ガブリエルの物語 第8話

八百六十九年十一月二日




 ざわめくカレンの都心。

 ベリー・ペルソナンティ大公が家族とのんびりとしたひと時を過ごしていた。


 名前だけの大公ではあったが王妃の弟だ。

 大公に問題が生じたら、いい大義名分となるだろう。

 カレンは必ず動くはずだ。


 ガブリエルの心臓がドクンドクンと走り始めた。

 事がそれぐらい大きくなればヴォルテールが戻ってくるかもしれない。

 明らかにどこかで自分の行動を見守っているはずだから。

 ……


 ガブリエルはボナプルス退陣のためにあらゆる手を尽くした。

 実際に多くの市民がガブリエルに同調した。



 この時、ボナプルスはカレン五世と取引をすることになる。

 自身の政権を支持するのならジャンバルソーの領土の一部を明け渡すと。

 驚愕に値する内容だったが、そのまま進められた。


 ガブリエルはすぐに指名手配された。

 その後、ガブリエルはボカンに亡命した後、

 ヴィトゥルースとの国境の山岳地帯に臨時革命政府を樹立した。


 亡命者の立場となり自由の利かなくなったガブリエルに代わって、

 ジャンバルソーの革命軍はアルテュールが率いていた。

 ヴォルテール政権の最後に、最も近いところで統領を見守っていたのが

 アルテュールだったということから彼女は重要な人物と目されていた。

 ヴォルテールが失踪して八年。

 事態が良くなる気配はなかった。


 ガブリエルはカレンの王室の人物を暗殺する計画を立てた。

 それを理由にカレンがジャンバルソーを本格的に侵攻することを願った。


 成功すればアルマンティア南部にある国々は連合してカレンに対抗するだろう。

 連合側が勝利すればジャンバルソーに革命政府を立てられる。


 「そんなこととんでもないわ!」

 「何がとんでもないんだ。このままではジャンバルソーにはなんの未来もないじゃないか」

 「だからって戦争を起こそうっていうの?」

 「俺たちが動かなくても、戦争は近い将来必ず起こる」


 アルテュールは最後までガブリエルの意見に反対だった。

 しかし、どう説得してもガブリエルの意志を曲げられなかった。


 「父さんは戦争の火種を蒔いた人間として歴史に残ることになるわよ」


 ガブリエルのことを父さんと呼んだのは、

 今から始める会話に極私的な感情を込めるためだった。


 「そんなことは怖くない。このままだと少しずつカレンに併合されていく道しかない。俺たちがどういう思いで革命を起こしたと思ってるんだ! カレンの奴らの支配を受けるわけにはいかない!」

 「……いまとは比べ物にならないくらい混乱に陥るわ。人もたくさん死ぬはずよ。領土も戦争でめちゃくちゃになるわ。私たちに収拾できるかしら?」


 ガブリエルはアルテュールの肩を強くつかんだ。


 「お前ならできる。俺はお前を二十年近く見守ってきた。他のことはさておき、人を見る目だけは自信があるんだ」


 アルテュールは、

 確信を持って自身を見つめるガブリエルと目を合わせられなかった。


 「いや、お前はやり遂げなければいけない。そして……もし俺たちが状況を収拾できないほどなら、 あの方が戻って来られるだろう。ジャンバルソーが地図から消えるのを黙って見てるわけがない」


 まだヴォルテールを待っているガブリエルの言葉に

 アルテュールは何も言えなかった。

 彼女もやはりガブリエルに負けないくらいヴォルテールを尊敬していたが、

 ガブリエルとは考えが違った。


 ヴォルテールが率いた市民革命は既に過去のものだ。

 我々が引き継ぐものは、ヴォルテールの思想と精神であって彼自身ではない。

 既に別の時代となっており、

 新しい時代のジャンバルソーは我々の手で変えていくのだ。


 ヴォルテールを呼び戻さなくてもやり遂げなければいけない。

 しかし、いまガブリエルを説得するのが不可能だということはわかる。

 革命軍のほとんどがガブリエルの計画に賛同した。


 止められないことであり、

 この土壇場に来てまでヴォルテールに向かうガブリエルの心を変える必要もない。


 アルテュールはガブリエルに手を差し出した。


 「成功しても失敗しても絶対生きて戻ってきて。私がここまで来れたのもみんな父さんのおかげだから。私を救ってくれたのは父さんだってこと忘れないでね」


 ガブリエルはアルテュールの手を強く握った。

 アルテュールの始まりは自分と似ている。

 彼女なら灯台がなくても波をかき分けて進んでいけるかもしれない。


 ……


 ガブリエルは時間を確認する。

 できるなら、現場で射殺されるのではなく、生け捕りされればいいのだが……

 少しでも撹乱させられる情報を流したいから……

 カチッと定刻を知らせる音が聞こえた。


 ガブリエルは木材で組み立てた銃を取り出し弾丸を装填した。

 これくらいの距離なら、照準に頼る必要もない。

 射撃の腕が悪くなかったガブリエルが正確に一発、

 太公のこめかみに向けて発射した。


 バタッと大公が地面に倒れると、ガブリエルは銃を捨てて両手を挙げようとした。

 その時、周辺にいた警護隊がガブリエルに向かって即座に応射した。


 野次馬がざわめきながら集まり、ガブリエルはその場に倒れた。

 どうも生け捕りにする気はないようだ……


 地面に転がって見上げた空が、気持ち悪いほどに青かった。


 どこかでヴォルテールが見ているだろう。

 そして、自分はもうすぐパテルに会える。


 ガブリエルは最後まで目を閉じなかった。

 最後まで真っ青な空を目に映したまま死んでいった。

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