第9話:安易かつ困難な策
「っ……」
木の枝を握って奴と対面。
奴は剣を上段……『疾虎羽』の構えを取る。
あの高速突進技だ。
かなり近距離なのだが、煽ったからかこの技で来るらしい。
俺が打開するためには、それを撃ってもらわねば困る。
……まぁ、直撃しても困るんけど。
奴との距離は大体1.5mぐらいで、剣が振られても当たらない距離。
だが一手ミスれば間違いなく真っ二つになるような距離だ。
全力で当たらないようにしつつ、奴の一瞬の隙を好機に変えなければならない。
……煽ったのはいい、それに乗ってくれたのもいい。
結局のところ、問題はそこからだから。
「来いッ!!」
俺が枝を構えてそう叫んだと同時に、奴は剣を構えて力強く踏み込む。
地面がめり込み陥没し割れる、今まで一番強い踏み込みだ。
俺は全ての神経を集中させ、奴の動き、ありとあらゆる挙動。
その全てを目で捉えようとした時、俺の体に多大なる疲労感と共に不思議な感覚が訪れた。
まるで動きがゆっくりになるかのような感覚。
スローモーションの如く、全ての動きが俺の目で、耳で捉え切れるような、そんな感覚。
今までになかった未知の状態だが、これもまたこの体が持つモノなんだろうか。
……いや、今はそんなことどうでもいい。
疲労感は膨大に蓄積し続けるが、それでもこれは俺にとって最高の状況だ。
おかげで、奴の動きを見極めれる。
「天剛流──」
奴の踏み込みが更に強くなり、そしてその動きは走り出そうと言う瞬間に移る。
踏み込みが緩み、弱く──そして、動かし易くなった、その瞬間を。
俺は、待っていた。
「『疾虎羽』! ……なッ!?」
奴の足が徹底的に緩んだその瞬間、俺は何も言わずに超低姿勢で走り出す。
その距離、大体1.5m。
獣人の脚力を持ってすれば、奴が完全に動き出す前に飛びつくことができる。
全力を持ってすれば、1秒もかからない。
全力の突進を奴の緩んだ足に。
そしてその突進が当たる直前に、俺は手に持っていた木の枝を奴の足横に突き刺す。
声を上げる前に更に力が緩んだところで、全力で足にぶつかった。
飛び出すための前方に偏った姿勢だったと言うのもあり、俺の突進を受け奴は前に転ぶ。
不意打ちだった、と言うこともあってか、奴は顔面から落ちてその手に握っていた剣を手放してしまっていた。
俺はすかさず剣を手に取ると、奴が起き上がる前に背中に乗る。
──その一瞬、俺は躊躇した。
だが前世の倫理観よりも、生き残りたい、その気持ちが優っていた。
俺は一瞬の躊躇いの後、その背中に向けて剣を振り下ろす。
刺しこんだ、と言ったほうが正しいかもしれない。
ともかく。
俺が手に取った剣は、その腹を貫いて地面に刺さったのだった。
「ぐ、ふぅッ……!?」
俺は息を荒くし、背中から降りてフラフラと距離を取る。
かなり体が重い……随分と疲労が溜まってしまったようだ。
男の体が青白い光に包まれて行く。
「はぁ、はぁ……勝った、よな……?」
「……やはり、俺もまだ、未熟、か……」
血を垂れ流しているからか、言葉はゆっくりだった。
光は強くなって行っているところを見るに、どうやら勝ったのは確実らしい。
「未熟って……あんな剣術を振っといてそう言う?」
「獣人の娘……世間を、知らないであろう、お前に……教えといてやる。俺の剣術は所詮、初心者を、抜け出した程度に過ぎん」
「……つまり、それって。もっと強い奴がいるってこと?」
「……最初にあったのが、俺で幸運だったな、獣人の娘」
それだけ言うと、剣だけ残して奴の姿は完全に消滅したのだった。
俺はそれを見送ってから、一息吐くためにその場に座り込んで、倒れた木にもたれかかる。
結構限界ギリギリだったのだ、顔についた傷も結構痛いし。
……しかし、まぁ、うん。
マジかぁ。
確かに似たような技しか撃ってこなかったし、なんか変だなぁ、とは思ったんだよ。
それがまさか、アレで初心者を抜け出した程度とは。
この世界、恐ろしい。
前世の兵器=人間一人ってとこだろう、これじゃあ。
この世界の剣士なら、多分戦車すらも破壊できそうだ。
このまま戦い続けて、勝てる未来が本格的に見えなくなってきた。
と、嘆いてみたが。
そう悲観するようなことばかりじゃない。
俺が全神経を集中させた時に起きたアレ、ものすごい疲れるやつ。
アレが使えると分かっただけでも儲け物だ。
動いていない時かつ、超集中してる時じゃないと使えないみたいだが。
それでも敵の隙を見抜くことができる。
……この体が持つモノかどうかはわからないが、取り敢えずこの体には感謝しておくとしよう。
「さて……いい感じに休憩できたし、そろそろ……」
立ち上がって辺りを見渡す。
奴がほとんど切り倒してしまったせいで、この辺りは開けてしまっている。
早いところ抜け出したほうが良さそうだ。
それと。
「……しかしこれが手に入ったのは、幸運と考えべきだよな」
地面に突き刺さった剣を抜く。
先の方に血が付いていて、それを服の先で軽く拭き取った。
そしてキョロキョロと辺りを見渡したところ、切り株に鞘が立てかかっているのを見つける。
俺はその鞘を拾って剣をしまうと、近くに落ちていた蔓を紐代わりにして鞘に結び、体に結んで剣を背負う。
「よし!」
持ち運びはこれで楽になった。
一先ず、誰かと遭遇する前に、ここからとっとと離れるとしよう。
そうして俺は次の戦いのために歩き出すのだった。
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