第11話:奇妙な共闘
眼前すら見えない霧の中、二つの足音を頼りに前へと進んで行く。
相変わらず水弾は飛んできているが、目視で認識した時点で横に飛んで避けている。
『超集中』、アレを使うまでもない。
『超集中』ってのはアレだ。
あのなんかすごい集中してスローになるやつ。
とりあえずは『超集中』と呼ぶことに決めた。
まぁ、そんなことは置いといて。
大事なのは前で戦っているであろう二人組だ。
足音は変わらず二つ。
飛んだり、走ったり、音は止むことなく続く。
そして特に大きな音は放出音。
その音自体は遠くからでも聞こえていたが、近づくにつれてかなりはっきりと聞こえるようになっていた。
今の段階ならば俺の耳がその音を確実に捉える。
となれば、飛んでくることを予測できるのだから、前世での経験も相まって避けるのは容易い。
『超集中』を使うまでもない……のだが。
「どこにいるんだ……?」
俺は一向に、二つの足音に近づけないでいた。
というのもこれには理由がある。
まず第一として、気配がはっきりとしないこと。
ゾワゾワする変な感覚に妨害されていると言ったが、あの感覚が未だに続いている。
なんというか……この霧に原因がありそうな気がするのだが、猫の本能というのをイマイチ把握しきれていないのもあって、あまりわからない。
そして第二に、二つの足音が常に動き回っているという点だ。
二つの足音が常にあっちこっちに移動したりしている。
近くなったり遠くなったりと忙しない。
とまぁ、こんなのもあって、俺は剣を手に奴らに近づけないでいた。
前には進んでいるんだけどなぁ。
足音を追って前に進む。
視界は相変わらず制限されているが、何もしないよりはマシだろうと。
「……ん?」
ふと、足音が一つ途絶えた。
と同時に、別の音が聞こえ始める。
風を切るような音……放出された音とは別の音だ。
何か結構大きめのものが飛んできて、いるよう……な。
「へ?」
視線を前に、目を凝らした俺が見たのは、飛来してくる一つの影。
それは人の背中だった。
人の背中がものすごい速度で飛んできているのを、俺の両目は確かに捉えていた。
あまりにも突然のことに、間抜けな声を出し一瞬硬直する。
が、それが迫ってきているという事実を理解した俺は、一先ず横に移動してその飛来する背中を避ける。
俺に避けられたその背中は、すぐ後ろの巨大な木にぶつかって停止。
木は大きく凹んだものの、折れそうにないまま飛んできた人を止めていた。
「……な、なんなんだ? 一体……」
呆然とする俺に対し、飛んできた背中は砂煙の中でゆっくり立ち上がる。
どうやら無傷とはいかないものの、ほとんど効いていないらしい。
結構すごい勢いで飛んできてたけど……頑丈過ぎない?
砂煙の中の影は咳き込みながらも、鬱陶しそうに土煙を手で払って足を前に進める。
ほとんど無傷の影は悪態を吐きながら出てくるのだが、その顔に俺は見覚えがあった。
「畜生が……あンの野郎……」
「あ、ああ!」
「ん? ……テメェ、どっかで見たツラだな?」
「修練場! 私に蹴りを入れようとしたでしょ!」
土煙から出てきた男。それは数日前に修練場で暴れ、俺に蹴りを入れよとした金髪の男だった。
エレナに凄まれて退散してたやつ。
「……ああ。あの時のクソガキか。悪いが、今テメェの相手をしてる余裕は……」
その言葉を言い切る前に、射出音が耳に届く。
俺が音のしたほうをみると同時に、金髪の男が地面に手を伸ばして枝を一本手に取る。
何を、と思ったのも束の間。
男は飛んできた水弾をその枝で真っ二つに切り裂いてしまった。
俺の真横を通り過ぎる半分の水弾が、後ろの方でバシャン! と大きな音を立てる。
見てみればやはり濡れていた。
「……ケッ、魔術なんてチンケなことしやがって」
「なぁッ……!?」
枝を拾う動作から、斜め上への斬撃。
あまりにも速い剣閃。
……信じられないが、俺の目でも捉えきれなかった。
この男が枝を手に取った、そこまでは間違いなく見えた。
だがそこから、奴が上に向けて振り上げる、その一連の動作が見えなかったのだ。
その上、奴の持つ枝。
枝は長くもかなりか細い。
だというのにただ濡れているだけで、折れそうな様子は一切ない。
こいつ……どれだけの技術を持っているんだ……!?
「おい、クソガキ。今の勘づいてたな、テメェ」
「私にはソフィーって名前が……! と言うか、なんで気づいて……!?」
どうやら俺が水弾のことに気付いてたこともわかっているらしい。
……こいつと戦って、勝てる未来が見えない。
俺は男に警戒を向けながらも会話を続ける。
「ケッ。そんな警戒を向けんな。今テメェとやりあう気はねぇ。それよりもだ、どうやってアレに気づきやがった」
「え? ……音を聞いて気づいたけど……」
「音だぁ?」
「射出音。水弾が飛び出す時、音が鳴るでしょ」
「…………なるほどなぁ。クソガキ、よく聞け。魔力に音はねぇ」
「……どう言うこと?」
男は少し呆れた様子を見せて、二発目の水弾を叩っ切る。
枝についた水を振り払い言葉を続けた。
「アレは魔術だ。チンケなもんだが、まぁ……」
「ごめん、魔術からわかんない」
「…………なんかすげぇもんて考えとけ。ともかく。そのすげぇもんの音を普通の人間は感知しようがないんだよ。それなりに魔術をやってねぇとな」
「……つまり、私が音を聞けるはずはない、ってこと?」
「いや。テメェら獣人は違う。獣人は音を聞き、その身に流れる血を活性化させる生き物だ……と聞いたことがある」
「ほう。つまり獣人だけは魔術の音を捉えることができると」
「そう言うこった」
そう言って三発目の水弾を切り捨てるのを見ながら、俺は頭の中で考える。
魔術。
そう言うのがあること自体は聞いていた。
しかしこうして目の当たりにすると、やはりとてつもないものだと……俺の知る現実とは違うということを突き付けられる。
だが俺には、それに対抗する手段があるようだ。
そして多分、この男が持つ感知能力も優れているのだろう。
だがその能力は俺より高い訳では無い。
そして今、俺達は戦う理由はない。
必要性がないのだ。
戦ったところでこの魔術をぶっ放している奴が有利になるだけだし。
と、なれば。
この男の次の言葉は……。
「クソガキ、俺に協力しろ。あのクソ魔術師をぶちのめす」
「……いいよ。付き合ってあげる」
「付き合ってあげるか……言うじゃねぇか、クソガキ。俺の名前はジャックだ。奴の感知は任せたぞ」
そう言うと俺と金髪の男ことジャックは、遠くに感知できる魔術師を見つめ、その手に持った武器を構えたのだった。
TS転生奴隷ちゃんの剣闘生活 蜜柑の皮 @mikanroa
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