lost connection

@toki_hato

本当の世界を知りたい。

 白く眩しいマンション群、熱く燃える道、すっかりぬるくなった手、汗が染みる長袖のワイシャツ、白い日差しが錆びついた非常階段を包み込む。

「明日8月16日は管理区域内であっても猛暑に見舞われる予報でしょう...みなさん水分補給は....」

暑苦しいひに暑苦しい天気予報、私はラジオを切って階段に足を踏み入れた。

 何段目まで上ったのだろうか、重い荷物を抱えながら階段を延々と上り続ける事は引きこもりがちの私の足と腕には応えたようだ...その疲れ切った足で目的の階までたどり着きその疲れっ切った腕で目的の部屋である502号室の扉を何回かノックした。


「あーてるよー」


 勢いだけの返事が廊下に響いた。

「ご苦労ご苦労ってリアちゃんは相変わらずの長袖だね~、、まあとりあえず上がって上がってー、、いやぁーこんだけ暑いと冷たいものが欲しくなるんだよねー、ありがとさん!」

 そういって相も変わらず物が散乱している玄関、サイズ違いの靴が二足並べられている玄関で私を出迎えてくれたのは芽理という少女だ。

「まったく、この辺の人はとっくに避難したっていうのに...またあんたはのんきに、それに電気も通って無ければテレビも見れないわで不便でしょうに」

 彼女が住むこの地区も昨今の“書き換え”によって住民のほとんどが移住した。

「えーリアちゃんと住んでた思い出の部屋だから引っ越ししたく無いなー...なんちゃって。。。まー確かに電気が通って無いからエレベーターが使えないのは不便だけど、、、冷蔵庫とか扇風機とかは発電機でなんとか動くしー、、あ、あと私元々晴れてる日は階段使う人だからっ!それにテレビは衛星ラジオでどうにかなっているし!、、、ってアイスアイス!すっごい溶けてるじゃん!!」

 こんな生活をしているから彼女は体格に似つかずタフなのか...けれどもまぁ、暑さには弱いようだが...今日は管理区ですら記録的な暑さだというのに管理外区域のここときたら何度になることやら。。知りたくもない。

「そう言う問題じゃ、、、電気以前にあんたにもし何かあったら危ないでしょう、まーどうせあんたは聞かないだろうけどねー」

「えー続いてのニュースです。昨日、ロシア連邦各地でで大規模な書き換えが起こり大量のフィルムが発見されました。現地警察は....」

 話の中そんなラジオが耳に入った...そいえば。。

「それは置いといて...芽理、昨日連絡をくれた例のフィルムを見せてくれない?」

 暑さにすっかり気を取られていたがここに来た本来の目的はフィルムだ。大抵のフィルムは“書き換え”のあったエリアで見つかっており内容次第では高値で売れることもある、今や区域外はこれ目当ての人がほとんどだ。平成のゴールドラッシュと言った所か...

 いやフィルムがあった所で書き換えが起こっていると言うべきか、フィルムが発見された建物は壊れて酷い惨状になっている、、それをフィルムの発見とセットで書き換えと言う...

「あーそれなら机の上にあるから座って眺めててー」

 アイスなのか何なのか、理由は分からないが何やら戸惑った表情を見せた後芽理はそう言った。

 言われた通り私は机の上に置かれたフィルムを手に取り眺めた。

「これは驚いた....」

 綺麗な模様が描かれたフィルム。過去にも山ほどフィルムは見てきたが綺麗なこんなフィルムは初めてだ、万華鏡だの関数アートだの、特にこれと言って意味のなさそうなものだ。今までは植物だの雑貨だの何かしらの物が描かれていた為この未知なるフィルムに私の胸は高鳴っていた。

「あれ?このフィルムってどこで拾って来たんだっけ?」

「えっと確か、新しく作る予定だった図書館の建設現場の近く?」

 そのあたりは以前書き換えが起こった関係で立入禁止区域なのだが折角拾って来てくれたのだしここは何も言わないで置こう。

「リアちゃんー、アイス冷蔵庫に入れたらまた元通りになるかなー」

 彼女はシャーベットに何を望んでいるのやら、震える声の彼女には悪いがシャーベットは一度溶けたらもう戻りはしないだろう。

「諦めなさい、冷やして飲んでも甘くておいしいと思うよ」

「えーせっかくアイスで涼めたと思ったのにーまた買って来て..お願いっ!」

 幼げな顔で語りかけてくる。少し前の私なら間違えなく買いに行ってあげるだろう、そんな可愛らしい顔をして頼み込んでいる。だが残念な事に、今の私は階段を上った疲れとフィルムに対する好奇心の方が彼女の可愛さを勝っている。それに行くとしても今度は芽理も一緒に連れていくだろう。

「まーそれはそれとして。今日はフィルムを解析するためにわざわざスキャナを抱えてここまで来た事だし...早速読み込んでみましょ。」

「んーわかったーじゃあ私の発電機にケーブル繋げてくるからリアちゃんは適当にモニターに繋げといて。」

 シャーベットの事はもういいのか、ケーブルを手に取りキッチンからベランダに足早に駆けて、発電機を繋げに行った、、にしてもよくもまあそんなに元気が有るものだと感心しつつ、こちらはこちらでモニターに線を繋げた。。。


「発電機と繋げたよー」

 丁度私が繋げ終わったタイミングで彼女が言った。

 準備も整った事だろうし早速スキャナの電源を付けてフィルムを挟んだ。詳しい事は分からないがフィルムを読み取って出てくる数字の羅列を英語に直した後和訳し、その情報をモニターに映し出す仕組みだそうだ、、解析した情報には書き換えに関係した情報が刻まれているとかなんとか、、私にはさっぱりだが見つけた記念に確認する様にしている。それにしてもフィルムを読み込む為に動くレーザーとそれを冷やすファンの音が実に騒々しい。

「なんだろこれ」

 スキャナの放つ音なんか気にもかけない様子でモニターを指さしては彼女はそう言った。

「こ、、れは、、」

 そこには見覚えのある地名が端から端まで並んでいた。。

 区立中央図書館建設地、ふれあい公園、中央卸売市場、総務省第二庁舎....沖縄米軍基地.....中央線.......東欧諸国..........当世界.....

「リアちゃんこれって、、書き換えが起きた場所だよね」

 「うん、多分そう、、、」

 その瞬間私の身体はひどい倦怠感に襲われた。めまいがし視界が暗闇に包まれ力が抜けた、、恐らく床に倒れこんだのだろう、足の力が抜ける感覚とともに全身に強い衝撃が走った。

 そんな中衝撃と燃えるような熱さと共に暗闇とは一転して私の視界は白い光に包まれた。


「あれ.....リアちゃ.....だい...」

「ごめ....リアちゃん...必ず...****....から...」


 芽理が何かを叫んでいるがうまく聞こえない。返事も返せない。。。身体っが炎のように熱く意識が遠のいていく....


 ごめん、、でもきっと.....私は







 冷たい、、、固い、、、、


「うわー何の音ー!」

 ほんの少し前の暑苦しさとは真逆の感触に包まれる中壁越しにそんな声が聞こえた。

「って...あれ...リアちゃん?大丈夫...?」

 扉が開くと同時に彼女はそう言った。なにが起こった、、生きている事に一安心し私は身体を起こしあたり一帯を見た。

 やっぱり、、と言うのか何と言うのか。芽理だ...と言うかなぜ私は廊下に居る...ひょっとして倒れこんでいる内に芽理が...

「め、芽理!何があったんだ、それとなんで私は廊下で倒れていた?」

「えー知らないよーなんかすごい音がしたと思ったら倒れているんだもん...まったく、こんな家の前で倒れちゃうなんて普段どんだけ動いてないのー、、ってリアちゃん...相変わらずの長袖で熱くないの、、まあ、とりあえず上がって上がってー、、とりあえずご苦労ご苦労、いやぁーこんだけ暑いと冷たいものが欲しくなるんだよねー、ありがとさん!」

 そんな事を言って私の隣に落ちていた袋を拾い上げ部屋に入っていった...どういう事だ、あの後私は家に帰ってまたここに来たと言うのか、記憶がさっぱりない、それと今の芽理のセリフもどこかで聞いたことがある...なんだろうデジャブと言うのか何なのか。

 とりあえず疑問を持ちつつも外は相変わらずの暑さなので私は部屋に上がることとした。

 いつもとは違う整った三和土に驚いた...

「いつの間に玄関整理したの?」

「んー?整理...?最後に玄関を整理したのは半年くらい前かな?、、、ってアイスアイス!すっごい溶けてるじゃん!!冷蔵庫に入れたら元に戻るかなー...」

 何かが心に引っ掛かり玄関で立ち尽くしてしまった。さっきなのか先日なのか、少なくとも以前この部屋に来たときは確実に散らかっていた、彼女は何故そんな嘘をついたのだろうか、自然と鳥肌が立った。

 それとまたデジャブだ、、、何かひどい違和感がする。。。とりあえず既視感を詳細に思い描きながら適当に返事をしてみた。

「シャーベットは冷蔵庫に入れても戻らないと思うぞ。」

 私は玄関で立ち尽くしたままそう答えた

「シャーベット?リアちゃんシャーベットも買って来てくれたの?」

「どういう事だ...私はシャーベットを買って来たのでは無いのか...?」

「あれ、そうだっけ...?けどリアちゃんカップアイス買って来てくれてるしー....私もカップアイスが食べたいって言った気がするから大丈夫だよ!ありがとうー、、あと玄関暑いからこっち来なー」

 おかしい、私の記憶ではシャーベットを二本、管理区のスーパーでを買ってきたはずだが、、やはり記憶が抜け落ちているのか...そんなことを考えながら私は靴を揃え部屋に上がった。

「まて、なんでテレビがある?」

 整った玄関に昨日の今日は無かったテレビ、、、それは全く別の部屋に来たような...そんな気持ちに私をさせた。

「んー?何でって、何でだろう。ニュースとか天気予報とか見られるから、、かな?」

「まて、テレビは付くのか?ここは管理区外だろう?」

「う、うん、もちろんテレビだから付くよ、リモコン机の上にあるから見たいなら見ていいよー。けどリアちゃんさっきからどうしたの、、なんかいつもと違って変な感じだよ...?」

 私はテレビのリモコンを手に取り焦るように電源を付けた。

「934mのタワーは墨田区で来年7月14日の着工予定です...時刻は正午を迎えました、えー次のニュースです。今日未明、領空侵犯の恐れがあるソ連軍機二機に対し自衛隊機がスクランブル発進しました.....」

 ほ、ほんとうに映るのか、、どういう事だ...ここは区域外、書き換えの広がりを抑制するためにここら一帯は電波が遮断されていたはずだ...まて、、昨日のニュースはやらないのか、、、確かロシアで大規模な書き替えが......

 私はテレビをみて唖然とした...

「今は、今は何年、、、芽理、今年の西暦は」

「え....えぇ、あ、えっと2007年?あれ平成19年って事、かな?」

 おかしい、、なぜテレビはソ連と報道している...昔の映像をリメイクでもしたのか...

 まて、、今芽理は2007年と...今、、今は、2013年のはずだ、、、

 頭が真っ白になった、ただだち尽くすしか無かった、、どうなっているのかさっぱり分からない、、ただ、私はただ、私はさっき...

「そ、そうだ芽理、フィルムは、例の模様が描かれているフィルムはあるかい?また、ま、また読み込もう...スキャナ、スキャナが無い、、何故だ、私はいつも持ち歩いているのに...」

「フィルム...?スキャナ?なーに、それ?ほんとにリアちゃんどうしちゃったの?」

 意味が分からない、、、、

 私は膝から崩れ落ちた。。。底知れぬ恐怖が、恐怖心が私の心を貪った、、、崩れた膝を抱え、座った、、視界が淡く揺らめく、もうなにをすればいいのか、何も分からなかった...芽理の声やテレビの音、、それらはただただ私の耳から抜けていくだけで私の心には何も入らなかった...。。。

 どれほどの時間が経ったのだろうか、私に流れる無音の時が止まった。

 優しい衝撃と甘い匂いに背中が包まれた。

「リアちゃん、、、泣かないで。。どうしたのか私には分からないけど。一人で抱え込むくらいなら私がそばにいてあげる、話も聞いてあげる、だから。」

 泣いていたのか...私は、、、それにひょっとしたら芽理は私に何度も声をかけてくれていたのか...。。優しい声、穏やかな温もり、それらに包まれた、、非常に落ち着く、心地がいい。

「そうだ!リアちゃん、外でもお散歩しようよ、ふれあい公園、久しぶりに行こう!それとも戸山公園にでも行く?」

 公園はもう書き....、、私は放とうとした言葉を喉の奥にしまった。。

「芽理...ありがとう。行こう、せっかくなら戸山公園に、、久しぶりでしょ?」

 私は、今私が出せる最大限の平常心で返事をした。。

 小さいころ、まだ書き換えが起こる前の事、芽理とよく行った...日はすっかり落ちかけていた..

「わかったー、今のリアちゃん見てなんかちょっと安心したかもー」

 それにもかかわらず、彼女もまたいつも通り穏やかに返事をした。


 何もかもが綺麗だ、区域外なのに人がいる。市場も公園も図書館も、何もかもが“書き換え”の起こる前に戻ったようだ...私は今ショックで寝込んで夢でも見ているのだろうかは...たまた違う世界に、、いや空想染みたことを考えるのはやめよう...けど、けれども永遠にこの時間が続くなら、続いて欲しい...

 空想といえども真実が知りたい、、私はそういう性格なのかも知れない。芽理に一つ質問を投げかけた...

「芽理、一緒に管理区で住まない?」

「管理区って何の事ー?リアちゃんが住んでいる区のことー?」

 やはり、芽理は管理区を知らないのか...

「いや、書き換えが起こって危ないだろう。。」

「書き換えってなーにー、リアちゃんやっぱり変な感じー」

 夢か幻想か、どうせなら本音をぶつけられる、私は本心に従い言葉を放った。

「いやー、けどさ、芽理って新宿にずっと住んでるじゃん?だから会いずらいって言うかーもっといっぱい会いたいし、危険だと心配だから...引っ越してくればー?って」

「んー?私が住んでいるのは淀橋区だよーリアちゃんも一緒に住んでたじゃん昔ー」

 淀橋.....淀橋区....淀橋区、芽理は確かにそう言った、けれども淀橋区ってなんだ、、、知らない、そんな区知らない。。ヨドバシ、、、市場の事か?カメラ屋の事か?なんだ、淀橋って...

 知りえない事が夢や幻想になって現れる...そんな事はあるのか?

「あ、あれー?ごめん芽理変な事聞くね。ここは今何区?」

「今ー?今はそこそこ歩いてきたから新宿区?いや淀橋区かな?」

 新宿、新宿区はあるのか、でも本来の新宿があった場所が、新宿区じゃない。

「ね、め、芽理、何故ここら辺新宿区じゃない。それに淀橋区ってなんだいつからある...」

 どういう事だ、さっぱり分からない。どういう事だ、なぜ訳の分からないことを芽理は言う?

「わかんないー図書館行って調べてみればー?なにかわかるかもよー」

 図書館、新宿区立中央図書館か、、確かに、そこなら郷土史や地図くらい流石に置いてあるだろう。。それにパソコンなんかも置いてあってインターネットで調べものなんかもできるだろう...

「そうだ、図書館、図書館に行こう」

「わかったー...あれ、だけど私こそろそろ夜ご飯作らなきゃ...リアちゃんも食べていくんでしょ?夜ご飯...」

 なんの話だ、、私は芽理にそんな事を言った記憶は...

 この時ある仮説が私の中で立った。。その仮説が本当だとしたら...恐怖と不安が溢れた。。

「あ、そうそう、そうだったねー今晩は芽理のご飯食べるんだ。ごめん、先帰ってて少しだけ調べものしたらすぐ帰るからさ。」

 仮説通りだとまずいので私は一先ず芽理を帰らせ、ご飯を作って貰うことにした。

「わかったーけれどもあんまり遅くならないでねー。あ、あと福神漬け買って来てーお金渡すからー」

 カレーを作ろうとしているのか、、それにしても作ってもらう身なのに悪いな...福神漬けくらいは自分で買って帰ろう。

「わかった。福神漬けね、けれども...お金は大丈夫だからー、作って貰うんだし私が買う!じゃー先帰っててー気を付けてー」

 少し強引だった気がしたが軽く別れの挨拶をした後足早へと図書館へと向かった。。。


 淀橋区立中央図書館..


 入り口にはしっかりそう書いてあった..新宿区が存在しない、いやさっきまでいた場所は新宿区、しかしここは淀橋区...ますます訳がわからない。私は焦り、図書館へと急いで入った...

 えーっと世界、日本史、世界地図全編、郷土史っと。分厚い地図や郷土史、日本・世界史の本などを何段も何段も重ね机まで歩いた....

 早速私は新宿-淀橋 四谷牛込郷土とかいう本を手に取り開いた。


・新宿区 新宿区は特別区設置により四谷区、牛込区が合併する形で1947年3月15日に発足した。尚、当初は淀橋区も編入し淀橋区の地名から名前を取り発足する予定だったが区民の反発により淀橋区が編入される事は無かった。(新宿駅が淀橋区にあるのはそれが要因である。)


 変わっている。。。無い、無い無い無い無い...本来の地名が無かった事にされ本来無い地名がある、どういう事だ。他はどうだ、何か変わった事は...わたしはふと目に留まった世界地図の本を手に取った...

 ・・・どういう事だこれは。

 地図を開くと初めのページには大きく略式世界地図が書かれていた。だがしかし、その地図は私が見た事無い物だった。

 ユーゴスラビアにソ連もある...香港は未だ英国領で..いや、早計か、、この本の出版はいったいいつなんだ...。。私はほんの微かに残る夢や幻想と言う気持ちを高まらせて最後のページを開いた。

  2005年、はっきりとそう書いてあった。

 私の知る2005年は新宿区に新宿駅がありソ連は崩壊していて香港は返還されている。。しかしここに書いてある地図は事実らしい...いやな予感が当たったのかもしれない...私は顔を上げ貸出しカウンターにかけられているカレンダーを見た。

 2007年8月、そう書いてあるカレンダーが掛けられていた...タイムリープだのタイムスリップだの、そんな事を私はしてしまったのかも知れない...

 その瞬間、私はハッとなり思い出した。。。この図書館は、、、2013年に出来たっというのにどういう事だ...


 私は本を散らかしたままではあるものの図書館を飛び出て芽理の住むマンションへと走った。。。外はすっかり暗くなっている。

 何故図書館が完成している、タイムリープしたとしたのなら、なぜ、、、それに淀橋区は、世界地図は...どうなっている。仮に私が2013年から2007年に来たとしても存在しないはずのものだ。

 怖い、とても怖い、、私は芽理の家を目指して走った、何年振りだろうか、ここまでっ本気で走ったのは。普段全く動いてない私の足は今にも折れそうだ、と言わないばかりに悲鳴を上げている...痛い、だが決して速度を落とすことは無かった。


 淡い光を放つマンション群、黒く深い道、すっかり冷え切った手、冷や汗で冷える長袖のワイシャツ、白い蛍光灯が錆びついた非常階段をほのかに照らす。

 私は全力で階段を掛けた、夜の街に金属音が響く、街灯の灯す光が包むこの町を見て...もう私は違う世界に来てしまったのだと思った。

 私は芽理の部屋に着くやいなや扉を勢いよく開けた。。鍵を掛けないのはここに住む芽理も変わらないらしい。。いや今までの芽理はどうだったかな...

「リアちゃんー?びっくりしたー。。そんな強く開けなくても...と、とりあえずおかえりー、、今丁度ご飯出来たよー」

 彼女の声を聞いて安堵した。すべての恐怖が消えた、、。。

「そうだリアちゃん、福神漬け買って来てくれたー?」

 すっかり忘れていた、でもこんな話が出来て安心した。

「ごめん、、福神漬け買い忘れた。。」

「あー大丈夫だよー別に福神漬けなくても美味しいしー、、ささ、とりあえず夜は冷えるでしょー、、早く上がって手洗ったらご飯食べよー」

 私は手を洗いながら芽理に起きたことを全て話そうと思った...


 食卓に並んだのは予想とは違いシチューだった。。はたして福神漬けは必要だったのか...などとご飯を食べながら芽理の普段の日常についての話を聞いた。。

 永遠にこの時間が続けばいいのに...私はそう思った。次第に話すのを躊躇してきた。。いや。

「芽理...実は...」

 私は芽理にすべてを話した、今までの生活の事、書き換えの事、フィルムやスキャナのこと、新宿のことや世界地図の事も話した...

「リアちゃん...その表情を見る限りだと本気で言ってるっぽい。。良く分からないけど...つまりリアちゃんは2013年の未来からタイムリープして来たって事?」

 大雑把ではあるものの一通り話した、芽理の答えを聞くには理解してもらえたようだ。長年の付き合いだからだろうか、理由は定かでは無いがすんなり信じてくれたみたいで、、安心した。

 私はここで今立てている仮説について話す事にした。

「私がいた2013年を向こうの世界、今いる2007年をここの世界って一旦仮定して話すね。結論から言うとこれはタイムリープでは無く別の世界へ来ただけだと思う。」

「私が居た向こうの世界での6年前、つまりこここの世界で今日は淀橋区も無ければ中央図書館も無い、世界の国々や情勢までもこことは全く違う世界だった...それに向こうの世界での6年前はまだ私たちは今よりもずっと幼い...」

「だから私は単純に未来から過去に来ただけでは無いと思う、おそらくここは違う世界、違う時空、、その類だと思う...」

 私は自分の考えていた仮説を芽理に話した。。

「じゃあ、リアちゃんは全く別の世界からやって来たって事ー?」

「まあ、あくまで仮説にしか過ぎないものだけど...」

「けれどもどうして、リアちゃんは向こうの世界からこっちに来たんだろう...あ、いや、、全然来てほしくなかったとかじゃないよ!勘違いしないでね...単純に気になっただけだから...」

 確かに私は何故こちらの世界にいるのだろう...不思議だ。。。今まで根本的な事を見落としていたな、、

「確か、、私は変わったフィルムを解析して、、こっちに」

「それが原因かもよ!色々考えてみなきゃ、、フィルムについて何か覚えている事とかこのリアちゃんが来た事に関係している事は無いのー?」

 フィルム...一回思い出そう...確か色々な書き換えの場所が書いてある物を解析して..

「なんか書き換えが起こった色々な場所で見つかって...新宿中央...いや淀橋図書館とか、、直近ではロシ、、ソ連なんかとかでも大規模な....」

あれ、、ひょっとして....

「芽理、、ここの近くに総務省第二庁舎ってある?」

「ん-、わかん無いけど...聞いたことは無いかな。。多分そーゆーのは全部霞ヶ関とかにあると思う。。」

「じゃ、じゃあ沖縄の米軍基地は?」

「アメリカの基地ー、、うーん分からないけど沖縄には無いんじゃない?なんか北海道とか青森とかのは良くニュースでやっているけど...」

「じゃあここから立川までは電車でどうやって行く?」

「さっきからリアちゃんはなにを言っているのー頭がパンクしそうだよー...電車じゃいけないでしょー、おかしいよ、、」

 ひょっとして...そうかもしれない、、向こうの世界で書き換えがあった場所、官公庁や図書館、外国の基地なんかも、、はたまたロシアなんかいう一国家も、、この世界は違う形で存在している...

「この世界が何なのか、向こうの世界が何なのか、少し私は分かったかも...芽理、さっき私が言ったフィルムがあった...書き換えが起こった場所、それはこっちでは違う形で存在している...」

「つまり、、、どういう、、」

「向こうの世界で書き換えが起こった場所、それは向こうの世界では廃墟になる、、、人も建物も何もかも。。そうして無くなった事が反映された世界..それがここ....」

 つまり、、私がこちらの世界に来たという事は...向こうの世界では、、

 食事が喉を通らなくなった。

「................じゃあ、リアちゃんはむこうの世界では、、書き換えられちゃった....って事。。。?」



 そういう事だろう、私は向こうの世界では書き換えられた、、消されたも同然の存在だ...



「うん、、、、きっと書き換えられた、きっと私は消されたんだ...書き換えが起こる理由は分からないけど、、本来は存在する必要が無いから、だからきっと消されたんだ」

 原因解明なんてどうでも良くなった...ただただ私は世界から見放されただけでは無いか...

 しかし芽理がこちらに来たばかりの私を“変”と言っていた以上こちらの世界にも私が居たと考えられる...あちらの世界の私が選ばれてこちらの世界の私が消され、私は今ここに存在するのかもしれない...

「そんなことない、、と思う、、リアちゃんはきっと、、、、こっちの世界で必要だったからこっちにいるんだよ!本当に要らなかたら存在しないよ...」

 彼女なりに私の事を励ましてくれたのだろうか...私の心を覗かれた気がして私は何も返すことが出来なかった...

「芽理...今日は泊まらせて」

 いいよ、、ずっと.....彼女は何か言い残して食器の後片付け始めた...

 私は一気に力が抜けたそれと同時に疲れが一気に押しかけて来た...結局私はすぐに寝てしまった。。。






「今日は都内全域で洗濯日和でしょう...」

 目が覚めと同時に天気予報が聞こえてきた....差し込む日、整った部屋、、まるでどこもかしこも書き換えが起こる前の世界に戻った様だ、、......何故だろうか.私は不思議とこの世界の事を違和感なく受け入れていた様だ。。。

 どうやら昨日、私は疲れて机に伏してそのまま寝てしまったらしい、それを見かねてか芽理は毛布を私に掛けてくれたみたいだ...隣では掛けてくれたその人本人が何もかけずに寝ていた...彼女の背中に彼女が私にかけてくれた様に毛布を掛けた。。

 目を閉じている彼女は普段の彼女よりも幼く見えた...思い出してみれば彼女のほうが私よりも二歳年下のはずなのだが...すっかり彼女の方が姉みたいだ。

 昨日食べ残してしまったシチューを温め軽く朝食をとった。

 食器を片付けた後、私は私は少し街を散策してみる事にした、机の上に書置きは残したので彼女が心配することは無いだろう。


 懐かしい街、私は今そこを歩いている、、だがしかしここは知らない街だ。。知らない市場の脇を通って私は実感した。

 書き換えが起こった場所は何かしら変わっている。。前の街が間違っていたから書き換えられたのかもしれない、はたまたこの街が正しいと言う事で、この街に近づける為に書き換えられたのかも知れない...

 詳細は書き換えている本人か神か自然か、、当事者にしか分からいだろうな。

 まあ深くは考えずにこの世界に浸って居よう。 

「え、、リ、リア、、」

 浸る隙も無く私の名を呼ぶ声が後ろから聞こえた...振り返ってはならない、そんな予感がした、全てが崩れる、既視感かデジャブか...そういうやつだ。。

 しかし私は振り返るしかなかった...

「やっぱり、、リア、、どうしてここに...」

 振り返ると目の前まで近づいていた彼女、、私の同い年の幼馴染。。私と芽理と良衣、、ずっとずっと幼馴染、、声を聞くだけで分かった以上私の中には鮮明に彼女の姿、全てが刻まれていたのだろう

「ら、、良衣...会いたかった、会いたかった。。。」

 良衣は死んだ、私の世界、、いや、元居た世界では、、何年か目に死んだ。

 私達と一緒に元居た世界で暮らしていた、、、しかし彼女は一人で死んだ、望まない世界と言い残して、警察も事件ではない以上捜査は行わな無かった、、。それに書き換えもまだ始まる前だった...

「良衣、、芽理と、三人で、、また一緒に...」

 いけない、、この世界ではみんなあちらの世界の事を知らないんだ、こんな事を言っても困らせちゃうだけなのに、、

「ッ...ごめんなさい、、それは出来ない、、この世界も...」

「この世界も“オリジナル”とは違う。」

 どういう事だ、、私はこちらの世界で今までで彼女と会っていなかったのか...それとも、、どういう事だ。。それに彼女は何故、、私と仲が良く無かったのか。分からない分からない分からない,,,,

 彼女は棒立ちの私を無視して私たちの住むマンションへと走っていった。。。

 

 冷や汗が出てきた嫌な予感、、的中させたくない、、私は走って彼女を追いかけた。。 

  痛い、、

 普段全く動かないのに昨日派手に走ったせいか酷い筋肉痛に見舞われた...追いつけない

 私は持てる力最大限に走った、走って走って、、走った。。けど無駄だった....


 私は私たちの家に着いた、しかし間に合わなかった。。

 包丁が胸に刺さっていた、、柄の部分以外はすべて隠れ、、芽理は死んでいた...殺されていた。。派手に刺され血を上げ、全部さっきの女に。


「おい....なんで...なんで...こんな事をした.」

 私は息を切らしながらも声を上げ怒鳴りつけ、彼女の喉元目掛け飛びついた...

 しかし彼女を殴ることも出来ず腕をつかまれ押し倒された...全く相手にすらならなかった...


「私は彼女を殺さなければならなかった。。この世界は間違い、、全部私達三人と世界の為」


 彼女は何を言っている、、、私と会わないうちに、少しでも会わない内に...人は、世界はここまで変わるのか、、


「それにリア、あなたはここに居てはいけない、ここに居てはだめ。。」


「何故だ、、何故そんなことを言う、、なぜ芽理を刺した、全て答えろ、、」

 私は怒鳴った、声がかれても、泣きながらでも、、知りたい、戻って欲しい、、何も良くなかった、、この場所も。


「書き換え........芽理の記憶で書き換えを止められ、、全てが安全で幸福な世界を作れる、、」


「何を、、ら、、良衣、、お前は何を言っている、、、芽理の記憶が必要なら何故刺した、、それにこの世界で書き換えは起こっていなかっただろう。。」


「芽理は人じゃない、この世界の生成には失敗した、、彼女はもともと“作り変え”を行う存在」


 何を言いたい、知りたくない、芽理を返せ、、私は、、ただ私は、、みんなで楽しく、、


「芽理はメモリー、、記憶、、私が名付けた、、前の世界で、、彼女は本当の世界を知っている、、だから彼女を」

「それにリア、あなたがこの世界に来たと言う事は...最初の書き換え、、、あなたが以前いた世界で芽理は一人、一人ぼっちで生きている。。いや、生命としての活動はしていないが、、」

「オリジナルの世界、本当の世界に近づける為、私は世界を変える、、でも、、あなたが来たから、、この世界の生成は失敗した。」


「なにを言っている、、はっきり言え、、この根暗野郎が、、返せ、芽理を、芽理を、、芽理を」


「リア、あなたは向こうの世界の現実、reality、を知っている。。だからこの世界の現実との違いに気づいた。。あなたがまた元に戻そうと書き換えを行ってしまう。。だから芽理は傷つく....」


「お前はさっき、、芽理は人では無いと自分で言っただろう、、貴様は、、、」


「芽理のオリジナルは、、、芽理は人だった、、、、でもリア.....あなたが、あなたが世界の違和感に気づいて、、書き換えが始まった。。そこで芽理は、、自分の、、いや、正しい世界の記憶で作り変えようとした。。そこで芽理は死んだ、、あなたが気づきさえしなければ芽理は死ななかった、、私もここまで苦労しなかった、、あなたが殺しさえしなければ.........」


 私は気づいた、、この世界は違う、、元の世界が正しい。いや、最初からすべて間違いだ、元の世界は本物の世界に記録されたに過ぎない。

 我々は作られた世界に居る、だとすれば我々が観測する上での芽理の記憶が本当の世界を映し出すものであると考えることは妥当だろう。

 我々が作られたのだとしたら芽理が本来の本当の世界の記憶によって作り上げたといえる、、私も作られた、、だから私は“リア”なのか、、真実を映すからこそ物語にはいらない、だから消された。。。

 ならばらい、、、良衣、、彼女はなんだ。。。 もしlieなら。。。


 きっとまた芽理によりこの話が作られリアが現実へと近づけ物語潰す、そしてすべてが嘘であると良衣から伝えられるだろう。

 彼女の言ったことは嘘だ、物語を作り変えるならばそれは既存の記憶を現実から離すものだ。

 つまり、作り変えた者が書き換えを行う。



 果たして私が今見たこの世界というものを...私はどう観測しただろうか。。

 そして私はこの世界を知っても、、知っているが故また現実に戻してしまうだろう。。。


 物語にリアはいらない。。

 

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