第7話 狂気の墓場にて

 荻原真一と露木愛の物語は終焉を迎えたと思われた。彼の部屋に張られた結界により、暗黒魔界からの訪問者の魔手から逃げ切れたと確信した。


 しかし露木愛の異常な情念は、私たちの想像をはるかに凌駕した。亡霊となった彼女は結界に阻まれながらも荻原真一を諦めなかった。そして戦慄すべき結末をもたらすことになったのである。


 その日の夜、再び荻原真一は音信不通になった。私はなぜか胸騒ぎがして彼と連絡を取ろうとしたのだがすべて徒労に終わった。電話にも出ずメールもLINEも反応しなかったのだ。


 まさか、結界が破られたのではないかと不安が頭をよぎった。私はさっそく例の二人に協力を仰ぎ荻原真一のマンションに駆け付けた。

 まだ遅い時間ではなかったが三人でタクシーをとばした。


 インターホンを鳴らしても反応なし。私は預かっている合鍵でドアを開けた。室内は無人だった。


 真一のヤツいったいどこに行ったのだ。彼は夜にフラフラと出歩くような人間ではない。金髪碧眼の超美人によると結界に異常はないそうだ。


「まさか……」


 売れない作家はうめくように言った。


「露木家のお墓はどこだ?」


 郊外のお寺にそれはある。私が場所を伝えると売れない作家は「よし、いくぞ!」と声を上げた。当然私も同行することになった。


 私たちがそこに着いた時、夜はすっかり更けていた。そのお寺の墓地はかなり広かった。やはり夜の墓場は気味が悪い。私は記憶をたぐって露木家の墓を探した。


 そして私たちは発見した。露木家の墓……。


 その墓石に抱きつくように倒れている人影……荻原真一だった。


「しまった! やられた!」


 売れない作家が叫び、私たちはその墓に駆け寄った。


 荻原真一は死んでいた。その眼はカッと見開かれ、口からはよだれを流している。金髪碧眼の超美女は真一の首筋に手を当てると小さく首を横に振った。


「……間に合わなかったわ。悔しいけど」


 私はしばし呆然としたが、救急車を呼ぼうとスマホを取り出した。


「無駄だな。残念だが彼は連れ去られた」

「結界だけでは無理だったのね……」


 二人とも一体何を言っているんだ、連れ去れた? 結界だけでは無理だった? 今ならまだ間に合うかもしれないではないか。


 その時である。深夜の墓地は不気味な静寂と共に異様な冷気につつまれた。夜空から全ての星が消え、露木家の墓以外の周囲は暗黒の闇に包まれた。青白い炎が漂うのが見えた。


 私たちは完全に冥界の邪悪な妖気に包囲されたのである。


「……わたしは露木愛……」


 地の底から湧き上がるような声がした。聞き覚えのある露木愛の声だった。


「……よくも真一さんと会えなくしてくれたわね……許さない……絶対に……」


 血も凍るような冷たい声だった。


「……でも真一さんは、わたしのもの……誰にも渡さない……渡さない……」


「……さようなら……わたしは……真一さんと……さようなら……」


「愛! 待て! 待ってくれ!」


 私は思わず叫んだが、私たちの周囲の冷気と闇は潮が引くように消えていき、夜空に星の輝きが戻った。私たちは真一の亡き骸と共に深夜の墓場に残された。


「終わったな」


 売れない作家がつぶやき、金髪碧眼の超美女がうなずく。荻原真一の遺体の顔は心なしか笑っているようだった。


 やはり部屋に結界を張っただけでは、露木愛の異常な情念から荻原真一を守りきれなかったのだ。たしかに彼女の亡霊は真一の部屋に入ることはできなかった。

 しかし彼の心に働きかけ、部屋から連れ出すことには成功したのだ。そして彼女の願いはついに結実し成就した。


 荻原真一は露木愛の墓に呼び寄せられ、冥界に引きずり込まれたのである。まさしく壮絶な最期だった。


 私にはわからない。果たして露木愛と荻原真一は幸せだったのか。彼女にあそこまで想われて男として本望ではなかったのか。


 私たちは改めて露木愛と荻原真一の冥福を祈った。こうして事件は終わったとおもわれたのだが……。


 ある夜の深夜。私は奇妙な音に目を覚ました。カツ、カツ、カツとマンションの廊下に響く不気味な足音。それは私の部屋の前でピタリと止まった。そしてインターホンが鳴った……。


                 完




 


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KAIDAN「闇からの足音」 船越麻央 @funakoshimao

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