第6話 結界

 私は売れない作家及びそのおんな相棒に会った。荻原真一の身に起こっている怪異について相談するためである。

 私の知っていることをつつみかくさず彼らに話した。二人とも疑いもせず真剣に耳を傾けてくれた。


 やはり荻原真一は女の亡霊に取りつかれている、至急手を打たないと手遅れになるだろうと金髪碧眼の超美女は主張した。売れない作家も彼女と同意見で、手を貸すよと申し出てくれた。このコンビには真一を救うための考えがあるようだ。


 私は感謝の意を伝え、早急に彼らと荻原真一のマンションに乗り込むことを約束し

た。露木愛の亡霊と対決することになったのである。


 荻原真一は思った以上にひどいことになっていた。やはり私の忠告を無視して、毎夜露木愛と情交を交わしていたのだ。彼の顔にはもはや死相があらわれていた。完全に露木愛の亡霊に取りつかれているようだ。このままでは本当に危ない。


「うーん真一、ひどい状況だなあ」


 私は思わずそんな感想をもらしてしまった。売れない作家と金髪碧眼の超美女も顔を見合わせている。


 私は真一に、このままでは本当に死んでしまうぞ、冥界に引きずり込まれるぞと説いた。

 真一は呆れたことに、それも本望だと言い放つ。それほどまでに彼女を愛してしまったのか。親戚とはいえ私は露木愛に対して恐怖心を抱いた。


「でもこのままでは確かにまずいわね」

「そうだな、結界を張るしかないな」


 私は二人の会話を聞いて驚いた。結界とはいったい何なのだ。真一は腑抜けたようにぼんやりしている。


 金髪碧眼の超美女は、パチンと指を鳴らすとカードのような紙片を取り出し、何やら呪文のような言葉を詠唱した。するとそのカードは宙に浮くと目も眩むようなまばゆい光を放ってやがて消滅した。


「これでいいわ。もう彼女はこの部屋には来られない」


 金髪碧眼の美女の自信満々の言葉に売れない作家もうなずく。二人の説明によるとこの部屋に結界を張り、露木愛の亡霊から荻原真一を守るようにしたそうだ。彼女がやって来ても部屋に近づけずインターホンを押すことも出来ない。万が一内側からドアを開けたとしても部屋には入れないらしい。


 私は半信半疑ながらも二人に礼を言った。これで荻原真一は本当に救われるのか。露木愛の呪縛から逃れられるのか。しかし今はこの結界とやらを信じるしかない。当の真一は茫然自失の状況である。


 私たちは真一の部屋から引き揚げることにした。私だけでも泊まろうかと考えたが、露木愛が気配を感じて逃げ出してしまい、結界の効果が発動出来ないとの事なので断念した。


 その日の深夜。やはり露木愛は荻原真一のもとへやって来た。しかし、しかし彼女には彼の部屋が分からなかった。マンションの廊下には長い黒髪に白いワンピースの美女の足音がむなしく響きさまよった。

 彼女は荻原真一の名を呼び続け、彼の部屋を探し続けた。次第に露木愛の表情が変化し鬼女のような形相になった


「真一さん……真一さん……どこにいるの……露木愛です……どうして……どうしてわたしを避けるの……おのれ……よくも……」

 露木愛は結界の存在に気づいた。彼女は髪を振り乱し怒りの声を発して呪った。妖艶な美女の亡霊は醜い老婆のように変貌を遂げた。


 一方荻原真一は耐えていた。玄関ドアを開けて露木愛を迎え入れたい衝動に駆られていたが、耳をふさいで動かなかった。正確には動けなかったのである。


 そして恐怖の夜が明けた。冥界からの訪問者はその目的を達することが出来ず、暗黒の深淵へと消えて行った。結界は亡霊から荻原真一を守り切ったのだ。しかし実はその怨念から想像を絶する力が生み出されていたのである。


 荻原真一は汗をぐっしょりかいて目を覚ました。悪夢から解放されたような気分だった。これで危機は去ったかと思われた。だがそれはあまりにも楽観的な認識であった。露木愛の異常な情念、執着を甘くみてはいけなかった。彼女は真一を冥界に引きずり込むための力を増幅し、暗黒の深部から魔手を伸ばそうとしていたのだ。


 私たちは荻原真一の無事を知り安堵した。露木愛のおぞましい脅威は去ったと思った。しかしそれは新たな悲劇の始まりにすぎなかったのである。






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