精霊の世界に帰るものが多いのだそうだ。よわい一万五千を数えるオーエンも、そういうわけで、千歳を超えたあたりからほとんど樹木と一体化して瞑想する日々を過ごしていたらしい。未だに樹木と一体化して精霊に戻ることをしなかったのは、ただ光の氏族の長としての役割を与えられていたからだという。


 そのオーエンの心を打ったのが、異世界の人類の音楽である。異世界にはエルフ族が存在しないため、(おそらく精霊は存在するが人間には知覚できないであろうとオーエンは推測しているが)模倣する存在がおらず、また魔法も存在しないため、人族が独自に試行錯誤した挙句、生み出した科学技術や芸術には、計り知れないパワーがあるとのこと。ほんの数十年しか生きられない儚い存在が、自分の存在を証明するかのように、魂と情熱を燃やして築いてきた文化、とりわけ彼にとっては音楽に、たとえようもない衝撃を受けたとのことである。


 ここまで彼の話を聞いていて、うっかり寝そうになった。彼の話は理路整然として分かりやすいのだが、如何いかんせん長いのである。要するに、異世界のクラシックにハマったんだね、うんうん。


 彼が棲み付いて間もなくタブレットを譲渡し、並行して彼を慕うエルフたちが次々と彼に洗脳…いや説得されて移住してきたわけだが、彼に感化されてもれなくクラシックにハマり、今やそれぞれが楽器を入手し、エルフの楽団が形成されつつある。居住区に入ると、皆一心不乱に基礎練習に励み、結構うるさい。そして私の姿を見ると、楽器を置いて五体投地を始めそうになる。だからやめろ。


 彼らはエントリーモデルではなく、最初から結構良い楽器を使っているっぽい。私でもどっかで聞いたことのあるヤツだ。さすがに何億もするものは控えているようだが。オーエンと同じく、各人得意な細工物なんかで稼いでいるらしい。ほんの小さな子供ですら(小さい子供って言っても50とか60歳らしいが)、草笛を作って販売しているらしい。草笛は、エルフの草笛といって、状態異常無効だったり、魔法効果微増だったり、ほんの少しの間エンチャント効果を施す使い捨てアイテムで、エルフならば誰でも作れるらしい。それが1本3,000円ほどで売れる。特に、入眠導入効果のある眠りの草笛、眠気を吹き飛ばす覚醒効果のある草笛が、飛ぶように売れるのだそうだ。何それチート。




 オーエンたちの音楽活動は、やがて一つの楽団を形成し、それをウントとドランクが動画にして配信を始めた。異世界の楽器を練習し始めたばかりの彼らの腕前は、彼らの長い寿命に裏打ちされた知性やスキルをもってしても、一般的な市民楽団の域である。だがしかし、その様子は、異世界でもって「異色のコスプレ楽団」として好意的な目で受け入れられた。


 彼らは、心の底から音楽を楽しんだ。神によって最初期に創造された精霊、その精霊のすえである。よってエルフ族は、後進の種族の手本であり、目標であり、教師であった。彼らが他の種族から後塵を拝することなど、これまで一度たりともなかったのである。だが、異世界の人類は、彼らの歴史よりも遥かに短い間に、そのわずかな寿命を燃やして、彼らが築いたものとは全く異なる文化文明を築き上げた。先人の磨き上げた芸術を、なぞり辿り、学んで追いつこうとする、その道のりの何と楽しいことか。


「しかも、彼らは短い間に次々と新たなものを創造していく。たったの10年で、彼の人類の音楽は一変しました。これからもより速度を増して変わり続けるでしょう。ああ、我らは何という僥倖に出会えたことか」


 そう言って、オーエンに真っ先に洗脳された側近が五体投地を始める。もう最近はいちいちツッコミを入れるのもアレなんで、放置することにした。


「音楽の根底の部分は変わっていない。我らの知る音楽の体型、原型、それらとあなたがたの音楽の基になっている基礎の理論は何も変わらないのです。ですが、そこに更に混濁と洗練を繰り返し、混沌としながらも更に枝葉を伸ばして栄えようとする。あなたがたの音楽の力は、生命力そのものです」


 オーエンは途中から涙を流しながら静かに解説する。言ってることは難しいが、何となく分かる。エルフの音楽って、洗練されすぎてて、シュッとしているのだ。泥臭さが無いというか。人類の音楽の未完成なところが、逆に彼らに受けているのかもしれない。


 彼らの音楽活動は、まずはオーエンがハマったクラシックから、ジャズ、邦楽、その他エスニックミュージックまで多岐に渡った。それぞれ愛好家が生まれ、楽しそうに音楽を語り合う。マーラーの壮大さとかブラームスの生い立ちとか、私に話を振られても分かんないし。そう返すと、エルフたちは私がたった27歳であることを思い出し、また五体投地する。彼らからすれば、27歳は乳飲み子なのだ。そして27歳で既にオーエンよりも強力なステータスを持つ。さながら生まれた瞬間に「天上天下唯我独尊」とのたまった彼のような扱いである。おかしいな、私ついこないだまでフツーのOLだったんだけど。


 そのうち、彼らの中からシンセサイザーや軽音楽を志す者が現れた。いち早く現代のテクノロジーを習得し、使いこなしているウントのところにも、ちらほらエルフが教えを乞いに現れるようになった。最初はドワーフたちも「あの気位の高いエルフ族が」と驚いていたが、好奇心と向学心の塊である彼らはすぐに打ち解けた。ウントによると、


彼奴等きゃつらは風の精霊の裔、音の妙味に惹かれるんじゃろう。我らは土と火の精霊を親に持つ、じゃから物質を変質させて動力で動かすことに抗いがたい魅力を感じる。これまで我らが交わることがなかったのは、その性質の違いなんじゃろうな」


 そして、音楽という共通点でもって、風と土と火が交わることで、こうして互いの種族に調和が生まれる。お主は奇跡のような人族じゃ。こう言い終わると、彼はそっぽを向いて鼻を鳴らした。いつもの照れ隠しである。ウント、何気にいいヤツである。


 そう感動していた時期が、私にもありました。


 やがてエルフたちはウントから音響機器や打ち込みの技術を学ぶと、次第に時代の最先端の方向へ暴走していった。時系列で言うと、ロックバンドやパンクバンドからの、ビジュアル系エルフバンドの発生。歌って踊れるアイドルグループの誕生。楽園に売り出したブロマイドは飛ぶように売れ、一躍エルフたちの主な収入源に爆上がりした。


 その後、打ち込み系に情熱を燃やしたエルフの間では、人工音声を使った歌聖・歌姫を開発。語学が堪能な彼らは、瞬く間に各国語に対応した歌聖や歌姫を開発し、電脳歌聖・電脳歌姫の世界に殴り込み参戦した。彼らは競合するどころか温かく迎え入れられ、電脳世界に溶け込んで行った。時々エルフ族の会話から「ワイ」とか「草生える」とか聞こえて来たのは幻聴ではなかった。エルフ族、順応早すぎである。


 北側のエルフ居住区は、東側のドワーフ居住区と違う意味で、異世界のカルチャーおよびサブカルの洗礼を受けていたのだった。

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【完結】異世界に来てまで働きたくないでござる症候群 明和里苳(Mehr Licht) @dunsinane

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