第10話:飛来物の脅威

 敵を倒し、剣を手に入れ、そこからしばらく。

 俺は森の中を歩き回っていた。


 始まってからどのくらい経ったのかわからないが、それなりに時間は経っているはずだ。

 だが他人の気配すら感じない。

 そもそも自分がどこにいるのかもわからない。



「地下迷宮だって言ってたしなぁ」



 迷うのも当然か、と思いつつ足を進める。


 背中に背負った剣はそれなりに重く、長い間歩いていると疲れてしまいそうだ。


 剣の重さは一応片手で持てるけど、両手で持った方が安定するサイズ感。

 太くはなく比較的細身であってそれなりに振りやすい。


 長さはさっき目視で測った通り、大体80~90cmぐらいで……まぁ、持ってみた感覚で言うとちょっと微妙だ。

 体格というのもあって重心が前に傾いてしまう。

 意識すれば大丈夫そうではあるが。



「戦う分には問題ない……と思いたいけど」



 剣を軽く抜き差しして重さを確かめる。

 これが片手で抜ける重さであるのが、数少ない救いか。



「……ん?」



 ふと、俺は足を止めて目の前に現れた壁を見る。


 壁はボロボロで蔦まみれ、草木や根が張っておりちょっと臭い。

 そして壁には黒ずんだものがびっしりと付いていた。


 ……時間は経っているものの、俺の猫の鼻はそれを確かに『血』だと認識する。


 歩いているとこういう遺跡がよく見つかるのだ、ここ。

 家屋だったり、ただの壁だったり、種類は豊富だが基本的に朽ちかけていて使いようがない。


 いや、休憩には使えるか、一応。



「あ、また看板だ」



 そしてもう一つ。

 この手の遺跡には何故か看板が立っていることがある。


 看板は比較的新しめで最近立てられたことがわかるのだが……文字を読むことができない。

 言葉は解るのにこういう書かれている文字となると、途端にわからなくなってしまう。


 だからいくら凝視してみても、それがなんと書いてあるのかさっぱりなのだ。

 矢印とか書いてあるのを見るに、何らかの案内なのだろうが。



「……むぅ、分からん。なんなんだこれは」



 そういえばこっちに来てから『文字を読む』という行為をしたことがなかったな。


 なんせ奴隷である以上、そう言ったことをする必要が一切なかったもので。

 学ぶ機会すらないわけで。



「……まぁ、矢印の方に行ったらなんかあるだろ」



 結局、看板に書かれていることはなにも分からないまま、俺は看板に書かれた矢印の方向へと進むことに。


 俺は後に、この選択を後悔することになる。

 もうちょっとちゃんと見ておくべきだったことに。






 さて、そんなこんなで矢印の方向に進むこと数分後。


 相変わらず木々は生い茂っており、敵の姿と気配はどこにもない。

 だが……そんな中で一つ、変わったことがある。


 それは霧が出始めたことだ。


 それも視界がほとんど奪われるほどに濃い霧が。



「ど、どうなってるんだ……?」



 あまりにも濃い霧に俺は手探りと嗅覚、後は尻尾の赴くままに進む以外の方法がない。


 ……しかしこの霧、何か妙な違和感を感じる。

 どうにもゾワゾワするような、嫌な気分になるような……そんな中で猫の感覚ってやつが、本能が、危険信号を出しているのだ。


 今すぐここから離れるべきだと。



「ッ……!? い、今の音は……!!?」



 俺の持つ猫の耳に一つの音が届く。

 木々が倒れ、木の棒が地面に叩きつけられたような音。


 そして一つ……いや、二つ。

 これは足音か? ……足音が聞こえてくる。


 間違いない。

 近くに誰かいるぞ。



「クソっ……遭遇するの早過ぎだろ……!」



 俺は完全に黙って周囲に視線を向ける。

 が、濃霧のせいで何も見えない。


 猫の本能や感覚に頼ろうとするも、さっきから感じるゾワゾワした何かに妨害されて、人の気配を感じることができない。


 棒切れの音、二人分の足音。

 それらは段々と大きくなって……間違いなく、近づいてきていた。


 俺は剣を抜き、辺りへの……と言っても、本当に俺の周囲へ警戒を向ける。

 近づいてきた瞬間にしか対応ができないが、何も対策しないよりはマシなはずだと考えて。



「……ん? なんの音だ、これ……?」



 その時、俺は耳に届いた一つの音に、強烈な違和感を抱いた。


 何かが放出されるような……飛び出すような、そんな音が耳に届く。

 だがこの地下、放出するようなものはない、本来ならば聞こえるはずのない音なのだ。


 ……しかし、俺の耳が聞き間違えなんてするはずがない。


 だとすれば。

 一体なんの音だというのだろうか。



「……これは……」



 濃い霧の中、目を凝らして音のする方を見る。


 すると遠くの方で一瞬、何かがキラリと輝いた。

 光の反射に近いに輝き方。


 だが光るものなど……と、考えていた、その時だった。

 俺の方を何かが掠めて飛んで行き、俺の背後で大きく弾けた。



「なッ……」



 ばしゃんっ! と言う大きな水音と共に弾ける飛来物。


 ちょうど掠めた部分に触れてみると、切れていたようで血が出てきていている。

 そのぐらいの早さで飛んできた、ということだ。


 背後に視線を向けてみると、当たった場所に大きなクレーターと共に濡れていた。



「な、なんで、水が……」



 なんて呟くと同時に、更に数発追加の弾が飛んでくる。

 俺は剣を構えて距離が近づいてきたところで集中状態に。


 さっきみたいにめちゃくちゃスローとまではいかないにしても、それなりに速度が目視できる程度になる。

 切ろうか迷ったものの、得体の知れないものに触れたくないと思い、なんとか横に飛び避ける。



「マジでなんなんだ……?」



 飛んできた方に耳を向ければ、二人分の足音と木が擦れるような音。

 どうやら戦闘の余波らしいが……それでも水が飛んできた理由がわからない。



「……行ってみるしかないか」



 動かないよりはマシだ、そう考えて俺は走り出す。

 新たな戦いにを身投じるために。

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