第12話 ドワーフ国(本編完結)

 ドワーフたちへ、帰郷を提案してみた。六人とも、ずっと故郷を発って消息がないのはよろしくないだろう。この森に来てから共同生活を始めて、そう経ってはいないが、まだ年若いドワーフたちであることだし、ご家族も心配されているんじゃないだろうか。


「私たちね、実は、ここでミドリが人生を送るのを見届けてから、帰ろうと思っていたのよ」


 エウノミアが明かしてくれた。ドワーフは実力主義の個人主義。10年20年消息不明なことなど、そう珍しくないとのこと。成人したてとはいえ、彼らは50歳60歳であり、人族の子供が成人するのとは違い、精神的にも肉体的にも成熟している。彼らの世界における一人前の定義とは、人族のものよりもずっと厳格なものなのだという。


 ドワーフ族は、人族の3倍の時を生きる。ミドリは、自分達の半分くらいしか生きていない、ほんの子供のようなものであるが、人族の人生は短い。この世界の人族ならば、あと30年、長くて50年ほどの人生であるだろう。ドワーフにとって、それは決して長すぎる時間ではない。ミドリを見届けてから戻っても、遅すぎることはない。このような秘境の地で、一人で置いてはおけない。私たちはもう家族なのだから。


 ところが、ここへ来てオーエンが棲み付いて、話は変わった。ドワーフの国まで、まっすぐ帰っても片道数ヶ月になるだろうが、オーエンがいるならば、多少の間、森を留守にしても大丈夫なのではないか。ミドリが強力な結界を張ることができるのは分かっているが、もし何かしらの脅威が迫った時、伝説のエンシェントエルフならば、ミドリを守ることができるだろう。一時帰国して現状報告をして戻って来れば、後顧こうこの憂いなく森で暮らすことができると。そこで、前もってオーエンに打診をしていたと。


 オーエンの答えは、


「ならば私もご一緒にドワーフ国へ赴きましょう」


だった。いっそ、オーエンもミドリも一緒に帰郷して、正直に全部話してしまえばいいのではないか。自分も一緒なら、ヘリでちょっと行ってちょっと帰って来ても、「エンシェントエルフのすることだから」で済むのではないかと。


 なお、オーエンの話によると、ミドリの能力値はオーエンを遥かに超えていて、この世界の全ての者が束になってかかっても、きっと倒せないであろう、ということであった。魔力の内包量も半端ないので、ドワーフどころか、オーエンよりもずっと長生きするであろうと。


 えっ、何それ聞いてないんだけど。




 改めて、オーエンに問い合わせたところ、この世界の生物の寿命というか生命力は、体内の魔力量と循環力に依存しているそうだ。エルフ族やドワーフ族は、もともと精霊の末裔であるから、魔素や魔力と親和性が高く、寿命が長いということ。姿形は似ているが、人族は地上の生物から進化した種なので、どうしても精霊由来種よりも魔力の循環が弱く、寿命が短い傾向にあるらしい。


 その点、ミドリは体内に膨大な魔力を有し、毎時おびただしい魔力を消費しては回復していて、まるで魔力の大河のようであると。私など足元にも及ばない、まさに神のような存在であると。そう言って五体投地を始めそうになったので、やめさせた。


 待て待て、私はステータス上ではまだヒューマン、人族だったはずだ。3秒ルール、ギリセーフ。


 と思っていたら、ヒューマンの横に「+」マークを発見した。


 恐る恐るタップしてみると、「魔人New!」「魔神New!」「精霊New!」「大精霊New!」「聖霊New!」とズラリと表示された。もうとっくにアウトだったらしい。


「神と神子と聖霊で一体を成します。つまりミドリ様は」


 ストップ、それ以上口を開いてはならない。君は何も見なかった。いいね?




 私の素性はともかく、私たちは8人連れ立って、ドワーフの国へ赴いた。輸送機タイプのヘリを一機購入し、交代で操縦して、およそ数千キロの道のりを数日でたどり着いた。人目につかない場所を航行して着陸するのが一番難儀した。結界スキルやマップ機能があるとはいえ、空を飛ぶ大型生物といえば凶暴な飛龍などしかいないから、目撃されたら大騒ぎにならないとも限らない。


 案の定、ドワーフ国の付近で着陸すると、蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。タラップを降ろして上陸すると、まるで未知との遭遇だ。だが、降りて来たのがドワーフ6人衆だということで、群衆は別の意味でどよめいた。後に続いて、神々しいエルフが降りて来たことで、ますます騒然となった。彼らのお陰で、地味な人族の私は、良くも悪くもまったく注目されなかった。




 ほどなく、国王とドワーフたち、高位エルフとの会談が始まる。王国としても、ドワーフたちに聞きたいことはいっぱいあるだろうが、何から聞いていいか分からない。そこへ、フィルス・ド・リュミエールたるオーエンが、神々しい笑顔で一方的に挨拶を始めた。


 このたび、魔の森に聖霊の神子が異界より降り立ち、魔の森の崩壊を防いだこと。それを察知して魔の森に赴いてみれば、ドワーフたちが聖霊の神子を守護し、よく仕えていたこと。フィルス・ド・リュミエール、つまりエルフの光の氏族の代表たる私が、このたび聖霊の神子を主と仰ぎ、従うことを決め、彼らドワーフともども、魔の森に居住することを認めていただきたい、と。


 えっちょっ、ドワーフとは友達になっただけで、仕えてもらったつもりは、と言いそうになって、異様な空気に口をつぐんだ。周りの注目が、全て私に集まっている。王と対面しても頭を下げることのない、世界に何人と存在しない高貴な身分のエルフが、その足元にひざまずく。相手はどこにでもいそうな地味な人族の女。おい、五体投地はやめなさいと言っている!


 静まり返る謁見の間で、私は一言、こう言うしかなかった。


「えーと…珍しいお酒ありますけど、飲みます?」




 後はお祭り騒ぎだった。とりあえずドワーフと仲良くなるには酒だ。ポチる指がるくらい、酒という酒を発注した。サーバーにジョッキに冷蔵庫、ツマミもトン単位で呼び出した。幸いお金は腐るほどある。さあ、たんとおあがりよ!


 その後は王宮や市街でドンチャン騒ぎをして、一晩明けたらもうマブダチだった。色々質問攻めに遭いそうだったが、そこは「また来るから」と、とっととお暇することにした。ヘリを出して乗り込もうとしたところ、オーエンに呼び止められた。彼は自前の空間庫から、大きな板を出して来た。


 これが噂の転移陣というヤツらしい。ドワーフと相談して、前々から用意していたようだ。金属の板を加工し、複雑な陣を描き、空間魔法を付与する。付与師のエウノミアと細工師のディケに、オーエンが指導監修をし、共同で作り上げた力作なんだそうな。


 転移陣は、王国と森を繋いで、いつでも行き来できる。ただし転移陣を発動させるような膨大な魔力は、エルフが何人がかりで集めても滅多と集まらないものだから、そうそう気軽に通れるものではない。以降、定期的に発動させる日を設けて、希望する若手を中心に使節として森で受け入れ、技術学習や交易を行おうと思うが、どうだろうか。


 オーエンの言葉に、ドワーフたちは湧き立った。まあ、ドワーフたちのことだから、老いも若きも「あの酒がまた飲めるぞい」ということなのだろうとは思うけど。とりあえず、日時や要項はまたあたらめて詰めるということで、私たちは熱気冷めやらぬドワーフ国から帰国した。なお、魔力は私のインベントリに魔石が有り余っているので、どうということはない。常時解放してもいいくらいだが、お酒目当てのドワーフが押しかけてきてもアレなので、「魔力集めるの大変」設定にしてあるようだ。




 森に帰って一息つくと、森の東側を少し造成して、数十人くらいが住める村を建設した。一応私たちの居住区とは分けて、まずは鍛治をしたら生活必需品と交換、のところから始めるらしい。


 一方、オーエンの棲家にも変化があった。エルフの森、すなわちオーエンを頂点とする光の氏族から、次々とエルフがやってきた。光の氏族からすると、代表たるオーエンが不在で、ましてや人族の小娘に臣従するなど、非常によろしくない。最初の襲撃野郎や地味男のような武闘派エルフが次々に送り込まれたが、彼らは敵対者を通さない結界に阻まれて、帰って行った。


 しかし中には、親オーエン派というか、他種族との交流に寛容なエルフもいて、結界内に立ち入ることが許された彼らは、あっという間にオーエンに洗脳…もとい、友好思想を説かれ、この地にとどまった。最初は緑色の中立光点で表示されていたのに、翌日には青色を通り越して、金色の信仰色となり、五体投地を始める。だから五体投地はやめろ。やがて、北側にもエルフの居住区が形成された。




 こうして私は、最初は一人で異世界に放り込まれたものの、一緒に暮らす仲間ができ、楽しく暮らしている。暇だ暇だと言いつつ、なんだかんだとドワーフたちを手伝い、エルフたちに色々習い、また元の世界のものを取り寄せては、みんなに紹介して喜ばれたり、引かれたり。絶対働かない、ダラダラスローライフを楽しむのだ、と言っていた割には、充実した日々を過ごしているのだった。


 異世界に転移した先達せんだつよ、私もやっぱりあんまりスローライフになりませんでした。ごちゃごちゃ言ってごめん。

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