第8話:猫に通じないもの

 走って、逃げて、飛び出して。

 奴の剣が振られるたびに、奴の斬撃が俺を掠める。


 逃げ回ってるおかげでギリギリ当たらないものの、攻勢に転じることができないでいた。



「はぁ……はぁ……なんなんだアレ……馬鹿げてるだろ……」



 そんなこんなで俺は今、木の上で身を休めていた。

 猫の身軽さを持っていて助かった、と言うしかない。


 ……はぁ。


 どうやって勝つんだよ、アレ。


 剣の長さは大体80~90cmよりは長いくらい。

 大の大人が持って丁度いい感じで、俺が持ったら少し長いくらい。

 細身かつ刃こぼれがないところを見るに、それなりに上等なものなのかもしれない。


 で、射程だが。


 剣術を放った場合、大体3~5m程度。

 幅は……人間の横幅ぐらいはあると思う。


 中心に立てば間違いなく消し炭だ。


 で、避けるたびに見ていてわかったんだが、アレそのものがらしい。


 斬撃は太いが残った跡はちゃんと『刃物』の跡だ。

 些か切れ味の良すぎる『刃物』だが。


 ちなみに、これは『斬打』限定の話だ。

 しかも派生技らしき『斬打-るい-』ってやつ。


 他の技になると話は別だ。


『流』は小出しで打ちまくってきているからなんとなくわかるだけで、他の技は……よくわからない。

 見切るので精一杯だ。



「……武器がないと、やっぱ無理だよなぁ」



 はぁ、とため息を一つ吐いた、直後のことだった。

 一斉に何かがような音が耳に届く。


 まさかと思って、木の上で立ち上がり辺りを見渡すが、奴の姿は木々に阻まれて見えない。


 何を……と思ったのも束の間。

 突然、俺の乗っていた木が……いや、それだけじゃない。

 周囲一帯にあった木が横に倒れ始めたのだ。



「な、なぁッ……!!?」



 俺は思わずそんな声を出しながら、倒れる木々を伝って走り出す。

 だが倒れ行く木々の範囲は思ったより広く、俺は仕方なく地上へ降りることに。


 そうして辺りが開けたことで、俺のやつの視線がぶつかることに。



「そこにいたのか」

「む、無茶苦茶やるね」

「なに、『斬打』を横に放っただけだ。近くにいないのであれば、溜める時間はあるからな」



 時間はあっても、放ってこれはないよ。

 なんか攻撃の範囲が7m程広がって、10mほどに渡って木々が倒れてるし。


 溜めたら溜めただけ威力が上がったりするのだろうか。



「だがこうなってしまえば、逃げるのにも一苦労だろう」

「思いっきり走ればそうでもないかもよ?」



 冷や汗を垂らしながら、俺は足に力を込める。

 逃げるために。


 だが奴はそれを許してはくれなかった。



「では。としようか」

「は?」



 思わず後退りをしようとした時、奴の姿が視界から消えた。

 辺りを見渡す前に、俺の直感が──猫としての本能が──背後からの強襲を感じ取っていた。



「なっ……!」



 振り向いたと同時に見たのは、奴が高く剣を振り上げる姿。

『斬打』とは別の構えかつ、既に振り下ろしの状態に入った剣技。

 奴はその名を小さく、俺の耳で捉えられる音で呟く。



「天剛流『疾虎羽しっこう』」



 俺は咄嗟に振り返って、後ろに向かって飛び避ける。

 だがその切っ先は、俺の顔を掠め、体を掠め、顔と胸元に一直線の切り傷をつけた。


 薄くはあるものの血がだらりと垂れる。



「今のを避けるか」

「そ、速度、特化……ってところ?」

「見ての通りだ。目で捉えきれていれば、やるのは容易いことだ」



 おかしいだろ。

 なんで剣術で人間の限界を超えられるんだよ。


 いや……のか? 

 俺はこの世界の人間が、前世の人間と同じ身体能力だと思っていた。


 だが『斬打』を見て疑問が湧き、今ので確信に至った。


 多分、この世界の人間は遥かに強い。

 他種族が何かに特化したのだとすれば、人間はそれに適応したんだ。



「……なんで奴隷になったの。おじさん」

「過去の話はする気などない。今はただ剣を振るうのみだ」

「あっそ。じゃあ私は……!!」



 走り出す。

 逃げるためではない、打開するために。



「無駄だ」



 奴に視線を向けて走り続ける。


 踏み込み──力強く、かつ少し横に倒したような踏み込み。

 移動に特化させた、と言うだけはあるか。


 強い斬撃や衝撃には耐えきれなさそうだ。


 そして動き出しの瞬間。


 人の目では捉えきれないだろうが、俺の目はそれを確かに捉えた。

 普通に高速で飛び出してる。


 うん、普通にぶっ飛んでる。

 方向転換とかなし、一直線に、真正面からぶっ飛んできやがる。


 そして気づけば真後ろに。



「くっ……!!」

「っ……! また避けるか……!」



 ずっと見ていた俺は、その攻撃をなんとか避けて距離を取る。


 多分あの技はものすごい踏み込みと、身体の傾けによる射出で移動しているんだ。

 後ろを取れればいいからな、逃げる前に辿り着けばいい。


 ……あの傾きよう。

 奴の力強い踏み込みが緩む、あの一瞬。


 ……この状況を打開するには、それしかないか。



「天剛流ってさ。いくつあんのさ、剣術」

「それはここで話すべきことか? ……まぁいい、天剛流には幾つもの剣術がある。元々流派と言うものは多種多様に分かれているが、この剣は切り捨てることだけを──」



 そう言って奴は剣を高く構える。

『斬打』の構えだ。



「っ!!?」

「考えた剣だッ!!!」



 振り下ろされた斬撃が、ビームの如く撃ち放たれる。

 なんとか横に飛んで避けるが、とてつもない踏み込みで地面が少し陥没している。



「しかし見ての通りだ。切り捨てることだけを考えた結果、見栄えも何もない。それどころか避けられる始末」

「それ、剣術ってより、おじさんの腕が問題なんじゃ?」

「……なんだと?」



 冷静さを保っているが、猫である俺にはわかるぞ。

 感情にブレが生じたことが。


 間違いなく、奴は……! 


 一か八だったが……ここからはもう、完全に流れだ。

 上手くいくことを祈ってやるしかない……! 



「思ってたより大したことないしね。近距離であの突進技放たれても、避けれそうだもん」

「……何故、突進技だと?」

「言ったでしょ。大したことないって」



 俺はそう言いながらおっさんに近づきながら、近くに転がっている尖った枝を手に取る。

 ナイフサイズで、刺せればナイフとして使えそうな枝だ。


 俺は近づきながら言葉を続ける。



「このままじゃ、私でも勝てちゃうかもね」

「……いいだろう。なら次で決着をつけてやる」



 奴はそう言って剣を構える。

 決めるなら、もうここしかない。


 俺は勝つ。


 勝って絶対に、次へ進むんだ!

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